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第8話 女王様の華麗なるお散歩①

 イリア女王の基本的な仕事は、部下達の仕事に対して女王承認の印を押す事だ。女王の執務室で朝から書類の山とイリアは格闘していた。

 魔の森育ちのサバイバル生活をしていたが、ロッジにあった大量の書物によってイリアの頭脳は十分に鍛えられていた。

 100年以上前の知識である為に、些か古い考え方ではあるが。それに永き時を生きる邪神の知識もある程度教えられている。


 元々頭の良い子供であったが故、育ちは野蛮でも立ち居振る舞いや知識量については殆ど問題が無かった。

 幼き日の積み重ねにより、女王として問題のない仕事がイリアには出来ていた。認識として古い部分については、ミルド公爵を始めとした部下達のフォローが入る為に大きな問題は起きていない。


「イリア? どうかしたのかい?」


「ええ、少し気になる点が見つかりまして」


 女王の執務室に用意されていたソファに座り、イリアの仕事を見守っていたアルベールがイリアの変化に気付いた。

 結構なペースでリズム良く押されていた印が、ほんの僅かに乱れた事を見抜けるのはアルベールぐらいだろう。

 そしてイリアが一瞬躊躇いを見せたのは、とある報告書に記載されていた内容だった。スルーしてしまっても問題は無いが、やや気になる点もある。

 そんな微かな逡巡が、イリアの中に生まれていた。些事と言えば些事で、もう少し放置しても何ら問題はない。ただ僅かながらにもイリアの好奇心が働いたのも事実。


「そうね……リーシェ!」


「イリア様、お呼びでしょうか」


「少し出掛けたいわ。着いて来なさい」


 どこからともなく現れた侍女服姿の女性。短髪に浅黒い肌が特徴的な異国風の美女。背丈はイリアと変わらず、女性にしては高い170cm程。

 つり目でキツイ印象を与える顔立ちは、別系統の美しさを持つイリアと並ぶとまるで一枚の絵画を思わせる。

 茶色い髪はこの国でも珍しくは無いが、浅黒い肌と淡い青の瞳はこの国の生まれではないと一目で分かる。彼女はこれから出掛けるらしいイリアに同行を命じられた。 

 このリーシェと呼ばれる侍女の女性は、数少ないイリアが信用している人物の1人だ。こうして何かをする時に同行させるのはいつも彼女と決まっている。


「お召し物の方は如何なさいますか?」


「いつもの外出用で構わないわ」


「かしこまりました。ではご用意を」


 一見すると美しい完璧な侍女に見える。しかし彼女の本当の顔は全くの別物。本来の職業は侍女等ではなく、イリアに仇なす者を秘密裏に処断する冷酷な暗殺者だ。

 4年近く前には、全く逆の立場でありイリアを狙う暗殺者だった。イリアの女王即位を認められない貴族達に雇われ、殺害する為に何度もイリアに挑んだ。

 しかし尽く失敗し敗北を続ける日々。人間の暗殺者がどんな事をしてくるのか知りたがったイリアに、ただ遊ばれていただけだった。

 自分の暗殺者としての実力に自信があったリーシェの心は完全に折られてしまった。それ以降はイリアの強さに心酔する様になり、逆にイリアに雇われる専属侍女となった。

 世界有数の暗殺者を雇ったら、逆に裏切られて自分達が始末される運命を辿った貴族達は何を思ったのだろうか。


「アル、少しの間任せるわよ」


「構わないさ。行っておいで」


 城を任されたアルベールは、その力でイリアの分身を生み出す。執務室の椅子が漆黒の靄が包み、晴れた時にはイリアの分身が作業を続けていた。

 この文章が得た知識や見た物は、後からイリアと共有する事が可能となる。アルベールに認められ、化身とも言うべき立場にあるイリアだからこそ出来る芸当だ。

 何の繋がりもない人間の分身なら、そんな真似は出来ない。深い繋がりがあるからこその芸当だった。

 もちろんあくまで分身に過ぎないので、本人程の強さはない。あくまで頭脳と判断力だけが本人に近い性能となっている。


 この分身を使って、度々こうしてイリアは王城を抜け出している。もし万が一イリアを狙う不届き者が侵入しようとも、アルベールが居るので分身でも問題はない。

 そしてイリアが黙って外出する事についても、そもそもイリア自身が強者である為そちらも特に問題は無かった。

 そもそもリーシェが同行するので、先ずリーシェより弱い者ではイリアに傷一つ付ける事は出来ない。


「それじゃあお願いね」


「ああ、君の好きにすると良い」


 もう何度も行われた女王の勝手な外出。そのたびに交わされて来た2人の会話。今では7年もの付き合いになる間柄だけに、余計な言葉は必要ない。

 お互いに信頼しているからこそ、無意味な心配などしない。積み重ねて来た確かな絆が、強固に結ばれている。

 この世界にアルベールをどうにか出来る存在など光の女神サフィラぐらいで、イリアをどうにか出来る人間など居ない。

 絶対的な強者であるが故の余裕が、2人の間にはあった。その辺りに居る普通の恋人同士ではないのだ。

 いちいち気をつけてね、などと言葉を掛ける必要などない。僅かな視線の交錯だけで、お互いに十分伝わるのだから。


「さて、行きましょうかリーシェ」


「はっ! では失礼してお着替えを」


 イリアは執務室で全てを知ったつもりになる様な愚かな女王ではない。上がって来る報告の中で、気になる物があればこうして自分の目で見に行く。

 公務としての査察とは違い、イリアの勘に任せた自由気ままなお散歩だ。ただし、普通の女王が行うお散歩とは違う。

 人外の力を持つ最凶の暴君が、全てを蹴散らして歩むのだ。今回はその先で、どのような事件が待ち受けているのだろうか。

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