第66話 邂逅 後編
村長宅の床の上を転がされたカリスを、椅子に腰掛けたイリアが見下ろす。より一層警戒心を増したリーシェが、いつでもカリスの首を落とせる様に身構えていた。
そんな殺気を隠そうともしないリーシェを、イリアが片手を上げて抑える。
「しかしイリア様!?」
「この者が使う何らかの魔法は、私には通じません」
「くっ……」
大量の汗を流しながら、床に転がされたカリスはイリアを見上げる。上手く行く筈だった計画は、脆くも崩れ去りまだ混乱の最中にいる。
何故効かなかったのか、何故こんな事になったのか。様々な思考が彼の脳内を行き交うが、明確な答えは出ないまま。
ここからどう逆転すれば良いのか考えるカリスだが、頼みの力が効かなかった以上は打つ手がない。何も話さないカリスに向かい、イリアは告げる。
「これからする質問に、答えたくなければ黙秘でも構いません」
「…………」
「ただこの国では、記憶を魔道具に転写する行為を禁止しておりません。その事は当然ご存知ですわよね?」
前世の記憶を持つカリスだが、当然思い出す前もこの国で生活していた。だから知っている、この国の法律を。
一定以上の罪を犯した者は、記憶を魔道具に転写しても良い事になっている。この行為が禁止される理由は、記憶を転写された本人は廃人になるからだ。
その関連性と原因については未だに不明だが、例外はない為に禁止している国は少なくない。
そんな処置を取られたら、死んだも同然だ。また死ぬなんてごめんだと、カリスは答える事に決めた。
「貴方は何者ですか? 普通の人間ではありませんね?」
「………………前世の、記憶があります」
「へぇ、それはどんな?」
「……今から話すのは、嘘ではありません」
それからカリスは、自分の前世について話し始めた。この世界とは違う別の世界。地球と呼ばれる星の、日本という国での暮らしについて。
そこでは魔法の代わりに科学が存在し、誰も魔法なんて使えなかった事。死んだ後に神様と出会い、転生させて貰った事。
その際に特別な能力を貰った事。それらを最近になって思い出し、特殊な能力や地球の知識を使用して成功を納め始めていた事など。
それらの話を全てイリアに打ち明けた。今世こそは好きに生きたかったのに、こんな所で終わりたくはないからだ。
「そんな話、有り得るのですか?」
「ほ、本当です! 信じて下さい!」
「有り得ない、とは言い切れませんわ」
この世界も輪廻転生で回っている。知っているのは僅かな人間だけしか居ないが。その僅かな人間であるイリアには、カリスの話をある程度理解する事が出来た。
世界も国の様な物で、複数存在しているとしたら。ただその境を目で見る事が出来ず、他の世界へ自分の意思で渡れないだけだとしたら。
イリアは既にサフィラの手により招かれた事がある。まさにその、世界の狭間とでもいうべき空間に。
もしあの空間を越えた先に別の世界があるなら、カリスの証言は真実であると考えられる。だが一部、イリアには理解できない事があった。
「真偽はともかく、疑問があります」
「な、なんですか?」
「何故その女神を信じたのです?」
「…………え?」
イリアには分からなかった。別の世界に転生させる神のメリットが。サフィラを知っているというのもあるが、それを抜きにしても意味が分からなかった。
イリアにしてみれば、わざわざ別の世界に行く必要性がない。実際自分の魂は、何度もこの世界で転生を続けている。
それが当たり前であり、別の世界に移るメリットがない。イリアには別の世界に生まれたいと願う理由がない。
そもそも受け入れる理由もない。何故ならその世界には、アルベールが居ないのだから。
「リーシェだってそうでしょう? 別の世界へ行けると言われて行きますか?」
「そう、ですね。私なら行きません」
「え? あの? 何を?」
「普通なら信じないのですよ、そんな誘い文句は」
挑戦心に溢れる者であるなら、受け入れるかも知れない。しかし普通の人間ならば、帰れなくなる事を嫌がる。
自分の生まれた国ですら、出たがらない者は少なくない。ただの旅行としてならば、そう悪くはないだろう。
しかし一生を別の世界でと言われたら、嫌がる者は多いだろう。文化も言語も常識も何もかも違う世界で、家族や友人も全て捨てた上でなど普通は望まない。
だからこそ、イリアには思い当たる事があった。今回の件に関するイリアなりの見解が。
「貴方、騙されたのではなくて?」
「………………え?」
「私、たまにやりますのよ。国に不要な貴族や商人に、手切れ金を渡して国外追放。それと同じなのでは?」
今回の事態はそれが根源にあるのではないか、そうイリアは判断した。国外追放の、もっと規模が大きい話ではないかと。
別の世界で不要になった魂に、スキルとやらを手切れ金代わりに渡して放逐。その行き先がこの世界だった。
それもサフィラにも無断でやっている。だからこんな風に、不測の事態となって表出した。それがイリアのここで出した答えだ。
「まあ後は貴方の記憶で確認しましょう」
「は!? いやいやいやいや、なんで!? 全部答えただろ!?」
「『ちーとすきる』だか何だか知りませんが、他人の意思を操ったのでしょう? ならば十分重罪です」
ああそれから、貴方が廃人になると効果が切れるのか死ぬまで消えないのか、確認もしないといけませんわね。そんな最後通告が、容赦なくカリスに告げられた。
たまに思う、こうだったら怖くない?というお話でした。




