第62話 孤児の少年と謎の少女
アニス王国の貧民街で暮らす少年アクセル。そろそろ9歳を迎えようとしていたが、本人はもうそんな事はどうでも良かった。
彼の目標は父親の敵討ちだ。同世代の子供達と遊んだりはせず、ただ強くなる事だけを目標としていた。
街に居る騎士達に聞いて素振りや体力作りなど、基本的な事を教えて貰い実践する日々。
誰にも邪魔をされない様に、人通りの少ない裏路地の一角で1人素振りを行うのがここ最近の日課だ。
しかし子供用の木剣が買える程のお金などは無いので、今は孤児院にあった折れた箒の柄を使っている。
いつまでもこんな中途半端な道具だけでは駄目だと考え、子供でも給金が貰える雑用仕事も始めた。
素振りと体力作りも兼ねた雑用仕事の繰り返し。ただそれだけを毎日愚直に続けていた。
「ほらボウズ、今回分だ。受けとんな」
「ありがとう……なあ、そりゃなんだ?」
「あん? こりゃ魔道具だよ。最近流行ってんだ」
アクセルが指差したのは、食堂のカウンターにある不思議な器具。四角いガラスが長方形の台座に嵌った特徴的な見た目をしていた。
アクセルは元々、それなりに儲けていた商人の息子だ。魔道具なのは何となく理解できた。
しかしどんな機能を有しているのか見た目だけでは分からなかった。鑑定眼どころか、基礎知識すら殆ど無いのだから当然だ。
見たことの無い形状だったので、どんなものか気になったのだ。子供らしい好奇心の現れだった。
「ほれ、こうするとな」
「…………なっ!?」
「どうだ、スゲーだろ。いつでもイリア様のお姿が見られるんだ」
それは記録した映像を壁に映す事が出来る魔道具だった。店主である中年男性の操作で四角いガラスの部分から光りが照射された。
それにより食堂内の壁面に、正装姿のイリアが映されていた。昔からこの機能を有した魔道具は存在していた。
しかしそれらは高価であり、貴族でも無ければ買えない代物だった。それが何故こんな大衆食堂の、平民の店主が所持しているかと言えばそれもイリアが原因だ。
従来の魔道具と比べて、記録出来る長さは短く音声は無し。そんな廉価版をイリア、というかアルベールの知識により作成された。
何故こんな物を作ったかと言えば、シンプルにプロパガンダが目的だ。ミルド公爵の策であり、国民にイリアを身近に感じさせる事が狙いだ。
女王のお陰で発展していくアニス王国。それを象徴するかの様な魔道具を安く販売している。
こんな貴族しか買えない筈の魔道具を、ただの平民が購入出来る。その珍しさも合わさり流行り始めていた。
「イリア様はこんな物まで作れるんだからスゲー人だぜ」
「……そうかよ。じゃあまた」
「お前が聞いて来た癖にもう帰るのかよ? 何だぁ? あのボウズ」
中央都市ファニスの表通り、それなりに良い立地に建つ大衆食堂をアクセルは出て行く。
ここではアクセルの父親が原因で、苦い思いをした者も少なくない。しかしファニスに暮らす住民全員が恨んでいるわけではない。
それに恨みを持っていた者でも、まだ幼いアクセルにまで責任を求めはしない。もちろん嫌悪感を向ける者も居ない訳では無い。
複雑な立ち位置にいるアクセルにだが、この食堂の様に幼いながらも努力している彼に味方する者も居た。
上昇志向のある者こそが正義とされる今のアニス王国では、アクセルの様な子供を応援する大人は多いのだ。
それに関してはアクセルも感謝している。だがやはり、イリアを認める気にはなれなかった。
だからこう言った流れになった時は、あまり関わらない様にしていた。孤児院で一度注意された事で、イリアを否定する発言を大人にしてはいけないと学んだからだ。
「なんだよ皆して、あんな奴のどこが良いんだ」
悪態をつきながら、アクセルはいつもの裏路地に向かう。一度は憧れ、しかし今となっては親の敵である女性。
その姿を見た事で、アクセルはまた嫌な気分にさせられた。そのモヤモヤを払拭する為に素振りに勤しむ。
一心不乱に棒を振り続ける。所詮は子供の素振りで、数回教えて貰っただけ。素人丸出しの鍛錬ではあったが、それでも多少なりともアクセルの糧にはなっていた。
同年代の子供とは違い、遊び呆けず己を高める毎日。その生き方は奇しくも、かつてのイリアと全く同じであった。もちろんそんな事をアクセルが知る由もないが。
「あ〜〜! いた! アクセルくん!」
「な、なんだよ、アンタ」
「うわぁ〜〜本物だぁ! 可愛すぎる!」
突然裏路地に現れたのは、謎の少女だった。見た目からして、恐らくは商人の娘か下級の貴族。
平民よりは少し身なりの良い格好をしている。年齢は恐らく15歳ぐらいで、平均的な体格の娘だ。
特徴と言えば桃色の髪だろうか。それ以外は実に平均的で、個性らしきものは特に無い。そのおかしな言動以外には。
一度も会った事がない歳上の少女に声を掛けられたアクセルは、当然ながら警戒して距離を取る。
ある意味では有名だから、名前自体は知られていても不思議ではない。ただこんな風に接して来た者は始めてだった。
「うーん、やっぱまだレベルは低いんだね」
「れべ、何だって?」
「ねぇ、強くなりたくない?」
「えっ?」
当然現れた謎の存在ではあったが、その問いかけはアクセルにとって非常に興味を引くもの。
知らない人にはついて行くな、そんなのは貧民街では当たり前の話だ。しかし相手はまだ若い少女で、自分とそれ程大きな歳の差はない。
だからだろうか、アクセルが少女の提案に乗ってしまったのは。イリアとアルベールはもちろん、サフィラですら把握しきれていない事態が、少しずつ進行していた。




