第61話 聖女の懸念
明けましておめでとうございます。2025年もよろしくお願いします! 本作は大体100話ほどで完結させる予定です。もう暫くお付き合い頂ければ幸いです。
女神サフィラを崇める宗教国家の聖王国サリア。その首都メリアスの中心に建てられた神聖教の本拠地である大聖堂。
その中にある聖女専用の執務室で仕事をしているのは、今代の若き聖女ミア・オルソン。
ミアの業務は女神サフィラの神託を世界中に伝える他にも、様々な問題への対処が彼女の主な仕事としてある。
外遊も仕事としてあるにはあるが、本業とは言えない。聖女の仕事は偶像としてただ存在する事ではないのだ。
聖女として解決せねばならない問題は多岐に渡る。その忙しさは、女王であるイリアと大差は無かった。本日も若い司教がミアの所へ相談に来ていた。
「またですか……」
「聖女様、如何いたしましょう?」
「何がしたいのか不明なのが厄介ですね」
最近現れる様になった、突然別人の様に変わる若者達。その中には、神聖教に対して否定的な者達がいる。
単に宗教に頼らないというだけなら珍しくはない。そう言った者達や国もある。しかし彼らの主張は、どうにも理由が違うのだ。
その者達が主張するのは、宗教は戦争の元だから良くないという内容だ。これがミアや司教達には理解できなかった。
何故なら宗教を理由に戦争が起きた事など、歴史上一度も無いからだ。実際に女神サフィラは実在しており、その教えに従うのが神聖教だ。
そこには戦争とは真逆の思想が込められている。つまり神聖教を信じる者ならば、戦争なんてやろうとは考えない。
「信じないという事なら我らも理解は出来ますが……」
「アルベール様を支持している訳でもない様ですし」
「自分が知る限り、こんな事は初めてですよ」
サフィラの言葉を信用できない。もしくはアルベールの復活を聞き邪神を信じようという話ならまだミアにも分かる。
しかし彼らはそのどちらでもないのだ。歴史上でもそんな話で揉めた記録は残されていない。
ミアがサフィラに問い掛けても、やはりこれも分からないという回答だった。この世の全てを把握している筈の女神すら知らない出来事。
それが最近になって立て続けに起きている。その根源が何か分からないというのが、ミアには不気味に思えた。
まるで誰も知らない何かが、裏で繋がっているかの様な違和感がある。
「全員共通するのが、最近大きく変わった者達なのですよね?」
「どうやらその様です」
「一体何が起きていると言うのでしょうか」
何か大変な事が起き始めている様な、そんな予感がミアに生まれている。その正体が何なのか不明ではあるが、決して小さな問題とは思え無かった。
女神サフィラの聖女として、何とかしないといけない。そんな危機感だけが募っていく。だが何をすれば良いのかも分からないのだ。
ただ各地で不思議な若者達が増えているだけ。何か違法な薬物が流行しているにしては、その数が少な過ぎる。
胡散臭い魔道具が流通しているという報告もない。まだ発覚していない危険な儀式や研究でもされているのか、そんな可能性もミアは考えている。
「調査をお願いしていた件はどうです?」
「今の所は違法研究などの類は確認されておりません」
「そもそもサフィラ様が気づかない筈もなし、ですものね」
行き詰まりつつあるミア達の調査は、今のところ芳しい成果は出ていない。むしろ調査に協力していた人間と、連絡が取れなくなる事が増えて来ている。
ただ協力する気が無くなっただけならば問題はない。しかし調査に参加した事によって、何かに巻き込まれてしまったとすれば。
そうなれば話は大きく変わる。今のところは僅か数名の話であり、怪我人や死亡者も出ていない。
しかしそれでも、嫌な空気が漂っている様にミアは感じる。まるで弱い毒物が少しずつ盛られている様な。そんな印象が拭えないのだ。
「とりあえずは、話し合い説明するしかないでしょう」
「各地の教会へはその様に伝えます」
「どうしても納得が出来ないと言うのなら、私が直接向かいます」
「そこまでして頂かなくても」
「いえ、放置するのも不安ですから」
具体的な理由はない、あくまでもミアの直感に過ぎない。しかしそれでも、無視するのは危険だと感じている。
ミアがこれまでに感じた事のない程の脅威が、すぐそこまで来ている様な感覚があるのだ。
それはかつて魔族の大軍と対峙した時とも、それを容赦なく殲滅したイリアを見た時とも違う。全く違う別種の何かがある様にミアには思えた。
気の所為だと断じる気には、とてもなれない。警戒心だけが強くなっていく。考え過ぎていた、それで済めばどれだけ良いか。
「何が起きても良い様に、警戒だけはしておきましょう」
「もしや、何か起きると?」
「いえ……確証はありませんが念の為です」
ミアはどうにもこう言った状況が苦手だ。その点イリアならば、何が起きようとその力で薙ぎ払い終わらせるのだろう。
その姿が容易に想像出来るので、それがミアには羨ましい。何事にも恐れを抱かず、悠然と立ち向かう姿をカッコイイとミアは思った。
自分もあんな風になれたなら。こんな風にいちいち悩まず、真っ直ぐ進む事が出来たなら。
自分には無い決断力と行動力、それを持っているイリアにミアは憧れを抱いているのだ。
友達になりたいと思ったのは、その生き様に惹かれたからだ。そんな友人の姿を思い浮かべながら、ミアは仕事を続けていた。