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第58話 同じ時間を生きるという事

 ルウィーネの女王ミランダとの会談を行った翌日、ミランダの計らいによりイリアとアルベールは王家所有の大型船で海に出ていた。

 幾ら友好的な国であるとは言っても、アルベールが例の邪神本人であると公表するわけにもいかない。

 そんな事をすれば、大パニックが起きて観光どころでは無くなる。本物の邪神が同行している事を知っているのはミランダだけだ。


 流石にミランダの様な女傑と呼ぶのが相応しい女性でも、アルベールには驚きを隠せなかった様だ。

 まるでどこにでも居る様な人間の男性の様に、ただ目の前に居る事を不思議がっていた。

 それはアルベールが力を抑えて表出しない様にしているからだが、いちいちそんな事を説明するのは面倒なのでその事は伏せられていた。

 そもそもイリアとアルベールが能力を抑えずに出歩くと大変な事になってしまう。


「これが海、ですか」


「そうだ。大陸の倍では効かない広さがある」


「何とも不思議なものですね」


 アルベールは神の視点から世界を見て来た。この海がどれほど広いかも知っているし、別の大陸がある事も知っている。

 古の英雄メアリの魂を持つ者は、別の大陸で生まれ変わった事もある。しかしそれらは今必要な情報ではない。

 初めて海という広大な水瓶を見たイリアとの、その時間を満喫する事の方がアルベールにとっては大切だ。

 やや湿り気のある潮風を受けながら、2人は水平線の彼方を見ていた。かつてアルベールが壊そうとしたモノであり、これからイリア達が支配しようとしているモノ。

 その世界の広大さを見て、イリアは何を思うのだろうか。ただ一つだけ間違いないのは、海を見たぐらいで諦める様な女性ではない事は確かだ。


「貴方の視点なら、この海も小さいのでしょう?」


「ああ。でも君と見ているのは悪い気分じゃないよ」


「次は同じ目線で見られる様になっていたいですわ」


 イリアは確かに人としては逸脱した力を持っている。魔族すらも凌駕する、この世界で唯一神に近づきつつある存在だ。

 しかし今はまだ人であるのは変わらない。逸脱した人類の領域を超えられてはいない。だからアルベールから見た世界と、イリアから見た世界には隔たりがある。

 アルベールがイリアに合わせる事は出来ても、イリアがアルベールに合わせる事は出来ない。

 それがまだ埋まらない種族差なのだと、この様な時にイリアは実感するのだ。しかし焦ってはいけない。事を急いで仕損じては意味がない。

 簡単に神になどなれないからこその、イリアの葛藤がそこにはある。それを分かっているアルベールは、優しくイリアの手を握る。


「まだ人である君との時間も、(わたし)は大切に思っているよ」


「アル……」


「これはこれで、私は楽しめているんだ」


 神となったイリアと、永遠の時を生きる。それはアルベールにとっても喜ばしい事だ。そんな未来を目標に、こうして2人で歩んで来た。

 その過程もこれからの時間も、2人の大切な想い出だ。こんな風にして居られるのは、まだサフィラにラインを越えたと認定されていいないからだ。

 まだ人類を辞めていないからこそ、作れる時間がある。残せる想い出がある。もちろんいつまでもこのままだと、先へと進む事は出来ない。


 歩み続けたその先では、いつか過酷な戦いが待っている。イリアとアルベールが望む未来は、必ずサフィラに勝たねばならない。

 最低でも五分五分の戦いに持ち込んで、無理にでも認めさせるぐらいは必要だ。そうなるまでの時間的猶予が、あとどれ程あるのかは分からないのだ。

 結局はサフィラの判断次第となる。やり過ぎない様に気を付けていても、絶対に大丈夫とは言い切れないのだ。


「今は今で、楽しもうじゃないか」


「そう、ですわね」


「それに君と見る景色なら、全てが新鮮に見えるんだ」


 それはアルベールの偽らざる本音だった。かつて亡くなった英雄メアリと、こんな経験は出来なかった。

 その後に生まれ変わった魂とも、こんな時間は得られていない。イリアと言う今の形があるからこそ、こんな風に過ごせているのだ。

 アルベールにとって、今の人類であるイリアはもどかしくも愛おしい存在だ。例えどれだけ体を重ねても、子孫は作れない。

 このままだとイリアは人として寿命で死んでしまう。そのもどかしさと、今だから出来る様々な行動に対する愛おしさが入り混じっているのだ。

 そこから来る何とも言えない複雑な感情が、今までに感じた事のない感覚をアルベールに与えていた。プラスとマイナス、正と負の両方が同時にそこにあるのだ。


「いつまでもは無理でも、もう少しの間はこうして居ても良いんじゃないか?」


「本当に良いのですか?」


「焦らなくて良い。伊達に1万年近くも見守っていないさ」


 今はもうただ見守っているだけではない。こうしてすぐ近くにいて、その体温すらも感じる事が出来るのだ。

 触れ合う事も出来れば、一緒に食事を取る事だって出来る。同じベッドで眠る事も出来れば、こうして船で海に出る事も出来る。

 そもそもの前提条件が全く違う。だからもう少しだけ、こんな時間が続いても問題はない。同じ日に同じ場所で、同じ物を見る事が出来ているのだから。

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