第53話 動き始めた2人
アニス王国第1王子、ウィリアム・アニス・ランバルトがイリアとアルベールの前に現れた。
鮮やかな金色の髪に整った容姿、180cmほどの恵まれた体躯は確かに一見立派には見える。しかし実態としてはプライドが高いわりに能力は平凡。
次期国王としては足りない部分が多く自己中心的。あまり素行も良いとは言えず、女癖も悪いと来ている。
取り巻きも質の悪い者達が大半であり、王立学園では問題ばかり起こしていた。今回も例に漏れず、底意地の悪そうな取り巻きの男女を連れていた。
「おいお前! 王子が話しかけているんだ感謝したらどうだ!」
「悪魔の使いの癖に生意気ではなくて?」
「頭ぐらい下げたらどうだ!」
数人の取り巻き達がイリアに向かって野次を飛ばすが、最早イリアにとってはどうでも良い事だ。
傷1つ付けられる力も持たない有象無象など、相手にもならない。大人と子供どころではなく、ドラゴンと家畜ほどの差がある。
豚が鳴き喚いた所でドラゴンが意に返さないのと同じだ。もはや生命としての格が違い過ぎる。
イリアは弱者の戯言に何の興味もない。かつてはこうして罵倒された事も、いざ大人になってみれば何も感じないと言うのは彼女にとって新たな発見だった。
「おい! こっちを向け!」
「挨拶ならもう済んだのでは?」
「お前! 王子である俺を馬鹿にしているのか!」
まるで興味を示さないイリアに、ウィリアムは激昂した。第1王子というだけでチヤホヤされて当然だったウィリアムにとって、ここまで冷めた態度を取った令嬢はイリアが初めてだ。
女性など皆自分の好きに出来る存在で、選び放題だと思っていたウィリアムのプライドを激しく刺激する。
明らかに相手にされていないと分かる態度に怒りは更に増す。この子供じみた短気さと考えの無さが、反国王派から無能扱いされる一番の理由だった。
この程度で腹を立てていては、一国の王など到底務まりはしない。会場で噂され始めたウィリアムとイリアの対比が露骨に出ていた。
反国王派や派閥に属さない貴族達から、冷ややかな目がウィリアム達に向けられる。だからこそ余計に、ウィリアムは拗らせる。
「このっ!」
「人間風情がイリアに気安く触れるな」
「うわあああああああ」
下等な生物の喚き程度ならアルベールも相手にはしないが、無礼にも触れようとするのなら話は変わる。
イリアの肩を掴もうとしたウィリアムは、アルベールに手を払われた衝撃で数メートル吹き飛ばされた。
たまたま人の居ない場所に吹き飛んだので巻き込まれた被害者はゼロ。巻き込まなかったからこそ、ゴロゴロとウィリアムはホールの床を転がり柱に激突した。
第1王子が無様に吹き飛ぶ光景が、会場の空気を一変させる。突然の出来事で誰もが固まっていた。
「ウィ、ウィル!」
「ウィリアム様!?」
一番初めに動き出したのは近くに居た取り巻き達だ。慌ててウィリアムの所に駆け寄るが、打ち所が悪かったのか気絶していた。
それなりに怪我もしているらしく、額から僅かながら血が流れていた。遅れて事態を把握した、騎士団長率いる騎士達がイリアとアルベールの元へと集まって来た。
2人が居るテーブルを囲む様にズラリと騎士達が円を作る。抜刀した騎士達に囲まれても尚、イリアは優雅に紅茶を飲んでいた。
流石に紅茶だけはそれなりの味だったので、それだけが唯一の評価ポイントだとイリアは考えていた。
「何のつもりだ貴様ら!?」
「そろそろ茶番にも飽きましたし、良いタイミングでしょう」
「そうだな」
「聞いているのか貴様ら!!」
40代半ばほどに見える一番豪華な鎧を着た男が2人に声を掛けるが、やはり2人は返答しない。
その男こそがこの国の騎士団長であり、騎士団を腐敗させている元凶であった。癒着に裏金は当たり前で、国王派貴族の犯罪には忖度まみれ。
城下に出れば横暴の限りを尽くしやりたい放題。この男が原因で潰された店も少なくない。
ウィリアムと同様にプライドだけは高い男だ、こんな風に無視をされれば当然癇に触る。
「貴様らいい加減に」
「どいて下さる?」
「ぐわぁっっっっ!?」
今度はイリアが放った風の魔法により、騎士団長の男が吹き飛ぶ。後ろに居た数名の騎士達と纏めて転がっていく。
重い鎧を着た男達が冗談の様に吹き飛ぶのを見て、他の騎士達は驚愕の表情を向ける。イリアが何をしたのかが分からなかったからだ。
ただどけと言っただけで人が吹き飛ぶ、そんな事は有り得ない話だ。しかしそれが目の前で実際に起きている。
アルベールもイリアも、どう見ても大した事はしていない。にも関わらず人間が2度も吹き飛んだのだ。異様なものを感じて、騎士達の背筋に冷たい汗が流れた。
「貴族のパーティーなんて、所詮はこんなものですか」
「次からは君の格に相応しい内容に変えさせよう」
「ふふ、貴方が考えてくれるのですか?」
会場の空気は緊迫感で一杯だというのに、その事態を巻き起こした張本人達は和やかに会話を続けている。
その温度差は凄まじく、より一層2人の存在が異様なモノとして際立っていた。




