第51話 パーティー会場にて②
混乱が広がりつつあるパーティー会場だが、その混乱を招いた当の本人達は気楽なものだ。
何故ならイリアとアルベールにとって、ここに居るただの人間になど大した興味はない。あるとすれば、使える者か使えない者かどうかだ。
使えない上に従わない者など、これから先の未来に必要がない。イリアが治めるアニス王国に、無能など必要がないのだから。
それにまだ全員が揃ってはおらず、国王や王妃が登壇していなかった。まだ成人した若者達が好きに過ごす時間であり、談笑するなり中央でダンスをするなり自由にしている。
食事も用意されているので、どう過ごすかは本人次第だ。とりあえずはイリアもパーティーを楽しんでみる事にした。
誰にも邪魔をされないパーティーなど、彼女にしてみれば初めてだったから。
「何ですのこの肉? これが王城の食事ですか?」
「恐らくは弱い魔物の肉だろう。これは君に相応しくない」
「小狡い事はする割に、食事の質は低いのですね」
この世界で流通している大半の肉類は、普通の狩人でも狩れる程度の弱い魔物の肉ばかりだ。
王城で奮われる高級品であっても、魔の森に住まう最下層の魔物とそう大差がない魔物の肉である。
魔の森で最上位に位置するドラゴンの肉を日常的に食していたイリアにすれば、こんな肉は低品質としか感じられない。
幾ら人間がドラゴンより弱いと言っても、狩れない訳では無い。徒党を組めば若い個体ぐらいなら何とか倒せる。
もちろん犠牲者が出る前提ではあるが。それでも王城の食事とあらば、せめてそれぐらいは出るだろうとイリアは考えていた。
だが実際は遥かに想像を下回っていた。こればかりは森育ちによる知識不足によるものだ。イリアの知識には偏りがある。
あのロッジを建てた女性はやや偏屈というか、変わり者であった。それ故に所持していた本や魔道具に統一性が無かった。
貴族のマナーに関する資料はあれど、王城で使用する食材に関する物まではない。その様な情報の欠落は幾らかあった。
更に言えばアルベールも500年のブランクがある為に、現状の王族がどんな生活をしているかまでは知らなかった。そして興味も無かったので調べてはいない。
「酒類も……何やら臭みが」
「ふむ……製造工程の問題か?」
「良くもまあ、こんなもので喜べますわね」
イリアの周囲を見る目は厳しい。元々この国の貴族になど期待はしていなかった。しかし想像を遥かに下回る水準ともなれば、尚更怒りが湧いて来る。
こんな生活をしている者達が、高貴なる者として自分を迫害したのかと。それだけでなく、わざわざやる意味の分からない下らない不正の数々まである。
平民の若い娘を献上させたり、無駄に税を重くしてみたり。おまけに弱者を集めて痛めつける会まである始末。
国王派のお遊びとして行われている全てが、イリアには必要性が理解出来なかった。あまりにも情けなく、支配者としての格が低い。
全く話にならないと、呆れ返るばかりだ。そんなイリアの心情を察して、アルベールは行動に出る。
「どうかなイリア? 一曲踊ってみるというのは」
「急にどうしましたの?」
「今日は君の晴れ舞台だろう? つまらない話ばかりしているのは勿体ない」
「ふふ、それもそうですわね」
ちょうど曲が切り替わるタイミングで、イリアとアルベールがホールの中央へと向かう。当然そうなると周囲がざわめき始める。
今の今まで居ない者として扱われてきた公爵令嬢が、見知らぬ男性を引き連れて踊ろうというのだから注目を集める。
イリアに否定的ではない反国王派の面々は、気品を感じさせる令嬢へと育った彼女に期待の眼差しを向けている。
もしも彼女が立派な令嬢となって帰還したのであれば、反国王派の旗頭に据えられるからだ。
頭が空っぽの愚かな貴族でもなければ、ハーミット家がかつて王族であった歴史を知っている。
腐敗しきった現王族を見限り、イリアを王位にと考え始めている者達は既に現れ始めている。
イリアの祖父母であるデンゼルとマリーナが生きていてくれていたら。それが反国王派に所属する貴族達の正直な気持ちだったのだ。
イリアの両親は全く使い物にならず、国王派に迎合する始末。そんな現状を変えるかも知れないと、水面下では期待が広がっていた。
「学園にも来ていないのに踊れますの?」
「どうせ何も出来ないに決まっていますわ!」
「大恥をかけば良いのです」
かつてイリアに嫌がらせをしていた同年代の令嬢達は、イリアが失敗したら笑い者にしてやろうと考えていた。
昔散々見下していた者が、明らかな勝ち組の空気を纏って現れた。当然彼女らにとっては面白くはない。
悪魔の使いだと罵倒し石を投げ、稚拙な魔法で攻撃した相手が脚光を浴びようとしている。そんな事は認められない。
そんな大逆転があってはならない。でなければ惨めなのは自分の方になってしまう。かつて見下していた者に見下されるなど、彼女達のプライドが許さない。
だがしかし、現実はそう甘くはない。下には下が居ると見下した者と、這い上がって来た者の差は明確に出るのが世の常。
「おお! まるでかつてのマリーナ様のようではないか」
「あの方も美しい舞を見せて下さった」
「我々の世代で憧れなかった者はおりますまい」
「息子はアレだったが、孫娘は有望の様ですな」
しっかりと息の合った美しい2人ダンスは、見る者を魅力していく。お互い腰まである漆黒の髪と白銀の髪が、踊る2人に合わせてクルクルと宙を舞う。
その幻想的な様子を見た高齢の貴族達には、今は亡き女傑マリーナ・ハーミットの姿がイリアを通じて思い起こされる。
瓜二つとは言えないが、キレのある動きと長い髪はマリーナと同じだ。反国王派の指示を次々と集めていくイリアを、かつて見下した者達は苦い思いで見ていた。