第38話 女王様の掌の上①
イリアの暗殺を依頼された4人の暗殺者達は、アニス王国に入るまでの間は一緒に行動していた。しかし到着後の行動までは共にしていない。
各々が勝手に下調べを行い、自分が得意とする方法での暗殺を実行する。4人が4人共、自分に絶対の自信を持っていた。
これまで依頼に失敗した事が無かったからだ。今回は特に、破格の依頼料を積まれて浮かれていた。
もちろんプロとして、素人の様なミスはしていない。しかし気付いていなかった。とっくに暗殺計画は把握されており、適度に泳がされていた事に。
何よりも以前のアニス王国が侮られていたのもある。多少は警備が良くなった程度に錯覚してしまった。
普段と違い、意図的に穴のある警備になっていた事を4人は見抜け無かった。それだけアニス王国が変わったのだが、遠く離れた異国人故に情報が不足していた。
ならば現地で集めれば良いと言う話だが、彼らは知らなかった。アニス王国で裏社会を生きる者達が、今ではイリアの信奉者であると言う事を。
「ヒヒヒッ! 悪いねぇ」
「なに、気にするな。情報を売るのが俺の仕事さ」
「じゃあな大将、ヒヒッ」
「あぁ。毎度あり」
快楽殺人者のイーヴェルは、とあるバーの店主から情報を買い取った。この国で一番の情報屋となると、この店の店主だと言うのは有名な話だ。
そして裏社会に生きる者の中には、口外が禁止されているもう一つの話がある。それは女王であるイリアが、懇意にしている店だと言う事だ。
その話は知っている者達だけで守られている秘密だ。他国の者になど絶対に話さない。もし何か不都合があって、同じ空間で酒を飲めなくなったら困るからだ。
傭兵団に所属する荒くれ者やアウトローな者達が、本来イリアと同じ空間に居られる事など先ずないのだから。
そんな暗黙の了解が成立している場で、イリアが不利になる情報を売る訳が無い。だが嘘も教えていない。
例えば、イリアが戦っている所を見た事がある国民はごく少数だ。ここ中央都市ファニスに住む騎士達とエルロード辺境伯、そして辺境に勤める騎士達だけ。
殆どの国民は、その戦闘力を直接目にした事はない。それは嘘でも偽りでもない、ただの事実だ。
つまりイリアの実力を疑う者にとっては、疑惑をさらに深める結果にも繋がる。だがそんな事まで教えてくれとは店主も頼まれては居ない。
「ヒヒヒッ、一番乗りは頂きだ」
イーヴェルが手に入れた城の警備についても、店主は嘘を教えてはいない。現在の警備体制をそのまま売っただけだ。
ただそれがイリアの専属侍女や王国の宰相、そして騎士団長によって考えられたものであると言うだけで。
彼はアニス王国の情報屋として、何一つ嘘は売っていない。その結果イーヴェルがどうなろうと、店主には関係のない話だ。
城に忍び込もうなどと言う、不埒な考えを持たない限り何の損害も受けない。ただとあるバーの店主が、他国の者から収入を得たと言うだけの話だ。
アニス王国の法律にも何ら違反していない。他国の者に売っても良いと言われた情報を売っただけ。
「情報、くれ」
「……先ずは酒を頼むのがマナーじゃねぇか?」
「分かった、飲む」
そんな調子で続々と暗殺者達がそのバーを訪れる。王城や女王の情報となれば、当然金額は跳ね上がる。
情報の中でも最上級の値段となる。更に城内の地図なども追加となれば、相当な金額に上がっていく。
とてもではないが、その辺にいるチンピラ風情では手が出ない金額だ。適当に盗みを働いたぐらいではまず買えない。
ハルワート大陸の中で考えれば、かなり裕福な部類に入るファニスで暮らす人々の月収すら簡単に超えてしまう。当然そうなれば、暗殺者達も一度は訝しむ。
「少々吹っ掛け過ぎではありませんか?」
「要らねぇなら好きにしな」
「…………まあ良いでしょう。払いますよ」
そうやって4人の暗殺者達は情報を手に入れて行く。有名な情報屋達は、どこも似た情報しか売っていない。それ故に4人は信じてしまう。
なにせ敵対関係にある情報屋同士でも、ほぼ同じ内容を話すのだから。既に手遅れだと知らない4人は、高値で情報を買い集める。
イリアを暗殺したいベイルが払った前金から、アニス王国へとお金が流れて行った。何とも皮肉な話であるが、そんな事をベイルが知る由もない。
そして情報屋達はホクホクだった。割高な料金で情報を売っても、申告の必要が無い収入を得たのだから。
この件については、宰相直々にお達しが出されている。国から重要な情報を流す様な真似は普通しないので、そんな不確かな情報で得られる収入もある筈がないと。
つまりは全ては無かった事にするぞと言う話だ。茶番と言えば茶番だが、そんな建前だけで成立する事は幾らでもある。
「なぁ、アーロン。俺達親友だよな?」
「…………何が言いたい」
「今回も、奢りなんだよな?」
屈強な男達が、止まり木の店主アーロンを見ている。嘘は言っていないが本当の事を教えてはいない。
そんな商売で金を得た事実を、見なかった事にして欲しかったら分かっているよな? と男達の目が訴えていた。
いつかの様にアーロンが奢りだと宣言し、常連客達は大いに盛り上がるのだった。愚かな4人の暗殺者達の事など、すぐに彼らの記憶からは消えていった。




