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第32話 肉体の変化

 それはまだイリアが17歳になろうかと言う頃に起こった。ある日突然、イリアが体調を崩した。

 肉体的にもかなり人間離れをしていたイリアだったが、この時ばかりはまともに立ち上がれ無かった。

 理由も分からない突然の不調に、イリアも流石に不安にならざるを得ない。毒に冒された時とはまた違った、異様な辛さに苦しむイリア。

 まさか死んでしまうのかと言う、暗い想像がイリアの脳裏を過る。そんな時、ベッドに倒れ込み苦しむイリアの手をアルベールの大きな手が優しく包み込む。


「イリア、これは君の肉体が変化している証だ」


「肉体が……変化……ですか?」


「そうさ。苦しいだろうけど、死ぬ事はないから安心すると良い」


 アルベールのもう片方の手が、タオルでイリアの額を拭う。アルベールには今のイリアの状態が良く理解出来ていた。

 かつて自分も経験した苦しみだからだ。通常、人類が肉体に溜め込める魔力量には限界がある。

 それは人族も魔族も共通している。厳密に言えば、種族ごとに上限が違う。人間は人族で言えばちょうど中間辺りになる。

 ドワーフ族より高く、エルフ族よりは低い。魔の森での生活により、その上限が際限なく上がり続けていたイリアにも遂にその限界が来た。

 そうなった時にどうなるかと言うと、肉体が大きく変質する。保有する魔力量に相応しい存在へと肉体が適応するのだ。


「君は私の影響を大きく受けている。より強力な肉体へと変化するだろう」


「そうなの……ですね」


「ああ。君が更に自由に、好きな様に羽ばたける様になるんだ」


 既に魔族すら凌駕する力を得ていたイリアが、より強い生命体へと変わる。人も魔族も超えた存在、まさに魔女と呼ぶのが相応しい特殊な肉体へと。

 これは聖女であるミアにもいずれ訪れる現象だ。強い光の加護を宿し続けている彼女も、イリアとはまた違った変化が現れる事になる。

 イリアの場合は、逆にアルベールの力。負のエネルギーを主とする濃い魔素の影響を強く受ける。邪神の眷属として、より相応しい存在へとイリアが変わっていく。


「ふ……ふふ……それならば……悪くはありません、ね」


「私がずっと側にいる。だから安心して委ねれば良い」


「貴方は……どうして……そこまで……」


 アルベールがイリアに執着する理由を彼女は知らない。ずっとアルベールが幸せを願い続けた女性。

 その魂の欠片を身に宿した存在が、自分だと言う事を知らない。1万年近くもの間、見守り続けたアルベールの想い。

 失った筈だったのに、まだ僅かに残っていたと知った時の喜び。それを知らないからこそ、イリアには理解出来ない。その無償で与えられる優しさを。


「いつも言っているだろう? 君が大切だからだよ」


「どうして……」


「君が気にする事じゃないさ。今は休む事を優先しなさい」


 確かに切っ掛けはかつての英雄メアリであった。その魂を追い続けたのはアルベールの執着心から来る行動だ。

 でもメアリの魂を持つから、アルベールにとってイリアが大切なのではない。イリアそのものが大切なのだ。

 全くの別人ではあっても、その継承者として相応しい人生を歩む事をアルベールは願っている。

 毎回様々な生き方をして来た、メアリの魂を継承した人物達。その全てをアルベールは、大切に思って来た。

 決して過去は変えられない。メアリの悲運は覆らない。彼女が幸せになる事は未来永劫訪れない。それをアルベールは良く理解している。


「さあ、少し寝た方が良い」


「ですが……」


「今は私に任せておけば良い」


 イリアにはイリアと言う存在として、幸せになって欲しい。そう心から願うアルベールは、優しく彼女の頭を撫でた。

 睡眠を誘う魔法によって、イリアの意識は少しずつ薄れていく。イリアの体からは緊張が無くなり、全身の力が抜けていく。

 緩やかに上下する胸元は、徐々に規則的になっていく。荒かった呼吸も、少しずつ安定していく。

 変に影響を与え過ぎない範囲で、アルベールが密かに手助けをしていた。果たしてどんな成長を遂げるのか、それはイリア次第だ。

 やろうと思えば、アルベールは好きな様に手を加えられる。しかしそれは、アルベールの望むイリアの未来ではない。


「きっと私に想像もつかない様な未来が、この先に待っているのだろうね」


 何度も見て来たアルベールは知っている。メアリの魂を継ぐ者達は、いつもアルベールの想像通りにはならない。思わぬ未来を掴み続けて来た。

 それがアルベールには喜ばしかった。自分の想像に収まってしまう様では面白くないからだ。メアリがそうであった様に、皆いつもそうだった。

 メアリとは違う生き方だからこそ、色んな表情を見る事が出来た。それで良いとアルベールはずっと思って来た。

 アルベールが見たいのは、再び蘇ったメアリではないのだから。彼女の様に自由で、メアリとは違う道を生きて来た者達。そのどれもが、アルベールには眩しかった。


「君はどんな人生を見せてくれるのかな?」


 穏やかに眠るイリアを、アルベールはずっと見守り続けた。肉体の変質が終わり、イリアが目覚めるその日まで。

 数日見守るぐらい、アルベールには大した事ではない。これまでもずっと、そうして来たのだから。

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