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第1話

 帝国領の外れ、貧しい家々が並ぶ街の奥まった場所に、周りの小屋より一回り大きな家があった。

ほとんど窓はなく、出入り口に必ず見張りの人間がいるのは、その家の中で人身売買が行われているからだ。


夜、その中を歩く2人の男がいた。

1人は口髭を生やした小太りの中年。シャツの一番上まで留められたボタンは、脂肪に押され今にもはち切れそうだった。


「いやぁ、まさか今日も来てくださるとは。先日購入された少女はいかがでしたか?」


わざとらしく(へりくだ)った態度で、前方を歩くもう1人の男に揉み手をしながら言った。


「なかなかだったぞ。一番値が張っただけある」


左右の監獄の中で鎖に繋がれる少年少女を見ながら、もう1人の男は答えた。

細身の長身で上質な上着を纏い、歩き方にも高貴さを感じさせるその佇まいは、その空間では明らかに浮いていた。


「実は、あの後また商品を補充しまして、なかなか上物揃いなんですよ。よければご覧になりませんか?」


商人の男は監獄に手を向けて言った。

男の手の先の子どものあるものは啜り泣き、あるものは震え、またあるものは感情のない瞳で地面を見つめていた。


「いや……今日はやめておこう」


もう1人の男は答えた。


「お気に召しませんか?」


「まぁそんなところだ」


その男の再来を商機と捉えていた商人の男は、ここで引き下がるわけにはいかないと感じた。


「……実は、前回お越しいただいた時にはお見せしていませんが、『とっておき』のが地下室にあるんです。ご覧になりませんか?」


「……地下室?」


なぜそこに反応したのか、商人の男は違和感があったが、関心をひけたのならどうでも良かった。そのまま説明を続けた。


「すごく価値のあるやつなので、紹介に値するお方が今までいなかったのですが……


ラグーア領伯爵であらせられる、オルト様なら相応しい。ご案内させていただけないでしょうか?」


オルトと呼ばれた男は、少し考え込んだ様子だった。が、とうとう返事をした。


「じゃあ、案内してくれ」


商人の男はわざわざ木箱の裏に隠された扉にオルトを連れていった。

厳重にかけられた鍵を開け、地下に続く階段に通した。階下には上にあったものとは明らかに違う厳重な地下牢があった。

商人がその中を指差して言った。


「あそこにいるのが、この店一番の目玉…………『暴食(ギータ)』です」


オルトの目に入ったのは、両手を鎖に繋がれた、7歳ばかりの少年だった。

足音に反応し、一瞬瑠璃色の瞳と目があったが、すぐ髪に隠れてしまった。

ずいぶん長くここに入れられているのか、足は棒のように細かった。あからさまに顔を(しか)めるオルトに、商人は言った。


「こんなガキのどこがとっておきなんだって、思いましたか? ただの子どもじゃないんですよ。ご覧ください」


そういうと商人の男は、床に落ちていた石レンガを拾い上げた。

そして徐に監獄の中の少年に近づき、髪を掴んで言った。


「喰え」


少年の口に石レンガを突っ込んだ。


「おい、お前何を──」


オルトが思わず口を挟もうとすると、


バキッ


と異様な音が響いた。


次の瞬間オルトが見たのは、石レンガをいとも容易く咀嚼する少年の姿だった。

バキバキと人の顎の力では到底出せない音を響かせたかと思うと、ゴクンと飲み込んでしまった。

商人の男は自慢げに手を添えて言った。


「このようにこいつは、何でも食べることができるんです」


オルトはあまりに異様な光景に絶句した。無理やり口に物を押し込まれた、少年の乾いた咳の音が鮮明に響いていた。


「要するに化け物の(たぐい)なんですが……

機密文書や不貞の証拠、人間の死体すら、こいつに喰わせればこの世から消してしまえるわけです」


言葉を失うほど驚いているオルトを見て、商人は商機だと睨んだ。手元の書類にサラサラと文字を書いて続けた。


「こちらの金額でいかがでしょう? 屋敷一つは買えるほどですが、オルト様には払えない金額じゃないかと」


オルトは目の前の紙をしばらくの間じっと見ていた。その後また少し檻の中の少年に目をやり、言った。


「……わかった。買おう」


檻の中の少年は、曇った目で自分を買い取った貴族の男を見上げた。



「……お待たせしました。お時間とらせてすみません」


商人の男はそう言いながら、厳重に拘束された暴食(ギータ)を連れてきた。

背中に一本の鉄芯が通され、頭部、首、胴、腰のあたりでそれぞれ固定され、少し前にかがむこともできそうになかった。

両手は後ろ手に冷たい鎖が直に巻かれていた。両足首は重い鉄製の枷で歩幅が制限され、視界は塞がれ、口にも鉄製のつぐわを咥えさせられていた。


「……何もこんな厳重じゃなくても」


オルトがそういうと、いやいや、と商人は被せるように説明した。


「先ほどの通りこいつは何でも喰うんです。拘束だって口が届けば解いてしまうんですよ。


つぐわを噛ませていますが、これは口を塞ぐためのものではないんです。

口輪が破壊され口が自由になった時、音で気づけるようにするためのものです。


取り扱いには十分注意しなくてはいけませんよ。少しでも反抗的な態度を取ろうものなら、すぐ折檻(せっかん)してください」


オルトは黙って商人の言葉を聞いていた。

商人は帰りの馬車を用意すると提案したが、オルトは「近くに迎えの馬車を止めている」と断った。


「では、今後ともどうぞご贔屓に」


オルトが鎖を引くと、暴食(ギータ)と呼ばれた少年は黙ってついてきた。

夜の薄汚れた街角には人っこ1人いなかった。


暴食(ギータ)は鎖に引かれるがまま歩いていたが、突然オルトが歩みを止めた。

視界を塞がれた少年はぶつかった。次はどの方向に進むのかわからず、また鎖が引かれるのを待っていた。


カシャン、と鉄の擦れる音がした。かと思えば、口が軽くなった。


「え……?」


暴食(ギータ)は驚いて、思わず声を発していた。次の瞬間目隠しが取られた。

目の前にまた、自分を買った男の姿が現れた。


わけもわからず困惑する少年の首輪を外しながら、オルトは言った。


「あの人身市場は、明日無くなる。売られていた子どもらも解放される」


少年はただ目を見開いて驚いた。オルトは両手を縛る鎖に手をかけ、淡々と続けた。


「私の領地で人身売買なんて許されていないが、あの悪どい連中、私の臣下に売りつけていた。

臣下は裁いたがあいつらも野放しにできないから、潰す算段を立てるために近づいた。


あいつらを油断させるために買った子どもは、一足先に開放されている」


ジャラ、と重い鎖の落ちる音がした。背中を貫くように固定していた支柱も外された。


「残っている子ども達は保護された後、身元を調べて帰すべき場所に帰すつもりだった。しかし……」


オルトは最後の足枷も外した。少年は長い間忘れていた体の軽さを思い出した。


「君は多分、正体がばれない方がいい。

君のその力は、知られない方が平穏に暮らせる。……だから今逃げるべきだ」


戸惑いの眼差しで言葉も失った少年に、オルトは丁寧に語りかけた。


「まっすぐ行くと広場に出る。そこから今日最後の帝都行きの馬車が出る。

……これを見せれば、関所も通れる」


オルトは持っていた指輪に紐を通し、少年の首にかけて続けた。


「着いたらフリート家を訪ねるんだ。誰かに聞いたらきっとわかる。そしてこの手紙を見せろ。きっと良くしてくれるから」


オルトは手帳の1ページを破ると、そこに何やら書きつけた。四つ折りにし、旅費と共に少年の手に握らせた。

少年はまだ何が起きているのか理解できていない様子だった。困惑のままその場に立ち尽くしていた。


「行け。もう馬車が出る」


そういうとオルトは少年の背中を押した。

少年はその勢いのまま走り出した。細い足でよろけながら、何とか地面を蹴り上げていた。


少年が消えたのを見届けると、オルトは自分の馬車に乗り込んだ。

それ以降、2人が出会うことはなかった。





「ほら、ロアっつったか、着いたぞ。この町あたりからラグーア伯爵領だ」


行商人は馬車の後ろに乗っている16歳ほどの少年に語りかけた。この辺りに行くなら、ついでに送って欲しいと頼まれたのだった。


「ありがとうございます」


ロアは礼を言い、謝礼を払った。

そのまま町を通り過ぎる行商人を見届けると、大きく伸びをした。


「……やっとこれた」


柔らかい髪を爽やかな風が()かした。暖かい陽光が瑠璃色の瞳に反射した。


全20000字程度の短編になる予定です。今日中に完結させたいです。

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