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パーティードレスは、土下座することを前提に設計されていない

「ファドナ・ダレンシア伯爵令嬢!」


 大広間に、私の名を呼ぶ青年の声が響きわたった。

 怒声に近いそれが私の鼓膜を震わせると同時、ぐらりと、めまいに近い感覚に襲われる。

 眼前の、貴族の若い子女のみが集まる小規模ながら華やかなパーティ会場が一瞬、傾いだ。


(あれ、私、この光景に覚えがあるような……?)


 意識の底から、これまで完全に忘れ去っていた「何か」が急激に沸き上がってくる。


『山田ァ!』


 どすの利いただみ声が、突然、頭の中に鳴り響いた。


「そなたがこれまで聖女・ラーリアにしてきた悪逆無道の数々、もはや見過ごすことはできない!」

『どうしてくれんだ、この状況をよォ! 全部おまえのせいだろうがよォ!』


 目の前で声を張り上げるカリオス王子殿下の声と、記憶の奥底から蘇る中年男性の声が激しく入り交じる。

 どちらが現実なのか、それともはたまた夢なのか、もうわからない。


(そもそも、さっき一瞬思い出しかけた「過去」は、これではなかった気がするのに)


 だがもう私の頭の中は押し寄せる情報と情動で埋め尽くされ、何も思考ができなくなっていた。


「従って、今から、そなたを王宮より追放する!」

『責任とれよ山田お前よォ!』


 その二つの声が重なった瞬間、私の身体は何かを考え、思い、判断する間もなく、自動的に動いていた。


「もうっっっしわけございません!!! 鈴木課長!!!!」


 信じられないぐらいの大声が、ホールに響きわたった。


 ダレンシア伯爵家の一人娘・ファドナとしてこの世に生を受け、淑女の手本となるべく必死に生きてきて18年、人前でこんな大声を張り上げたのは初めてだ。

 だが、蘇った前世の記憶が全身に染み込んだ今の私の声帯は、スカラ座のオペラ歌手にも張り合えそうな豊かな響きとエネルギーを孕み、難なくその謝罪を辺りに轟かせた。


「ふん、今更申し開きをしたところで――ん? スズキカチョ……?」


 カリオス殿下の戸惑う声が聞こえたときには、私は既に膝を折っていた。


 謝罪と土下座は常にセットだ。膝頭が床に叩き付けられる。その痛みを感じるより先に、両の手のひらをしっかりと床に張り出す。前世で6年間勤めたブラック企業の社屋の床のリノリウムとは違って、大理石の床はひどく固くて冷たい。しかし私はためらいなく、勢いづいたまま額を両手の間に振り下ろした。

 磨き上げられたスキルで、完璧な土下座フォームが披露される、そのはずだった――が。


 膝に食い込んでいたクリノリン――よそゆきのドレスを膨らませるため中に入れている骨組みが軋み、ねじれ、溜め込まれた力が逆向きに発散される気配を感じるのと、私の身体が勢いよく横倒しに吹っ飛ばされるのはほぼ同時だった。


 姿勢は制御不能になり、ごろごろと無様に転がる。戸惑いながら様子を見守っていた周囲の令嬢たちから悲鳴があがった。


 クリノリンの弾性力と遠心力に振り回され、パーティ会場の光景がぐるぐると回転している。身体の節々が冷たい床にぶつかる痛みで、ほんの少し冴えた頭が告げていた。


 ――貴族令嬢のパーティードレスは、土下座することを前提には設計されていない。


 そう、私は今、ファドナ・ダレンシアと名付けられ、このヴォートン王国で生まれ育った、伯爵令嬢。


 貴族の子女が集まるパーティーで、国の王子から突然、謂われのない言いがかりと共に公然と糾弾されていいような存在でもなければ、「とりあえず土下座して上司の機嫌を宥めこの場を切り抜けよう」なんて発想をするはずのない存在なのだ。


 だのに、さっきから次々と私の意識と記憶支配してくる前世の記憶が、私を冷静にさせてくれない。


 私はドレスの裾とクリノリンを慣れた手つきで捌き、立ち上がった。


 本当ならこんな時、エスコートしてくれる紳士が居ても良いのではないか、という考えが一瞬、頭の中を過ぎったが、皆呆気にとられてその場に立ち尽くしている。


 沈黙。


 私から何か言わないと、と顔を上げようとしたとき、先にカリオス殿下が口を開いた。


「え、えと、大丈夫か、令嬢。怪我は――」


 さっきまで意気揚々と私を王宮から追放するとか言っていたのに、急に弱腰になって、気遣ってくるじゃないか。


(今の言葉には、少しは、殿下の本心も混ざっているのですか?)


 ふと、そう思った瞬間、自分ではそんなつもりがなかったのに。


 急に目の前に見えていた景色がぐちゃぐちゃに歪んだ。ああ、懐かしい、そして、情けない、前世で繰り返したこの展開。


 急速にあふれた涙は、程なくして眼球の上の張力に耐えられなくなり、一気に私の目から滝のように流れ出した。


「れ、令嬢っ!?」


 殿下が何かを言い掛けたが、それよりも激しく威圧的な別の声が脳内から鳴り響き、私から現実の世界を遠ざける。


『あーあー。ほら、女はさあ、すぐ泣けばどうにかなると思ってさー。羨ましいよねー。俺だって若い女の子になってめそめそ泣いて見せて全部仕事人に押しつけたいわー』


 もうだめだ、これ以上ここにいると、現実ととんでもない過去の記憶が入り交じって何も出来ない。


 私は体勢を立て直すと、一気にホールの出口に向かって駆けだした。


 パーティ会場はざわつき、誰かが私の名を呼んだような気もしたが、最早そこに意識を向ける力も残っていない。





 それから2週間、社交界からファドナ・ダレンシアの目撃情報はさっぱり聞かれなくなった。

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