第四十四話 ヘレナの覚悟
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銃口をこちらに突き付けたヘレナは、それは、それは大きな声で言い出した。
「貴女の所為で!貴女の所為で!私のお母様は処刑されることになったのよ!」
胸元にある内ポケットから紙片を取り出すと、私たちの前に掲げるようにして見せる。
「どうして私たちの幸せを壊すの!私たちは貴女が現れるまではそれは幸せに過ごしていたのよ!」
その紙片には『監視されている』という文字が記されていた。
「安陽茶をきっかけに戦争を起こそうと思っていたというのに!それを潰したのも貴女!せっかく広がっていたミディ中毒をデトックス茶とかいう意味不明なお茶を使って解消してしまったのも貴女!なんなのよ!イレネウの聖女って!ただのちょっとだけ癒しの力に特化した幼女でしかないじゃない!」
確かに、聖女マリーは調薬が得意というだけの、ちょっと癒しの力を使うコントロールに長けただけの六歳児だ。僅かな癒す効果を付与した水を出すことが出来る妹ソフィと、マッサージすることで癒しの力を全身にちょっとずつ流し込むことが出来る母親のケイシーがいることで『聖女の力』とやらは発揮できるようになっている。
後は思いこみもあるのかな〜、プラセーボ効果的なあれ。聖女様が特別に調薬くださったと思い込むのもプラスして、体が良い方向に改善されるんだと思うんだよな〜。
「聖女を使って王妃様を治せたと思ったようだけど、本当に残念でした!イザベルデ妃様が王妃様の治療を行う典医を使って、毒を体に回らせるようにしているんです!王妃様が死んでしまったら、ヴァールベリ王国は破滅するしかないんです!」
ヘレナが大きな声で文句を言っていると、御者側の壁がドンドンと乱暴に叩かれる。余計なことを言うなということになるのだろうけれど、それでも構わずにヘレナはグレタに対して文句を吐き出し続けた。
「貴女はステランの愛を勝ち取って、自分こそが勝者だと思っているのだろうけど、すぐさま地獄に落ちることになるのよ。ねえ、この馬車が何処に向かっていると思う?港よ!港!貴女はこれから船に乗って、連合軍がいるフェロール港に連れて行かれるのよ。フェロール港に到着するまでの間に、どれだけの男があんたに興味を持つのかしら?どれだけの男があんたを蹂躙するのかしら?」
ヘレナはキャッキャとはしゃぐように笑うと、
「憎きステランお兄様は、海の上では無敵とも言われる英雄なのよ。だけど、そんなお兄様は、貴女が敵艦に居たらどう思うのでしょうね?ヴァールベリ王国に居るはずの貴女が、船の舳先にボロボロの状態で括り付けられていたら、どう思うのでしょうね?」
私たちに向かって紙を掲げた。
『お母様や私の家族が処刑となったのは、間違いなくイザベルデ妃の所為です。あなたたちへの憎悪を引き出すために、妃殿下の配下の者がわざわざ私を処刑場まで連れ出した。その時、処刑される寸前に、母は『逃げて』と私に言った。イザベルデ妃は私たちレックバリー子爵家やオーケルマン伯爵家をうまい具合に利用していたと思っていただろうけれど、私たちだって馬鹿じゃない』
「貴女の破滅がこれから見られるのかと思うと清々する!早くカーディフ港に到着しないかしら!そしたら、さっさと貴女たちを船に乗せて、男たちの慰み者にしてやるのに!」
『証拠の書類を渡すから、港に到着したら私と揉み合いになったと見せかけて逃げて。貴女を撃つと見せかけて周りの男たちを撃つつもりだから、貴女はとにかく逃げてください』
そう書かれた紙を差し出したヘレナは、椅子と椅子の隙間から封筒を取り出すと、私たちの前に差し出して来たのだった。
アンネがその封筒を受け取り、私は馬車の窓から外を眺める。
侯爵家の紋章が書かれた馬車を取り囲んでいる四人の兵士は、侯爵家を守る私兵が着る軍服に腕章を付けてはいるけれど、間違いなく、イザベルデ妃が雇った者なのだろう。勿論、御者も入れ替わっているのは間違いないと思うけれど、混乱した港の中なら、私を誘拐するのも簡単なことだろうと思ったのだろう。
馬が一騎、物凄い勢いで馬車を追い越していく姿が見えた。着ている服は貴族の家に仕える使用人そのものの服装だったけれど、あれは夫の秘書であるウルリックに間違いない。
馬車が向かっているカーディフ港は水深が浅い港のため、大型船が寄港できない関係で、商人が安く利用する港としても有名である。夫が艦隊を率いて出発したとあっては、商人たちが活発に動き出すのは当たり前のことだ。
港に近づくに従って目を見張る数の馬車が行き交っている。その中に、ストーン商会だけでなく、王家御用達の大商会の荷馬車が物凄い勢いで追い越して行った為、誘拐のために使われているこの馬車も、事故を防ぐためにスピードを緩めているほどなのだ。
「とにかく!私は貴女を許さない!絶対に許さない!」
馬車の中で大騒ぎをするヘレナだけれど、短銃を構える彼女の手は、側から見ても分かるほど大きく震えている。顔は強張り、目は血走り、必死の形相となっているんだけど、馬車がガタガタと大きく横揺れする中で、目の前の銃が暴発しないか心配になる。
「ヘレナ様、大丈夫です。うちのグレタ様は全く信用されていないので!きっとうまくいきますよ!」
アンネが拳銃を掴むヘレナの両手を上から押さえつけながら言い出した。
「なにしろグレタ様は無茶苦茶なのです。やると言ったらやるが信条の方なので、大人しくしていたとしても、誰も彼もが絶対に信用などしないのです」
そこからアンネは、ヴィキャンデル公爵の邸宅で行われた披露宴パーティーでは、どれだけの風船を破裂させたのか。あれほど破裂させながらも、次々、風船職人に風船を作らせたお陰で、なんと風船のオブジェが出来上がったけれど、そもそも風船だけでなく新しい試みが多すぎて、公爵家の使用人一同、パニック状態になったとか。
新しい服はウケるというのは分かるけれど、その新しい服を八人分、誰もが憧れるような出来で七日で作れと言われた時の針子たちの顔ったらなかった。花嫁衣装も揃えたいから五日で作れと言われた時には何とか拒否することに成功したけれど、そもそも、本当に無茶苦茶な人なのだ。
「ですから、誰もグレタ様のことなんか信用しちゃいないのです。誰も彼もが、グレタ様が大人しくしているなんて思っていやしないのです。ですから大丈夫ですよ、この誘拐は絶対に成功しますから」
アンネはヘレナの手を上から包み込むようにして短銃を奪い取りながら、ヘレナの耳元に口を寄せるようにして言い出した。
「ですから、到着して周りの男たちを射撃するなんてことも必要ありません。敵の言う通りに、船に乗り込むつもりで移動いたしましょう」
「えっ・・そんな!」
専属侍女アンネのあまりの言葉にヘレナは驚愕したみたいだけど、
「ちょっと、アンネ!酷くな〜い!私ってそんなに信用ないのかな〜!」
と、私は私で憤慨した声を上げたのだった。
ここからラストまで(可能な限り)毎日二話更新でいきます!!16時17時に更新していきますので、お読み頂ければ幸いです!サヴァランと紅茶をあなたに』を読んでいただきありがとうございます!
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