第四十一話 王妃の覚醒
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ヴァールベリ王国の王妃ルイーズは、高台に位置する王宮の窓から出港する軍艦の船影を見送りながら、大きなため息を吐き出したのだった。
今現在、公には危篤状態となっているルイーズ王妃は、離宮の外に出ることが出来ない。麻薬中毒が重篤化して明日をも知れない状態となっている為、王家に仕える三人の典医が付きっきりでルイーズに治療を施しているとしながらも、典医たちは地下の牢獄に入れられた状態となっている。
普段はのんびりと鷹揚に構えているルイーズ王妃ではあるものの、決して彼女は愚鈍というわけではない。第二王子カールの妃として輿入れして来たイザベルデが、まずはルイーズを利用し、その後排除するように企んだというのなら、それなりの報復をしなければならないだろう。
ルイーズ王妃はオルランディ帝国の皇女であり、今の皇帝の妹である。周辺諸国を次々と平定して大国を形成した帝国を治める一族の血を引く娘にあたるため、このまま舐められたままでいるつもりでは決してない。
ポルトゥーナ王国の南部に位置するフェロール港にヴァールベリ王国を征服するための連合軍が集まり始めているという情報は得ているが、ルイーズが現在危篤という情報が他国にまで流れていることになれば、多くの国々が侵攻作戦に賛同することになるだろう。
愛するルイーズが不遇な死を迎えることになったのなら、兄である皇帝は絶対に許すことなどしないだろう。いくらヴァールベリ王国が窮地に陥ったとしても決して助けの手を伸ばすことはない。だからこそ今がチャンスだとポルトゥーナとハプランスの王は煽り立てるように言っているのだろうが、絶対にこいつら許さないと、ルイーズ王妃は考えている。
「兄の力を使って一気に両国を帝国に征服させてしまおうかしら・・」
ルイーズの麻薬中毒の症状がだいぶ改善されて、グレタによるヨガレッスンが開始された頃に、ルイーズがそんな独り言を呟いた。
すると、ヨガの師匠であるグレタが浮かない顔で言い出したのだ。
「ルイーズ様、戦争は駄目なんです。戦争は駄目、絶対に駄目なんです」
戦争は駄目、絶対に。
王妃は形の良い眉を顰めると、思わず唸り声を上げてしまったのだった。帝国では戦争はいつだって身近にあったものだった。それはヴァールベリ王国でも同じことであり、島国であるこの国は未開の地を占領することで、ここまで発展することが出来たのだ。
「例えばですよ、今ここで私が突然、王妃陛下の大事なものを問答無用に壊した上で、すぐ近くに居る侍女の誰かを殺してしまったら、それってすっごい悪いことになりますよね?」
突然のグレタの言葉に、周りの侍女たちが引いた表情を浮かべた。
「それはもちろん悪いことに決まっているわ」
「物を壊したり、人を殺したりするのは悪いこと。だけど急に戦争となると、全部やっても大丈夫みたいなことになりますよね?」
それは確かにそうだった。隣人を殺すな、他人の物を壊すことを神はお許しにならないと言いながらも、いざ戦争ともなれば、神の教えなど霞となって消えていく。
「例えば今、ハプランス・ポルトゥーナ連合軍が王国に上陸したとして、まずは誰が殺されることになると思いますか?」
「それは多くの兵士たちが戦って命を落とすのでしょうね」
「いえいえ、そうじゃなくて、戦う兵士だけでなく多くの女性や子供、老人が殺されていくことになるんです」
戦争では兵士同士が単純に戦うというだけでなく、今まで平和に暮らしてきた多くの一般市民が巻き込まれて命を落とすことになるのだと、グレタはまるでその場面を見て来たかのように言うのだった。
「王妃陛下は慈善にも力を入れているのは知っていますが、孤児院で生活する子供たちも殺されていくことになるでしょう。多くの血が流れてそれが海のようになったとしても、始めてしまえばなかなか終えることが出来ないのが戦争なんです」
それは帝国がハプランス、ポルトゥーナ王国を征服するために仕掛けても同じこと。結局、多くのものが壊され、多くの人が死ぬことになる。
「物を壊したり、人を殺したりするのは駄目。だけど、このままでいけばヴァールベリ王国と連合軍の衝突は避けられない。戦争は駄目!絶対に!だから、まだ始まっていないのなら、王妃陛下の力を使って止めることだって出来るんですよ」
「私の力を使う?」
「もちろん、王妃陛下の考える通りに、ポルトゥーナとハプランスの王にはギャフンさせてざまあが出来るように手配出来ます。王妃様さえその気になるのなら、全ては意のままに操ることが出来るのです」
ヴァルストロム侯爵の妻となったグレタは天才とも鬼才とも言われる女性で、このグレタが居たからこそ、ルイーズは死の淵から生還することが出来たのだ。
「戦争は駄目、絶対に」
「敵が上陸に成功したら、自分の家族が殺されることにもなるでしょう。戦争とは大切な誰かが無慈悲に平気で殺されていくことなのです。皆さんも想像してみてください、誰だって戦争は嫌だって思うでしょう?」
ルイーズにとっても、周りの侍女たちにとっても、グレタの言葉は心に突き刺さるものとなったのだ。戦争は仕方がない、起こってしまったら到底止められない、受け入れるしかないものと考えていたけれど、
「私たちの力で止めましょう!」
と、オスカルの参謀とも呼ばれるグレタがそう言い出したのだ。
グレタはまず、王妃宮にヴィキャンデル公爵令嬢ヴィクトリアと、聖女マリー一家を呼び出した。王国に広がる麻薬の汚染程度を考えるに、帝国にもその被害は広がっているものと考えたグレタは、帝国の皇帝の元に聖女マリーを連れて行くようにヴィクトリアにお願いすることにしたのだ。
もちろん、ルイーズは先行する形で自分たちの計画を兄である皇帝に向けて発信する。この作戦には帝国の存在が重要になるからだ。
そうして、ハプランス王国に潜伏しているカール王子を帝国に向かわせることにする。ハプランス王国側に駐屯する帝国の兵士を動かすために、溺愛するルイーズの息子を向かわせた方が効率が良いと考えたから。
更にはヴィクトリアの結婚相手となるハラルド・ファーゲルランを利用する。ナルビク侯国の侯王の弟であるハラルドは『血溜まりの中の翼竜』という異名を持つほどの武人であり、軍を率いるのも得意なら暗殺も得意と言われるような人物となる。
テーブルの上に何枚もの地図を広げて、これからの作戦を説明していくグレタを見ていると、ルイーズ王妃は胸が弾むようなワクワク感でどうにかなりそうになっていた。今まで戦争は男のものであり、地図を広げて作戦を練る姿を遠目に眺めることしか出来なかったルイーズが、今は率先して意見を出すことが出来るのだ。
「甥のアドリアヌスがザビエラ王国に王配として入っているはずなの。その甥から連合軍について警戒するようにと注進が来ていたのだけれど、この甥を使ったらどうかしら?ザビエラ王国も連合軍に加わえることにして、敵の中枢に入り込むようにするのよ」
皇帝には十人の子供たちがいるのだが、三番目の皇子の幼い顔を思い浮かべながらルイーズが言うと、
「それは良いですね、是非ともハプランスの王に近づいてもらいましょう」
と、グレタが言い出した。
作戦を立てるのは何も男だけの専売特許というわけではない。ここで立てた計画は、きちんとオスカルにも説明されることだろう。上手くいけば王国は無傷でこの難を逃れることが出来るし、敵をギャフンとさせ、ザマアさせることも出来るだろう。
旅立つ船を見送りながら、ルイーズ王妃はほくそ笑む。
「グレタが戻って来たら、きちんと私からもお話をしなくっちゃ」
今日は一旦、王宮に戻った後に、グレタはストーメア子爵邸に移動する予定でいるのだ。
「あの子はあれで、まだ帝国行きを諦めていないようだから、きちんとお話し合いをしなくてはいけないわね」
帝国に行くと言うのなら、グレタではなく、孫のルドルフでもなく、自分こそが行くべきなのだ。
周りが反対しているから行くのを我慢しているけれど、そろそろ離宮から飛び出したくて仕方がないルイーズ王妃でもある。
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