第九話 意味不明
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「お嬢様!お嬢様!なんで言ってくれなかったんですか!」
着替えも済ませて待っていたアンネは、案の定、激怒していた。
「船の中でヴァルストロム侯爵と顔を合わせていたなんて聞いてないですよ!びっくりしたじゃないですか!」
「本当にそれね」
私は苦虫を噛み潰したような顔をしていたと思う。
「アンネは船酔いで酷い状態だったじゃない?だから、余計に気分が悪くなりそうなことは言わないでおいてあげようと思ったのよ」
「茶葉会社ロムーナのオーナーは侯爵様だったみたいじゃないですか?」
「それね・・」
ため息が止まらないとはこのことよ。
「買収についての条件は説明をしたんだけど、私に対して信用ならないと侯爵は言い出したの」
「ちょっと意味がわかりません。その信用ならないお嬢様が、侯爵様の正式な奥様なのですが?」
「それね」
私は本当に、本当〜にっ!結婚したくって、マッチングアプリを利用して無駄な出会いと時間を消費しまくり、本格的な結婚相談所に多額の入会金を払って、時間とお金だけは(死ぬ前に)散々消費してきた女なのよ!
そして、生まれ変わってようやっと・・ようやっと!結婚!出来たと思ったのに、本当に愛する女は別にいるというパターンを踏襲していたってわけよ。
信じられない!本当に信じられない!そんなパターンならば、仕事に逃げてやるわ!と思い立ってイレネウ島まで来たら、何の因果か結婚したばかりの(他に愛する人がいるというクソみたいな)夫と鉢合わせ。
「ああ〜!アンネ〜!今年って厄年だった?前厄?本厄?後厄?とにかく厄払いに行かないと、とんでもないことになりそうだわー!」
「お嬢様、『マエヤクホニャクアトヤク』とは何なんですか?」
「おっと〜」
この世界に厄年という概念はないわよね。長年独身生活を送って来た身としては、ついつい、何か悪いことがあると『今年は厄年だったかしら〜?』と思ってしまうのよ!
「人って周期的に悪いことが起きる年っていうのが決まっているのよ!今年二十歳だから・・後厄だったわ!だからこんなにも最低な運気になっているのよ!」
結婚出来なかった私は、あらゆる縁結びの神社に通っていた関係で、今年の厄年は何年生まれの人!と書かれた紙を山ほど見て歩いていて来たの。ああ、そうか、昨年は本厄、今年は後厄、結婚式で義理の妹に突き飛ばされて、岩に頭を打ちつけて前世の記憶を思い出しただけあるわ〜!
「お嬢様、何を言っているのか意味不明です」
理解出来ないという感じで首を横に振るアンネは今年二十二歳。
「人生の節目にもなる時には悪いことが起きやすい(諸説ある)ということで厄年なるものがあるんだけど、女性の場合は十八歳が『前厄』十九歳が『本厄』二十歳が『後厄』といって特に気を付けなければいけない年になるのよ」
「そういえば私、数年前まではよく分からない男に絡まれることが多くて辟易としていたんですけど!最近になってピッタリと絡まれなくなったんです!もしかして、ヤクドシが関係あるってことでしょうか?」
それはアンネがこちらの婚期(十六歳から二十歳)を逃したからだと思うんだけど、
「厄年だったから変な男に絡まれたりしていたのよ!」
と、断言しておくことにした。
「とにかく、厄年だからこそ私はこんな訳が分からない結婚をする羽目になったのよ!今年一年は静かに過ごして、来年から良い男探しを頑張ることにするわ!若さは一瞬で終わってしまうのよ!オチオチしている間に、また『賞味期限切れ』扱いされたら堪ったものではないわ!」
「賞味期限とはどういうことですか?」
「食べられる期限を過ぎた腐りかけの食べ物のことを言うのよ!結婚適齢期を過ぎた女性は誰も手を伸ばしたがらない、腐った食べ物みたいな扱いになるでしょう!」
「貴族はそうかもしれませんよねえ、貴族って大変だ〜」
突然、突き放したように言い出したアンネは二十二歳。
「私は平民ですので、そこまで年齢にうるさくないから大丈夫ですけどね〜」
ぶつぶつ言いながら荷物の整理を始めた背中がやけに寂しそうに見えてくる。
「ねえ、アンネ、今年はまだ無理だけど、来年になったら一緒に合コンをしましょう」
「ゴウコン?」
「恋人希望、結婚希望の男性を女性と同じだけ集めてお茶会を開くの」
「お茶会?」
「うちの商会で有望株を探してもらうから、友達も誘って合コンを開きましょうよ」
「なっ・・」
アンネは驚愕を露わにしながら私の顔を見上げて来た。
「結婚したばかりなのに、これだからお貴族様という奴は!お嬢様もやっぱり生粋のお貴族様だったのですね!」
「アンネったら酷くな〜い?私はたくさんの愛人を侍らす貴族のマダムと一緒にしたでしょう?」
「えっ、だって、侯爵様と(形ばかりとはいえ)結婚しましたよね?」
アンネの副音声は声を出さなくても良く聞こえてくるわ〜。
「(形ばかりとはいえ)確かに結婚したけれど、相手には愛する人がいるっていうのを忘れた訳じゃないわよね〜?」
「あ!義妹様!」
「そうそう、本当に愛する人が別に居ると言うのなら、この結婚は『白い結婚』一択状態となるでしょう?我が国は一年間の白い結婚を証明できたら離婚できるのを忘れたの?」
「離婚ですか!」
「今年は厄年なので恋愛関係は封印をして、離婚をした来年から頑張るの!お相手は平民狙いでいこうと思っているから、アンネも私と一緒に結婚相手を探していきましょう!」
前世を思い出す前から異世界の知識を使って商会を立ち上げ、兄と一緒に商売を成功させて来たのだもの。あそこら辺の伝手を使えば、すぐにでも合コンをセッティングできると思うのよね。
「五人兄弟のうち、娘の一人くらい平民と結婚したって問題ないと思うの」
私はやたらと色味が派手すぎる黄金の髪を掻き上げながら言い出した。
「侯爵様も私との結婚は不本意でしょうし、何しろ私を愛している暇はないと断言していたくらいですからね。経済状況の立て直しさえ出来れば喜んで私と離婚するでしょうし、侯爵と離婚した私なんかと結婚しようと思う男なんて、平民くらいしかいないでしょう?」
「だから平民と『合コン』ですか・・」
アンネは胸の前で両手を組むと、
「是非!是非ともお供をさせてください〜!」
両目に涙を浮かべながら言い出した。
侯爵と結婚からの『お前を愛している暇はない』というターンを経て考えるに、これから来るのは『離婚』一択となるのは間違いない。貴族の女性は『離婚』をすると完全に傷物扱いとなって再婚は非常に難しくなるのだが、それは貴族を相手にして考えた場合なのは間違いない。だからこその平民、私の親は末娘が平民と結婚したとしても許してくれると思うんだよね。
「そうと決まったら、早速、侯爵家の財政立て直しのプランを練らなくっちゃだわ!」
「え?なんで離婚するのに?」
「そりゃあ、お金目的で娶られたお飾り妻だからに決まっているじゃな〜い!」
島を購入してやり慣れない紅茶栽培と販売に手を出した侯爵は、生粋の軍人だから経営下手なのは間違いない。赤字を補填するために豊富な資金力を持つ我が家と金目当ての結婚をしたのだろうけれど・・
「侯爵家が自力でお金を稼ぐ力をつければ!お飾り妻は必要なくなるじゃない!」
「あっ!そこから離婚!からの合コンですか!」
「もちろんそうよ!」
いそいそとアンネがテーブルの上に紙の束とペンとインクを用意してくれたので、優雅さを気取りながら私は椅子に腰をかけたの。厄年ゆえにこんなクソみたいな結婚をしてしまったけれど、すぐにでも『離婚』まで持っていってやるわ!
晩餐に招待するために、侯爵の秘書のウルリックが部屋の扉の前まで来ていて、部屋の中の話声をこっそり聞いているとも知らずに、
「さあ!離婚に向けて頑張るわよー!」
えいえいおーっ!とアンネと二人で景気良く掛け声を上げていたのだった。
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