第三十六話 ハラルドのおつかい
お読みいただきありがとうございます!よろしくお願いします。
南の動きがきな臭いというのは、ナルビク侯国の人間なら誰もが言い出す言葉だった。侯王の弟であるハラルド・ファーゲルランは軍部を司る元帥の地位を賜っているので、ハプランス・ポルトゥーナ連合軍の動きは勿論のこと注視している。そして、連合軍の不穏な動きにより自分の結婚が延期となったことでイライラがおさまらない状態となっている。
ヴァールベリの公爵令嬢であるヴィクトリアと婚姻する予定のハラルドは、ヴァールベリ王国で結婚披露宴のパーティーを行った。後は本国に戻って正式に神殿で結婚の儀を行えばヴィクトリアは自分の妻になったというのに、大きな戦争が起こりそうだからという理由で、一時中断の状態となっている。
ポルトゥーナ王国の南部に位置する軍港フェロールには兵士や物資が集まり出しているということで、妻となるヴィクトリアは戦地となるヴァールベリからナルビクに避難してくる予定でいる。
今日の午後にはヴィクトリアが乗る船がやってくるとあって、ハラルドはソワソワしながら待っていたのだが、桟橋から小さな二人の子供を連れてヴィクトリアが降りてきた為、
「こんな小さな従妹が彼女にはいたのかな?」
と、彼女の親族一覧を頭の中で思い浮かべることになる。
ヴァールベリに居ては危ないと判断して、一時的に女子供は避難させることをヴィキャンデル公爵が決めたというのならハラルドにも理解出来るのだが、ヴィクトリアの付き添いのように立つのは彼女の母ではなく、見たこともないような女となる。絶対に披露宴パーティーには参加していない。ハラルドは人の顔は一度見たら忘れないタイプなので、二人の子供も後ろの女も初見なのは間違いない。
「ハラルド様!わざわざお出迎え有難うございます!」
ヴィクトリアはハラルドの出迎えを受けて輝くような笑みを浮かべたのだが、彼女の両手は小さな二人の子供が握っているため感動の抱擁はお預け状態となってしまう。
「ヴィクトリア!ナルビク侯国へようこそ!」
ハラルドはにこりと笑った後に、二人の女児を見下ろしながら、
「それで・・この娘たちは一体・・」
と、問いかけると、ヴィクトリアの後ろに立っていた女が、
「マリー!ソフィー!いつまでもお嬢様の手を握っているものではありません!」
と、慌てたように言い出した。
女は二人の娘の母親のようで、ぺこぺこ頭を下げながら、
「本当に申し訳ありません!」
と言って謝りだす。ヴィキャンデル公爵家の親族とは思えない人間だなと思いながらハラルドが胡乱な眼差しで親子を眺めていると、
「ハラルド様、こちらが聖女のマリーで、こちらの小さな娘の方が水の魔法使いのソフィ、そして二人のお母様であるケイシーです」
と、ヴィクトリアが説明してくれたのだが・・
「え?聖女?」
理解できない単語が出てきた為、自分の愛する人を見下ろしながらハラルドは固まった。
聖女とは・・神殿で語られる逸話の一つに出てきたような、出てきていないような、自分には縁遠い単語の一つだと思うのだが、
「イレネウ島の聖女マリーです!」
と、紹介された女の子が元気に挨拶をしたのだった。
これから戦争が始まるというのに、ナルビク侯国へやって来たのはヴィクトリアと彼女に仕える専属侍女と聖女家族だけ。
「君の母上や姉上は一緒じゃなかったのかい?」
「私の家族たちは、私たちの結婚式の日までにはナルビクに渡る予定でおりますの」
結婚式、それはハラルドにとって輝かしすぎる夢のような言葉だった。
南でハプランス、ポルトゥーナ両国の軍が集まり始めているため、北に位置するナルビク侯国としては一切、気が抜けないような状況に陥っていると言えるだろう。すでに2万を超える兵士が集まっているというのだが、この兵士たちがヴァールベリ王国を狙うと見せかけてナルビク侯国に向かって来るかもしれないのだ。
ナルビク侯国とポルトゥーナ王国は、国境での小競り合いを長年繰り返し、両国の仲は非常に悪い状態なのだ。海を渡るよりも陸を移動して攻め入った方が簡単なのは間違いない為、まずは手始めにと狙われる可能性を消し去ることは出来ない。
「ハラルド様、オスカル殿下からお手紙をお預かりしておりますのよ」
挨拶もそこそこに差し出された手紙はヴァールベリ王国の王子からのもので、
「ここまで来るのに少し時間が掛かってしまったので、すぐにでもお読み頂いた方が良いかと思いますの」
と、ヴィクトリアが言い出した。
「オスカル殿下から・・」
実はハラルドは、オスカル殿下に対して言いたいことが山ほどあったのだ。
ヴァールベリ王国が危機的状況だというのも理解出来るし、利用出来るものは何でも利用してやろうと言うその精神は嫌いじゃない。
だとしても、自分の結婚披露パーティーが国と国の同盟の強化をアピールする場に利用されたのは頂けない。ヴィクトリアが気にしていないようだから、ハラルドも気にしないようにはしているのだが、どうにも自分の面子を半分ほどは踏みつけにされたような気がしないでもない。あのパーティーは。間違いなく、ハラルドのイライラの発端と言っても良いような気さえする。
「今すぐにお読みになって欲しいのですけど!」
「今すぐ!」
まだ馬車にも乗り込んでいないのに、今すぐとヴィクトリアが主張する。こんな桟橋の近くからまだ移動をしていないというのに、何故?と思わないでもないけれど、愛するヴィクトリアの言うことなら何でも聞いてしまうのがハラルドでもあるのだ。
「分かったよ、ヴィクトリア」
ハラルドは封蝋を外して封筒の中身を取り出した。今は戦時も同じことであるため、緊急の連絡をヴィクトリアが任された形となるのだろう。
そうして視線を走らせたハラルドは、知らぬうちに自分の心臓が激しく鼓動を打ち始めていることに気が付いた。手が微かに震え、額を流れるのは脂汗かもしれない。
「むぐう・・」
思わず、変な声まで出てしまった。
オスカル殿下からの手紙には、ポルトゥーナ王国の正妃ウリエルが国王を裏切る準備が出来ている為、隣国ナルビクに協力を頂きたいというものであり、直接、協力による褒賞、領土割譲などについても相談したい為、国境の町で直接会って話したいというものが記されていたのだ。
ポルトゥーナの王は複数の妃を娶るのだが、正妃だけは政略で、頭も良くて地位も高い令嬢が選ばれることになっている。正妃ウリエルは女傑として有名だったアルマリア女公爵の娘であり、一枚岩となったポルトゥーナをナルビクが攻めきれないのも、この正妃ウリエルあってこそとも言われている。
その正妃ウリエルが、ハラルドと秘密裏に直接会って話したいと言っている。日付は明後日、それに間に合わせるためには今すぐ出発しないとまずいかもしれない。
「ハラルド様が国境におつかいに行っている間、私は聖女様親子を連れて帝国に行って来ます」
ヴィクトリアの言葉がハラルドには呑み込めない。
「は?おつかい?帝国?」
「ハラルド様!時間がないのです!」
ヴィクトリアは腰に両手を置いて、プンプン怒りながら言い出した。
「私は聖女様と一緒に帝国に行って、王妃様のお手紙を皇帝にお渡しして来ます。その間、ハラルド様は国境までおつかいに行ってください!絶対に悪い話じゃないですから!心配しないで!」
プンプン怒るヴィクトリアもまた可愛い、思わずうっとりしかけたハラルドは自分の首をブンブン横に振ると、
「私がおつかい?誰のおつかいをすると言うんだ?」
思わず怒りが滲んだ声で問う。すると、手紙の束をハラルドに渡したヴィクトリアが、
「グレタ様のおつかいに決まっているじゃないですか〜!」
と、意味不明なことを言い出したのだった。
ここからラストまで(可能な限り)毎日二話更新でいきます!!16時17時に更新していきますので、お読み頂ければ幸いです!サヴァランと紅茶をあなたに』を読んでいただきありがとうございます!
モチベーションの維持にも繋がります。
もし宜しければ
☆☆☆☆☆ いいね 感想 ブックマーク登録
よろしくお願いします!