第三十話 アウレリアの後悔
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本来であれば貴族であるアウレリアは貴族牢へと入れられるべきはずなのに、王宮へ移動した後も、押し込められるように入れられたのは平民の罪人が入れられるような地下にある牢だった。
公爵邸の牢と同じように、四方が石壁や煉瓦で囲まれた狭い牢屋に、粗末なベッドが一つ置いてあるだけ。ジメジメとした肌にまとわりつくような空気は酷く冷たく、体の芯から冷えてしまうような冷気が地下牢には立ち込めているのだった。
「なあ、聞いたか?奥にいる公爵夫人だけど、裁判なしで処刑が決定したらしいぞ?」
「ああ、処刑予定だった女と一緒に公開処刑にするんだろう?」
冷たい煉瓦の床に裸足のまま立っていたアウレリアは思わず聞き耳を立てるようにして格子を掴んだ。
「王妃様が危篤状態になったのも、何でも公爵夫人が関わっていたらしく・・」
「激怒された国王陛下が処刑処分を決定されて・・」
かすかに聞こえてくる声に必死に耳を傾けたアウレリアは、へたり込むようにしてその場に座り込んでしまった。
「嘘よ・・嘘・・私は典医に何もしていない・・」
王宮へと移動してからの取り調べで、アウレリア自身の手配によって典医を動かし、王妃を麻薬中毒にするように差し向けたのではないかと、何度も何度も、問われることになったのだ。
アンデルバリ公爵夫人となったアウレリアは持ち前の華やかさを十分に活用して社交界を取り仕切る花として活躍をした。有名人を招いてサロンを開くようなことをヴァールベリ王国に取り入れたのはアウレリアであり、多くの知人友人を作ることで、公爵家に貢献してきたのは間違いない。
貴族は所詮、政略結婚をすることになるのだから、夫に愛を求めさえしなければ良かったのだ。夫が引き裂かれるようにして別れることになった前の婚約者を、今でも愛し続けていたとしても、それを認めれば良かったのだ。
「ご自分が蔑ろにされているというのに、よくぞそこまで耐えられますわね?私には到底無理ですわ!絶対に復讐したいと思ってしまいますもの!」
今ではそれを誰に言われたのかさえ、良く覚えていない。
夫以外の子供を身籠もってやろうと、違う血を引く息子を産んで、夫に復讐を遂げてやろうと何故考えてしまったのだろう?
「私の夫なんて何人もの妾を抱えているのですもの。だったら私だって、同じように男を抱えても良いじゃない?」
監視されている?そんなことは関係ない。身籠もるだけなら、例え男女の逢瀬がなくたって十分に出来ることなのだから。
「自分の子を身籠もっていると思い込んでいる夫を見て、内心では嘲笑ってやるの。お前が自分の子だと思い込んでいるのはお前の子ではないんだぞって、そう思うだけで、本当に心の中がスッキリしていくのですもの」
ほんの出来心で、本当に身籠もるなんて思いもしなかったのだ。
本当の本当に、身籠もるなんて思いもしなかった。
「死刑・・私が死刑だなんて・・」
息子のベンジャミンが夫の子供ではないと分かって怖い、次から次へと自分の身に覚えのない罪が押し付けられていくようで怖い。挙げ句の果てには死刑だなんて・・
「母上・・母上・・」
床に這いつくばるようにして座り込んでいたアウレリアは、目の前まで誰かが来ていたことに気が付きもしなかった。しかもその目の前に来たのが、自分が殺そうと思っていた息子のブランドンだったなんて・・
「ブランドン・・」
麻薬の禁断症状で暴れ続けた息子の痩せて細くなった面影はそのままだったものの、ブランドンは憂いを含んだ眼差しで、牢に入る自分の母を見下ろしたのだった。
◇◇◇
アンデルバル公爵家の嫡男であるブランドンは頭痛持ちだった為、鎮痛剤というものを昔から服用する習慣のようなものがあったのだ。いつも飲んでいるのは強い薬ではなく弱い薬で、体に悪いものは入っていないと主治医が言う。
子供の時から公爵家に仕えていた医師が娘家族を人質に取られていたことも知らなかったし、薬の中にミディという麻薬が含まれていることも知らなかった。知らぬ間にミディを長期間服用し続けていたブランドンは、薬が途絶えることで禁断症状を発するようになったのだ。
主治医は、
「元々幼い時から持っていた持病が悪化した」
と言うし、
「これではベンジャミンを跡取りとするしかないですわ」
と、母は泣きながら訴える。
まさかこの主治医と母がグルとなって、ブランドンを殺そうと思っているとは思いもしなかったのだ。確かに母はベンジャミンばかりを可愛がっていたのだが、そのことについても特段、怪しむようなこともしなかった。
母が公爵家のためにと社交を頑張っているのも知っていたし、ブランドンに向けられる瞳に母の愛情はあったのだ。まさか、母がそんなことをするだなんて、ベンジャミンが父上の子供ではないとは思いもしない。
王妃様を殺そうとしたなんて・・お姫様らしくぼんやりとした母が、そんな、まさかという思いばかりが強くなる。
「そうなんですよね、私もその部分については強烈な違和感を感じるんです」
ブランドンを助けるために、聖女の一家をアンデルバリ公爵家へ連れて来てくれたグレタ・ヴァルストロム侯爵夫人は、まともに生活が出来るようになったブランドンを前にして、男のように足を組み、指先に顎を乗せながら深く何かを考えている様子で・・
「どう考えても、帝国への恨みを晴らすために、アウレリア様が王妃様を害そうと考えるほどの政治理念は感じられないんですよね〜」
と、グレタ夫人は言い出した。
「大陸貴族のように華やかなサロンをヴァールベリ王国に持ち込んだのも、アウレリア様が自国でやっているのと同じようなことをやっていたというだけのことです。夫への腹いせのために他の男の子供を身籠もるというやり方も、実は大陸中央では結構やっている人が多いのです。社会問題にもなっているみたいなんですけど、どう考えてもアウレリア様がご自分一人の決断で実行に移そうと考えるとは思えなくって・・」
王家の血も引く公爵令嬢だったアウレリアは、良くも悪くもお姫様らしいお姫様で、公爵家乗っ取りや王妃暗殺など、一人で計画できるとは到底思えない。公爵家の後継問題については別として、サロンの人脈を操って、王家に仕える典医を陰から操っていたなどと、証拠のようなものは次々明るみになってはいるものの、どうにもアウレリア本人の影が薄すぎるように感じるのだ。
「グレタ夫人、僕にお手伝い出来ることがあれば何でもしたいと考えているのですが?」
母が王妃の暗殺を企んだという時点でアンデルバリ公爵家は終わったようなものだった。失うものは何もないと考えれば、何だって出来るだろうとブランドンは考えている。今までの公爵家の功績を考えれば、情状酌量の余地があるとも言われているが、母が国家反逆罪の罪で捕まっているのだ。
「だからグレタ夫人、僕が出来ることは言ってください」
「では、ブランドン様にお願いしたいことがあるのですが、後悔しませんか?」
「後悔なんてするわけがないですよ」
わざわざ没落が目に見えたアンデルバリ公爵家まで聖女を連れて来てくれたのだ。グレタのおかげでブランドンが生還できたと言っても過言ではない。だから、どんなことを言われても後悔することはなかったとは思っていたのだが・・
「ブランドン・・お願い・・母様を助けて・・お願い・・」
牢屋の中で這いつくばる自分の母親を見下ろしたブランドンは、すでに激しく後悔し始めていた。なにしろ、グレタのお願いは無茶に無茶を重ねた物だったのだから・・
「母上・・申し訳ないが、今すぐ死んでください」
涙で濡れた母を見下ろしたブランドンは、無慈悲な言葉を吐き出したのだった。
サヴァランと紅茶をあなたに』の改訂版ですが、読んでいただきありがとうございます!イザベルデ編となり、これから国の駆け引きと女のドロドロを混えながら話がどんどん進んでいきますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
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