第二十八話 ケイシーと公爵
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平民のケイシーはイレネウ島生まれのイレネウ島育ち。元々、王家の持ち物だったイレネウ島は王家の避暑地として活用されていた為、王族に付き従う形で多くの貴族たちが島を訪れていた訳ですね。
そんなお貴族様たちにお仕えしていた両親から躾を受けたケイシーは、一時期は王家所有の邸宅のメイドとして働いたこともあるそうなのです。そんなケイシーなのですが、幼馴染の旦那様と結婚することになって、二人の娘を産んだわけですよ。
港で働く旦那様が、麻薬が絡んだ陰謀に巻き込まれて殺された時には、ご両親はすでに他界されていたんですね。誰も頼る人が居ない状態でケイシーが寝込んでしまうことになってしまった為、幼いマリーが奮起して働いた末に、
「よっ!我らが聖女様!」
と、酔っ払い相手に言われるようになった訳です。
前世の物語の中で『癒しの力』と言えば、欠損した体の部位も復活させる奇跡の力!みたいな扱われ方をするものが沢山ありましたけども、私が今いる世界では『ハズレ魔法』と言われるくらいに弱い力しかないんです。治せるとしても小さな擦り傷程度?だけど、この癒しの魔力を薬に注入することに長けたマリーは、
「聖女の酔い止めは効く!」
「ありがとう!マリー聖女!」
と、酔っ払いに言われる程度には薬作りの名人だった訳ですね。
「アンデルバリ公爵様、そういう訳で、マリーは聖女と言っても死んだ人を生き返らせるとか、体の欠損を復活させるとか、そんなことが出来る訳じゃないんですよ」
「うむ・・そんなことは分かっている」
「都合上、聖女様と呼んでいるだけで、癒しの力を物に与えるのが得意というだけの普通の少女なんですよ」
「分かってる、分かってる」
「マリーを取り込もうとしたって駄目ですよ!マリーとソフィーにはもれなくケイシーが付いてくるとか、そんなことにはならないんですからね!」
「分かってる!分かってる!」
本当にこの公爵様は分かっているのだろうか?
ご嫡男であるブランドン様の面倒を見ているケイシーを、目ん玉ハートマークで見ている姿を見ていると、どうしても心配になってくるんだよな〜。
ケイシーは、栗色の髪に榛色の瞳をした、神殿に飾られている聖母様のような穏やかで整った顔立ちをしているのよ。港で働く旦那様を支えながら良き妻、良き母として生きてきたんだよね。極限にまで至るとすぐに失神するし、元々が胃弱だから、ストレスが溜まりすぎると寝込んじゃったりするんだけど、とにかく良い人なのよ。
イレネウ島では麻薬患者のケアを山ほどして来た関係で、肝が据わっているし、中毒患者の禁断症状に物怖じしない。ミディは中毒性が高く、長期間使用を続けた後の禁断症状は死ぬよりも苦しいと言われるんだけど、暴れる患者をものともしない。
何しろ隣に住む暴れるお兄さんを薬で黙らせることが出来るマリーもいるし、ソフィが魔法で出す水には僅かながら癒しの力が含まれているみたいなんだよね。癒しの水、癒しの薬、そして癒しのマッサージが加わると、大概の重篤患者があっという間に大人しくなる。聖女の親子ケアが十日に渡って続けられたことにより、ブランドン様は起きて普通にご飯が食べられるようになったのですよ。王妃様も大体、このくらいの期間で普通のご飯が食べられるようになりました。
禁断症状で暴れる息子に脅威の回復力を授けてくれた上に、
「大丈夫ですか?お疲れではないですか?」
と、普通にケイシーは声をかけちゃうんだよね。
「貴族の方々は本当に大変ですよね。私の夫も港で働いていたのですが、いつでも肩が張ったと言っては椅子に座ると猫背になってしまったものでした」
そう言って、息子の容態を見に来た公爵様の首やら肩をマッサージしてしまうケイシーは、本当に、善意でやっているだけなのよ。
最初はね、王妃様に対しても、
「いやいやいやいや、恐れ多いです、恐れ多いです」
と言っていたんだけど、麻薬中毒の患者さんを相手にしているうちに夢中になっちゃうみたいで、
「結局のところ、みんな一緒なのよ。疲れたり、病になったり、中毒になるのはお貴族様も平民も一緒。私はやれるだけのことをやったら、最終的には侯爵様ご夫婦がなんとかしてくれるでしょう」
と、思うみたい。
ケイシーのやれることには、疲れていそうな人への『肩揉み』が加わっているため、うっかり公爵様もときめいちゃったんだろうな〜。
「ねえ、ケイシー」
「なんですか?グレタ様?」
「ちょっと尋ねたいことがあるのだけれど?」
「はい、なんでしょう?」
「もしも・・もしもだけれど・・公爵様が求婚をして来たら、ケイシーはその求婚を受ける?」
「えっ?球根じゃなくて花束ですよ?」
ケイシーは今さっき、公爵様からプレゼントされた小さな花束を私の目の前に差し出しながら私を見ると、
「またまたグレタ様〜、公爵様はブランドン様の症状が良くなって来ているので感謝の意味を込めて渡してくれただけですよ!」
カラカラ笑いながら、
「平民の私に求婚なんて、死んでもないですよ!そんなこと〜!」
と、言い出したのだった。
「それじゃあ、万が一にも!求婚されたらどうする?想像!想像でいいから!妄想でもいいから考えてみて!」
「ええ〜?妄想ですか〜?」
アンデルバル公爵はアウレリア夫人が現在拘束されているような状況なので、公爵様としては進退極まった状態なのですよ。このままブランドン様が順調に回復をすれば、爵位を譲って引退するのは間違いないわけで、その引退先に一緒について来てくれないかと言い出すくらいの熱意あるハートの眼差しだとは思うんだけど・・
「妄想でも無理ですよ〜!身分差がありすぎて、想像するのも烏滸がましいというか!」
と、答えている後ろの方で固唾を呑んでどんな返事をケイシーがするのか待ち構えていた公爵様が、ちょっと項垂れているのは仕方がないことかもしれない。
「そもそも公爵様には奥様がいるじゃないですか!」
牢屋に入れられた奥様だけどね?
「グレタ様、お花が萎れたら可哀想なので花瓶に生けてきても良いでしょうか?」
「ええ、是非とも可愛らしく生けてきてちょうだい」
花束を持ったケイシーが弾んだ足取りで去っていく後ろ姿を見つめていると、
「グレタ殿、ケイシーに変なことを言うのをやめてくれないか?」
と、新聞を握りしめた公爵様が私に向かって言い出した。
「彼女は聖母のような存在なのだ!心煩わせるようなことは言わないでくれ!」
重症だよ・・重症すぎるよ公爵様・・
「ところで公爵様、その握りしめている新聞はなんなんですか?」
「ああ!そうだ!これについて夫人に問いたいと思っていたのだ!」
公爵様が持っていたのはエスタード新聞で、その一面にはデカデカと、
『ルイーズ王妃!危篤!安陽の紅茶を飲んだことにより中毒症状を起こした王妃は一時は症状が改善したものの、今現在、非常に危険な状態となり、典医による治療が続けられている』
という見出し記事が目に飛び込んできたのです。
サヴァランと紅茶をあなたに』の改訂版ですが、読んでいただきありがとうございます!イザベルデ編となり、これから国の駆け引きと女のドロドロを混えながら話がどんどん進んでいきますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
モチベーションの維持にも繋がります。
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