第二十六話 イザベルデ妃は困らない
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いつもなら笑顔で迎え入れられるはずの王妃宮で完全に無視されることになったイザベルデは自分の宮に帰るなり、複数の手紙をしたためた。
そうして、自分の手の者に王妃宮の様子を探らせに行ったところ、ルドルフ王子が持ち込んだ『緑茶』によって王妃の中毒症状が明るみとなり、今はミディを完全に絶っているため、禁断症状を起こしているというのだ。
王妃にミディを密かに飲ませたのは帝国から連れて来た侍女であり、舞台役者に夢中となった侍女は、金の為にサム・クラフリンの手先となった。富豪で有名なサム・クラフリンだけれども、ベルザ王国とアルメレ王国の騒動に手を貸した商人として帝国への入国を禁じられた過去がある。
帝国に拒絶され大きな恨みを抱えるサム・クラフリンは、皇帝の妹であるルイーズ王妃を亡き者として皇帝を激しく後悔させてやろうと考えた。復讐の仲間として引き入れたのがアウレリア・アンデルバル公爵夫人で、夫人は王家に仕える典医を言葉巧みに脅迫をして、王妃のミディ中毒を他の者には気が付かないように差配させた。
ハプランス王国はかつて領土の一部を帝国に奪われたことがあり、帝国に対して敵意のようなものを持ち続けているのは有名な話だ。そのハプランスの血を引く夫人は、皇帝相手に一矢報いようと考えたわけだ。
いつも身近に居る帝国人の専属侍女とお気に入りの典医に王妃は裏切られた形となったものの、兄が皇帝なのだから仕方がない。多くの国々を併呑して大きくなった帝国の頂点に立つ男は方々で大きな恨みを買っている。
だからこそ、大事な妹を西海に浮かぶ島国であるヴァールベリに嫁がせたのだ。王妃を守りきれなかったウェントワース王が悪いし、ハプランス人の妻を管理できなかったアンデルバリ公爵の罪が大きいのは間違いない事実だ。
ルイーズ王妃は皇帝の妹だ。しかもただの妹ではなく、溺愛されている妹である。ルイーズ王妃が王国に輿入れする際には、
「妹に何かあれば、貴様の島を滅ぼしてやる!」
と、皇帝が言い出すほどに、ルイーズ王妃は愛されている。
皇帝に溺愛されるルイーズ王妃は、漆黒のうねるような髪に美しい紅玉の瞳を持つ美人なのだが、猛禽類を思わせる皇帝に似た鋭さを感じるような容姿をしている割には、中身は全く鋭くない。のんびりとしていて、他人の悪意に鈍感だ。
「そんなこともありますわね」
と言うのが彼女の口癖のようなものであり、争いを好まない。自分こそが一番だなどと決してひけらかさない。容姿は皇帝に似ているというのに、誰かが守ってあげなければと思わせる雰囲気を醸し出しているような人物なのだ。
「本当に使い勝手が良かったのだけれど・・」
散々王妃を利用してきたイザベルデだけれども、徹底的に自分が関与したようには見えないように差配した。身の回りにはいつでも尻尾を切れるトカゲを用意して、例え疑われるようなことはあれども、物的証拠などは残さない。
王家の体調を管理する典医は三人に居るのだが、そのうちの一人、王妃が懇意にしていた医師はすでに拘束をされている。残りの二人は普段と同じように王宮に出仕していると聞いて、ヴァールベリ王家の間抜けさ加減に笑いたくなってくる。
「王妃はもう外していいわ、薬を入れるように言ってちょうだい」
使えない王妃はここで外す、それは他の典医を使えば簡単なことなのだ。
「すでにアンデルバリ公爵夫人は身柄を拘束されているのよね?」
「そのように聞いていますが」
「それじゃあ仕方がないわね」
オスカル第一王子とカール第二王子の後継者争いを激化させてヴァールベリ王国の国力を低下させようと考えて動いていたのだが、ここでカール王子の後ろ盾となったアンデルバリ公爵家は外れる形となるだろう。おそらく、夫人が捕まったことで公爵が連座で罰せられることになり、ここで有力な公爵家を一つ潰したことになる。成果としては上々だ。
「それでは次の段階に行きましょう、お母様に早速動いて貰わなくちゃ・・」
リリベル子爵家所有の鉱山からはすでに大量の鉄鉱石を本国へと運ばせて、武器の生産も進んでいるところだった。本来なら、ヴァールベリ王国に安陽へ侵略戦争を仕掛けさせて、国力をもっと削ぐつもりでいたのだが、ヴァールベリ人の貴族がミディを使う商売に味をしめて勝手に動き出していたのだから仕方がない。
麻薬は金にもなるが、自国の力を削ぐことにもなる諸刃の剣でもあるのだ。扱いには注意が必要なものも、大金を前にしてしまえば目がくらむ。重い中毒症状を持つミディを多くの貴族たちが嗜んでいるのは間違いなく、それが国として大きな隙になるのもまた間違いない。
「ふふふ、安陽茶に麻薬を入れて貴族に売買しているだなんて、ヴァールベリ王国の貴族たちは馬鹿ばっかりよね!」
イザベルデは王国に輿入れする際に、茶の文化をヴァールべリにもたらしたのだが、ミディを紅茶に混ぜ込んで飲ませるように手配をしたのはルイーズ王妃だけだ。
紅茶にミディを入れろと命令したことなど一度もない。ただ、イザベルデのやり方を見て何か思うところがあった人も居たのだろう。彼らは勝手に考え、勝手に実行に移して勝手に破滅をしていくだけだ。
「イザベルデ様、王宮の官吏より連絡があり、しばらくの間、妃殿下にはこの離宮からは外に出ないようにとのことですが・・」
手紙の手配を終えたイザベルデが思考の海を彷徨っていると、慌てた様子の侍女がやってきて、顔を真っ青にしながら言い出した。
「あら、そうなの?」
イザベルデは紅茶を飲みながら、
「王妃様が重態だと言うのですもの、予断を許さない状態だというのに、私が何処かに遊びに行くこともないのだけれど」
そう言ってイザベルデは口元に美しい笑みを浮かべて、
「官吏には了承したと伝えてちょうだい」
と言うと、侍女は官吏から渡されたと言って、新聞の束をテーブルの上へと置いたのだった。
本日二話投稿します!
サヴァランと紅茶をあなたに』の改訂版ですが、読んでいただきありがとうございます!イザベルデ編となり、これから国の駆け引きと女のドロドロを混えながら話がどんどん進んでいきますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
モチベーションの維持にも繋がります。
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