第二十四話 オスカル殿下の側近
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ヴァルストロム侯爵家は代々、軍部を司る役割を担っていたのだが、ステランの父と兄は文官気質だった為、実働部隊は親族の男が担うようになっていたわけだ。兄が当主となるのは決まったようなものだったからこそ、ステランは早々に軍部に移動をした。
ステランは軍人として王家に仕えていたわけなのだが、王位継承争いが表に出始めた頃合いに、第一王子であるオスカル殿下に声をかけられた。以降、ステランはオスカル殿下の側近となって軍部とオスカル殿下との橋渡しのような役割を担っていたところがある。
「アンデルバル公爵、気分は落ち着かれましたか?」
「ああ・・」
家令が用意した部屋へと移動をした二人は温かい紅茶を飲んでいたのだが、ここで出されたのはイレネウ島で作られるロムーナ茶。今、ヴァールベリ王国で安陽の紅茶を飲もうと思うような貴族はいない。
ようやく一息ついた様子のアンデルバル公爵は一つ、ため息を吐き出した。
「まさか、何十年も前に解消された婚約者の名前を出されるとは思いもしませんでした。しかも彼女は十年以上も前に、不慮の事故で亡くなっている」
公爵の婚約者は突然の婚約解消後、なかなか結婚相手を見つけられず、最終的にはかなり年上である子爵家の元へ嫁ぐことになったのだ。年齢差がある結婚になってしまったものの、王家も間に入っての縁談であった為、子爵の人柄も良く、二人は結婚後、すぐに子宝にも恵まれた。
ある雨の日に、親族が主催するパーティーに参加をするということで移動中、馬車が道を踏みはずして川の中へと落下した。子供も馬車に乗っていた為、子爵家の一家はそのまま川底へと沈んでしまったのだ。
「まさか・・そこにアウレリアが関わっていたのか・・」
「その部分については、今後、厳重に取り調べを行なって明らかにしていきましょう」
公爵にとって前の婚約者は妹のような存在だったのだ。彼女の結婚が決まった時にも大いに喜び、子爵家に対して少なくない額の出資を申し出た。妹のことを祝福する兄の行動そのものにしか見えないのだが、邪念を持ってとらえれば、いくらでも面白おかしく話は出来上がることになる。
「ハプランスかポルトゥーナかは分かりませんが、アウレリア夫人に対して邪推をするよう吹き込んでいたのでしょう」
元婚約者が子爵家に嫁いでいる時期に、アウレリアはベンジャミンを孕んでもいる。もしかしたら、公爵が元婚約者を祝福する姿が裏切りのきっかけになったのかもしれないし、夫以外の子供を身籠ろうと衝動的に動いたのかもしれない。これを誘導した人間はよっぽどの策士と言えるだろう。
「実はロトワ大陸中央では、行為がなくても子供を授かる知識はそれなりに広まっているのだそうです。そのため、実の親子かどうかを調べる術が、タクラマ神聖国に存在しているということなので、我が国も現状を鑑みて急使を送っているような状況なのです」
嘘か本当かも分からない内容を赤裸々に語った『秘密』を読んだ貴族は、大きな衝撃を受けることになったのだ。なにしろ男は、自分の腹を痛めるわけでもないため、生まれた子供が本当に自分の子供かどうかを判断することは難しい。
多くの貴族は托卵を恐れて妻の動向には目を光らせているのだが、例え行為がなくても妊娠が出来るのだ。妻が産んだ子供が本当に自分の子供なのかと疑いの目を向ける者が多数出てきているのは間違いない。それはもちろん、王家も含めてということになるだろう。
「ステラン様、失礼します」
ノックをして入って来たのは秘書のウルリックで、一通り、話を聞いたステランは爽やかな笑顔を見せた。
「公爵様、今報告を受けたのですが、私の妻がこの公爵邸に向かっていると言うのです」
ステランの妻であるグレタは、最近ではオスカル殿下の参謀殿というあだ名を付けられるほどの有名人でもある。
「遂に我が公爵家も終わりか・・」
第一王子と第二王子の継承争いは激化していたが、今となっては明らかにカール第二王子は劣勢だ。形ばかりの後ろ盾となっていたアンデルバリ公爵家も、妻のアウレリアの所為で深みに嵌って抜け出せなくなっている。
これではもう、お家取り潰しもあり得るわけで・・
「妻は聖女を連れてこちらに向かっているそうですよ」
「聖女ですか?」
「イレネウ島には聖女がいるのですが、彼女の力はそれは素晴らしいものなのです。王妃様の容態も聖女のおかげで随分と良くなったのですよ」
公爵はごくりと生唾を飲み込んだ。
アンデルバル公爵家としても、いつでも情報を仕入れられるようにするために、幾人かは王宮に人を送り込んでいる。ルイーザ王妃が密かにミディを盛られ続けていて、今では重篤な禁断症状を起こしているという話も聞いてはいたのだ。
それが、自分のたった一人の息子と同じ症状だというのは間違いないことで・・
「王家は長年仕えた公爵家を見捨てるようなことなどされません」
ステランはまっすぐと公爵の顔を見つめながら言い出した。
「我々の敵は、我が国を属国として支配しようとするポルトゥーナやハプランス王国であるのです。身内同士で醜い争いなどしている暇はなく、一致団結してことに当たらなければ我が国は終わる」
「だが・・今更、どの面を下げて」
「全てはハプランスから輿入れしたアウレリア夫人が勝手にやったことではないですか?」
ステランはその場で胸を張って言い出した。
「悪者は滅びるように出来ているのです。私の妻曰く、これを勧善懲悪と言い『ざまあみろ』で終わるのが様式美だと言うのです」
「言われている意味が今ひとつ分からんが・・」
下を俯いた公爵は小さく吹き出すようにして笑った。
「ラトランド公爵家だけでなく、ヴィキャンデル公爵家もオスカル殿下の後ろ盾として公にしたと言うのなら、我がアンデルバル公爵家もまた、オスカル殿下の後ろ盾として名乗りを上げることとしよう」
そう言って背筋を伸ばし、まっすぐにステランを見つめながら言い出した。
「三大公爵家はオスカル殿下の元に就く、他国の者どもにこの国を好き勝手されてなるものか!」
アンデルバル公爵家は巨大な軍港をいくつも所有している関係で、敵国もまずはこの公爵家に目をつけることになったのだろうとは思う。
ハアー、やれやれ、アンデルバル公爵家所有のドルスラン港が敵国に渡る前にこちら側に引き入れられて良かった。ステランは心の中で盛大にため息を吐き出したのだ。ドルスランはヴァールベリ王国で第二の軍港とも言われているのだが、ここを抑えられれば王都まで敵は容易く侵入することが出来るのだ。
ヴァルストロム侯爵家同様、アンデルバリ公爵家にも敵国のシンパが潜り込んでいるのに違いない。その炙り出しをまずは公爵にしてもらわないと・・そんなことを考えていると、
「ヴァルストロム侯爵夫人と聖女様ご一家が到着のようでございます!」
と、公爵家の家令が声をかけて来たのだった。
ちなみに、
「王子様になんという粗相を・・」
と泣きながらやって来たケイシーが、気分転換だと言ってグレタに連れてこられた場所が公爵邸だということを知ったところで顔色が真っ青となり、
「ケイシー、アンデルバリ公爵様にご挨拶をしてね!」
と、グレタに言われた瞬間に気を失った。
「君はまた・・何も説明しないでケイシーを連れて来たのか?」
と、ステランが問いかけると、
「だって、行く場所をきちんと説明したら、絶対に行きたくないって言いそうだったんだもの!」
と、グレタが言い出した。
「わー!ここもお城みたいー!」
「患者さんは何処なのかしら?お金もきちんと貰えるのよね?」
妹のソフィーが感嘆の声をあげ、聖女のマリーが腕まくりをしているのを見下ろすと、
「君と一緒にいるから二人はこうなってしまったのか?」
と、ステランは疑問の声を上げたのだった。
サヴァランと紅茶をあなたに』の改訂版ですが、読んでいただきありがとうございます!イザベルデ編となり、これから国の駆け引きと女のドロドロを混えながら話がどんどん進んでいきますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
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