第二十一話 ルドルフ王子とツツジの花
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オスカル第一王子の息子となるルドルフ王子は、庭園の木陰に隠れてシクシク泣いていた。ふっくらとした頬から滑り落ちた涙が抱え込んだ膝を濡らして、どこまでも広がっていくようだった。
「おばあさま・・おばあさま・・ごめんなさい・・」
膝を抱えるようにして座りこんだルドルフの口から漏れる言葉は、しっとりと水分を含んで地面の中へと沈みこんでいくようだ。
カールおじさまの元へイザベルデ様が輿入れして来てからというもの、この国の王妃でもあるおばあさまは、イザベルデ様のことばかり気にかけて、ルドルフのお母様のことを無視するようになってしまったのだ。
「王妃様が正気に戻れば良いのだけれど・・」
と、いう母の呟きを聞いたルドルフは、愛するおばあさまの元へ『緑茶』なるものを持って行ったのだ。何でもこの『緑茶』体にとっても良い上に、頭がスッキリとするらしい。
最近、王宮に勤める貴族の中には『ぼんやり』している人が多いから、ルドルフのお父様が率先して『緑茶』を勧めたところ、かなりの効果があったとして・・
「この『緑茶』を母上に飲ませることが出来たなら・・」
というお父様の言葉もルドルフは聞いていた。
だったら、僕がおばあさまの元まで『緑茶』を持って行って、飲ませたら良いじゃないか!ルドルフは秘密の抜け道を使って、いつでもおばあさまに会いに行くことが出来るのだ。おばあさまはルドルフに駄目だよと言ったことはない。だったら、僕が行って、おばあさまに『緑茶』を飲ませて正気に戻してあげなくちゃ!
「ルドルフ、おばあちゃまに、その美容に良いと言うお茶を味見させてくれないかしら?」
おばあさまは優しくルドルフにそう言ってくれたので、侍女のリリアに頼んで緑茶を二人で飲んだのだ。
「口の中がスッキリとするわ!」
と、おばあさまも喜んでくれたし、興奮を隠しきれないリリアの顔を見て、自分は良いことが出来たのだとルドルフは思い込んでいたのだ。
まさかその後、おばあさまの容態が急に悪くなるなんて思いもしない。
今まで普通に生活をしていたあの優しいおばあさまが、暴れて手が付けられなくなった末に、危ないからという理由でベッドに縛り付けられるなんて思いもしなかった。
「ううう・・うぅええええん」
今日もこっそりと抜け道を利用して、おばあさまの離宮へとやって来たルドルフは、ぐったりとした様子でベッドに横たわるおばあさまの姿をテラスから覗き込んで、恐怖と後悔でどうにかなりそうだった。
逃げ出すようにして庭木の下に潜り込んだルドルフが、小さく丸まって泣いていると、
「ちょっと、そこの君、ちょっとそのお尻を退けてくれるかしら?」
という声が頭上から降って来たのだ。
「そうだよ!そこの君!ちょっとそこを退きなさい!」
幼い二人の女の子に声をかけられたルドルフが顔をあげると、年上の方の女の子がシッシッとルドルフを追い払うように手を振りながら言い出した。
「そこの場所は胃弱によく効く草がいっぱい生えている場所なの、泣くなら他の場所で泣いてくれる?ここはとっても広いから、あっちのツツジの木の下なんかがお勧めよ」
「そうだよ!泣きながらでもお花の蜜だって吸えちゃうもん!ここじゃなくて、あっちの方がいいよ!」
「お花の蜜ってなに?」
ルドルフの質問に年上の女の子の方が腰に手を当てながら言い出した。
「なあに?あんたったらお花の蜜を吸ったことないの?」
腰に手を当ててルドルフを見下ろしていた女の子は偉そうにハンッと鼻を鳴らすと、
「今まで随分と人生を無駄にしていたのね!」
と、大人みたいなことを言い出した。
今日は専属侍女であるリリアが休みだった為、誰にも知らせず、たった一人で王妃の離宮へとやって来ているため、今ここにはルドルフの他には二人の少女しかいない。
「そんなにお花の蜜って美味しいの?」
「「美味しいよ」」
「だったら僕、お花の蜜を食べてみたい」
大人が一人でもいれば誰かしらが止めに入ったのだろうが、ここには子供が三人しかいないような状態だったのだ。
「おいでよ!」
「あそこにツツジがあるから!」
二人に手を引っ張られたルドルフは、赤やピンク、オレンジや白の鮮やかな花弁を広げるツツジの花が広がるように咲いてるのを眺めた。
「清潔が大事って、グレタ様が言っていたから、まずは手を洗うわよ?」
年上の少女がルドルフにそう言って両手を出すように言うと、そのルドルフの両手に幼い妹の方が魔法で水をかけていく。
「あのね、ツツジの花の蜜はとっても美味しいんだけど、種類によっては毒があるのもあるから、私が言ったお花だけを取って吸うようにしてね」
少女はそう言って、まずは紅色のツツジの花弁を摘むようにして引き抜いた。そうしてラッパのような花弁の下の部分を口に含んで、ちゅーっと音を立てて吸っている。すると幼い少女の方は物馴れた様子で、次々と花弁を摘んでは、その下の部分を口に含んでちゅーっちゅーっ吸っている。そうして、ルドルフの方を見ると、
「甘くて美味しいよ!」
と、言い出したのだった。
ツツジの花は庭師にとっても育てやすいらしく、王宮の庭園のあちこちにツツジの木が植えられている。季節になると美しい花弁が無数に開いて人々の目を楽しませているのだが、
「え?本当に美味しいの?」
今の今まで、花の蜜を吸っている人など見たことがない。
「美味しいから!ほら!」
ルドルフが恐る恐る花弁の根本の部分を口に含むと、ほのかな甘さが広がって、これが可愛らしい花が作り出した秘密の味なのだと思うと、ルドルフの胸はドキドキした。
「ねえ!美味しいでしょう?」
すでに妹の足元には花弁が山のように落ちていた。
ルドルフも夢中になって花を摘んで取っては蜜を吸っていると、向こうに見える大きな花弁のツツジの方がもっと甘いのではないかと思ってしまう。
「ねえ、あっちの花の蜜も食べていいの?」
ルドルフが姉の方に声をかけると、姉は首を横に振りながら言い出した。
「あの種類には毒があるの、だから蜜を吸ったら駄目」
「ええ〜?あれは駄目でこっちは良いの?」
「そう、紅茶と一緒だと思えば良いんだと思う」
姉の方が『紅茶』と言い出した為、ルドルフの胸が激しく体の中で弾み出した。
「そうだよ!紅茶だから全部だめってならないでしょ?だってイレネウ島の紅茶は良い紅茶だもん!」
妹の方を振り返った姉は、そこでハッと我に返った様子で、
「さっさと草を摘んで戻らなくっちゃお母さんに怒られる」
と、言い出したのだった。
サヴァランと紅茶をあなたに』の改訂版ですが、読んでいただきありがとうございます!イザベルデ編となり、これから国の駆け引きと女のドロドロを混えながら話がどんどん進んでいきますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
モチベーションの維持にも繋がります。
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