第七話 アイスティー
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このイレネウ島は元々、王領として統治されていたので、船の波止場がある島の東側には、貴族向けの高級住宅地がポツポツと並んでいたりする。
避暑目的で利用する貴族も多かったんだけど、島の所有者が変更となってからは売りに出されるようになってしまった為、その一部はホテルとして利用しているし、私も東岸に並ぶホテルの一つを予約している。
船が波止場に到着するとホテルからの迎えの馬車が到着していた為、荷物だけをホテルまで運んでもらって、私とアンネの二人は、茶葉会社から派遣された馬車に乗って茶畑へと移動することになったわけだ。
茶畑について興味があるし、商会として今後、取引していくことも考えていきたいという旨の手紙も送っており、好意的な返信も私の方には届いていた。
風光明媚な島をなんで王家が手放したのかというと、これも紅茶が関係していたりするわけだ。何せ、我が国は、遠い遠い安陽国から最高級茶葉を大量に輸入していた関係で金欠状態に陥った。
そんな王家が金策目的でこの島を売りに出したわけだけど、手を挙げたのが今のオーナー。流行りに乗って紅茶の栽培に手を出したんだろうけれど、ロークオリティーの紅茶を破棄しようとしている時点で、素人丸出し感を私は感じている。
イルヴォ山を降りて行った私たちは、途中に流れる小川に足を突っ込んで涼みながらも、へたばることなく下山を完了。
当たり前だけど、着替えなんか持って来ていないから、ズボン姿のまま用意されたサロンの方へ移動すると、そこには不機嫌丸出しの一人の男が座っていたのだった。
私とアンネはマウロさんの後を歩いていたわけだけど、アンネはサロンで侯爵の姿を拝見するなり、パッと使用人ポジションに納まり、扉の脇で直立姿勢を取った。
ずるい!狡すぎる!私も使用人ポジションに納まりたい!
顔をくちゃくちゃに顰めながら扉の脇から動かないアンネを見つめていると、マウロさんがアンネを案内して部屋の外へと出ていってしまった。
「使用人は使用人で休憩できるスペースが用意されている。主人と同じ席というわけにもいかないだろうから、マウロに案内させている」
侯爵は長い足を組み替えながら、優雅に新聞を読んでいる。
「奥様、お疲れではありませんか?こちらへどうぞ」
ウルリックが爽やかな笑顔を浮かべながら椅子を引いて待っているため、無視をすることも出来ない。
「有り難うございます」
渋々ながら椅子に座ると、私は粗忽な自分を殴り飛ばしたい気持ちに陥った。
「もしかして・・茶葉会社ロムーナのオーナーは侯爵でしたか?」
「おバカなオーナーのステラン・ヴァルストロムだ」
「むぐぐ・・」
船の中で、確かに私は酷いことを言っていた。だって!だって!島を購入したのがヴァルストロム侯爵だって知らなかったんだもん!
「ロムーナはファーガソン男爵の持ち物だったと思いましたけど?」
「ファーガソン男爵は、そこでお前に紅茶を淹れているウルリックの父にあたる。王都で茶葉を売り出す際に、名義を貸してもらうことにしていたんだ」
「なんでそんな面倒なことを・・・」
新聞を読んだままでこちらを見ようともしない侯爵を眺めた私は、ウルリックの方を振り返って声を上げることにした。
「ウルリックさん、その今、ポットに淹れているお茶、茶葉をティースプーン2杯、追加して、蒸らしを3倍の時間にしてください!」
「そんなことしたら渋くて飲めたものじゃないですよ?」
「いいから!そのまま空のカップとポットをここまで持って来てください!」
そっちが客人扱いしないのなら、こっちもこっちでそれなりに対応するわよ。
え〜?うっそーみたいな顔でウルリックが侯爵の方を見ると、新聞を畳んでテーブルの上に置いた侯爵は、言われるままにやってみろ、みたいな顔で一つ大きく頷いた。
とにかく、何もかもがクソどうでもいい。現実逃避したい。山を降りてきたばかりなので、暑くて、暑くて、喉がものすごく渇いているのよ。
空のコップに生活魔法を使って氷を落としていくと、ウルリックが渋々用意してくれた、濃くなり過ぎた紅茶を氷の中へ注いでいく。
本当は淹れた紅茶をゆっくり冷ましてから氷に注いで飲みたかったんだけど、喉が渇いていたからまあいいでしょう。久しぶりのミドルクラスのアイスティを飲んで、
「ふうー〜」
と、ため息を吐き出すと、驚き呆れた様子で侯爵とウルリックが私の方を見つめている。
「な・・な・・なんだその飲み方は!」
「アイスティーです」
「「アイスティー?」」
そうです!アイスティーです!こんな飲み方をする人は王国には絶対に居ないだろう。
「私、生活魔法で氷を出すことができるのです、母由来の氷の魔法なんですけど、これについては母に物凄く感謝しています」
「そうじゃない、そうじゃない、何故、そんなイカレタ飲み方をしているのか聞いているんだ」
「そりゃあ、山から降りてきて喉が渇いていたからです」
「はあ?」
全く理解できないといった様子の侯爵には、実際に飲ませた方が手っ取り早いだろう。
「ウルリックさん、二つ、カップを用意してくださる?」
「はい!」
ウルリックが空のカップを用意してくれたので、カップの中に氷を転がり落として、その中に渋めの紅茶を注いでいく。
「百聞は一見にしかずですよ、毒なんか入れていないので、とりあえず飲んでみてください」
二人の前へアイスティーを置くと、二人は恐る恐るといった感じで紅茶に口をつけた。
「むっ!」
「んんっ!」
冷たい紅茶を飲んで、二人は驚いた様子で私の方へ視線を送る。この世界、大魔法みたいなものは消滅しているんだけど、生活魔法レベルの小さいものは残っているから助かるわ。
「デリケートな味と爽快な渋みや香りを持つ、ハイクオリティーの紅茶ではこんな飲み方はできません。力強い味とコクがあるミドルクオリティーだからこそ、こういう飲み方ができるんです」
小さなカップで飲んでいるので、あっという間に無くなったみたいで、侯爵が私の前に空になったカップを差し出して、おかわりを所望している様子。
もう一度、氷を落として、その中に渋めのお茶を注いでいく。
おずおずとウルリックが空のコップを差し出して来た為、ウルリックの分も用意して渡してあげる。
「とりあえず言えることは、カップが小さすぎるんです」
「「それだ!」」
仲が良い主従なのだろう、ほぼ同時に同じことを言っている。
私は18センチほどの長さを指で示した。
「奥様、それだとカップが巨大過ぎて、持つのが大変なんじゃないでしょうか?」
「ペンと紙を頂戴」
テーブルの上に紙とペンをウルリックが置いてくれたので(一応、この世界には紙と万年筆はあるのだ)シンプルなコップを書いていく。
「アイスティーのコップは縦に長いの」
「取っ手はないのか?」
「取っ手なんかありません。冷たいものを飲むのであれば直にコップを触っても大丈夫でしょう?」
あっ!そうか!みたいな侯爵の顔が意外と幼く見えた。
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