第十三話 三流新聞の逆襲
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「マリア、いつでも夫の代わりになるような子種だけは確保しておきなさい」
子供の頃からマリアの母はマリアの髪を優しく撫でながら言っていた。
「女はね、子供さえ産めば勝者になれるのよ。子供を授かるのにはタイミングというものが重要になるのだけれど、そのタイミングに合わせて子種を入れれば、たとえ行為がなかったとしても授かるものなのよ」
母は幼いマリアの瞳をじっと見つめながら言い出した。
「子供を授かる時期だけは間違えないで、時期を外してしまえば全ては終わってしまうのだから」
それは母から子に授ける『秘密』だ。時期を外さないように子供を作ったと言うのなら、マリアは侯爵の子供なのだろうか?それとも誰かも知らない子種を授けてくれた男の子供ということになるのだろうか?
「だけど、そんなことは全く問題ではないわ!」
マリアは母に良く似た容姿をしているため、父と母の子供であることを今まで疑われたことは一度としてないのだ。だとしたら、自分の子供も父親が誰かだなんて問われることはないだろう。母の言いつけを守って時期を外さないように、夫に抱かれた次の日からマリアは密かな努力を続けることになったのだ。
結局、その月は生理が来てしまったけれど、次の月には生理がやって来ず、授かった赤子は夫の子供として認知されることになったのだ。やや遅れて生まれた子供だったけれど、髪と瞳の色は夫と同じなのだ。誰も疑いやしない。
子種の持ち主とその時に関わった専属の侍女は、夫婦にさせた上で殺して埋めるように手配した。だから私の秘密を知るものはもう誰もいない。
夫が今でも愛し続ける姉は、母に頼んで四十歳も年上の伯爵の後妻として嫁がせることにした。自分の祖父ほどに年齢が上の男に嫁いで不幸になれば良いとほくそ笑んでいたものの、途中から気が変わってしまった。だから、姉が嫁ぐために移動するその途中で盗賊に襲わせて殺すことに決めたのだ。
何故、気が変わったのかというと、夫の書斎に隠すように置かれていた姉の肖像画を見つけてしまったから。
姉が死ねば夫の心はマリアへと向くことになるかと思いきや、夫は死んだ姉のことばかりを思い続けている。自分の方を振り向かせるにはどうしたら良いのか・・夫は公爵家の三男であり、上には二人の兄がいる。長兄は非常に優秀なため、次期侯爵として何の問題もないと言われているけれど、全てを排除して夫が公爵家を継ぐ形となったら、夫は今度こそ私を振り向いてくれるのではないかしら?
こうして我儘娘マリアの暗躍が始まる、マリアは夫の愛を勝ち取ることが出来るのか?年々、成長するに従って面立ちが夫にも自分にも似ない息子に対して、マリアは愛情を持ち続けることが出来るのだろうか?公爵家の行末はどうなってしまうのか!次号、こうご期待!
「うわあああぁああああ!」
新聞を投げつけたサム・クラフリンは思わず叫び声を上げてしまった。
これはどういうことだ、これは一体どういうことなんだ?
これは絶対にマデレーン妃を描いた告発小説ではない!絶対にマデレーン妃をモデルにしたものではない!
◇◇◇
『サンライフ』に勤める編集長と担当編集者のアデルがグレタの元を訪れた時に、たまたまオスカル第一王子がグレタの元を訪れていたのだ。
ルドルフ王子が王妃の離宮にこっそりと運んでいた緑茶によって、王妃様の状態が目に見える形で変わって来た。その同時期に、帝国から王妃が嫁ぐ際に付き従ってきた侍女が、緑茶に対してミディを混ぜ入れるような行為を行おうとしたのだという。
どうやらこの侍女は王都で人気の舞台俳優に熱を上げており、愛人関係を結ぶ都合上、多額の金を欲するようになったらしい。その金を融通していたのがクラフリン商会であり、このクラフリン商会を手足のように使っているのがイザベルデ妃なのだ。
長年の友でもあった侍女の裏切りに心を大きく傷つけられた王妃は、麻薬中毒症状も重なる形で、床から動けない状態になってしまったのだという。
デトックス茶を考案した夫人であるのなら、何か妙案が浮かぶのではないかと、藁にもすがる思いでオスカル殿下はグレタの元を訪れたのではあるが、そのグレタを頼って慌てた様子でやってきた『サンライフ』の編集長と担当編集者の言葉を聞いて、
「私の妻であるマデレーンを失墜させるための記事を毎日連載しろと脅迫されただと!ふざけるな!誰だそんなことを言い出したのは!」
と、オスカルは激怒することになったのだった。
知らぬ間に実の母親を麻薬中毒にされたということ自体が万死に値する行為だというのに、さらには捏造小説を作り上げることで、自分の妻を地に堕とそうという悪辣な考えに反吐がでる。
「今すぐ父上に訴状をしてイザベルデ妃の身柄を拘束しなければならない!」
そう言ってオスカル王子が立ちあがろうとすると、それに待ったをかけたのがステランだった。
「証拠があまりにも少ない状態で進めれば、クラフリン商会を切り捨てるだけで終わる形となり、イザベルデ妃殿下を追求することまでは出来ないでしょう」
王妃の専属侍女が直接取引をしていたのはサム・クラフリンなのだ。彼がイザベルデの指示でミディを渡したのは間違いないだろうけれど、クラフリンとイザベルデ間の取引が明確になっているわけではない。
「サム・クラフリンは妃を追い落とすような小説を書いてくれと言っているわけよね?」
そこで侯爵の妻グレタが胸を張って言い出した。
「だったら、イザベルデ妃を追い落とすような創作小説を連載すれば良いのではないかしら?」
『伯爵夫人の夜の楽しみ』という小説でも、最初はそのモデルがレッドメイン伯爵夫人であるとは分からない形で進行していくことになったのだ。話が進んでいくうちに、あれ、もしかして・・と思わせた頃には、読者が夢中となっていて、途中で掲載を中断など出来ないほどの熱意で購読者が次の展開を求める結果となった。
「最初は脅迫者であるサム・クラフリンも『マデレーン妃』のことを書いているのだなと思わせるような内容で進めていくのよ。そうして読み進めて行くうちに、あれ、これは違うぞと思うでしょう?だけど、気が付いた時にはもう遅い。途中で掲載を中断になど出来ないように差配する。つまりはオスカル殿下自身がクラフリン商会を糾弾し、追い詰めていく必要があるです」
すると今まで黙り込んでいたステランが顔をくちゃくちゃにしながら言い出した。
「もしかして・・『伯爵夫人の夜の楽しみ』は君が作者なのか?」
「そうですけど?言っていませんでしたっけ?」
「『伯爵夫人の夜の楽しみ』は男性が書いているものだと思っていたのだが?」
「エロが満載すぎて当時からそのように思われていたのですが、第一話はグレタ様が十五歳の時に筆を執ったものです」
アデルがストーメア子爵家に長年仕える叔母から原稿を託されて、編集長の元まで持っていった経緯を話すと、ステランはよろめきながらソファに座り込んだ。
そんな自分の夫の姿など全く気にしていない様子のグレタ夫人は、
「王妃様の容態を診にいくために王宮に上がらなければなりませんし、その時に侍女の方々に取材が出来れば、すぐにでも小説を作り上げることは出来ますとも!三流新聞社の逆襲を世間にお見せいたしましょう!」
と、胸を張って言い出した。
「三流新聞って酷くないですか?」
「やっぱりうちの新聞で連載ですか?エスタードじゃ駄目なんですか?」
と、編集長とアデルが揃って文句を言う。
結局、新作小説の連載が開始したことにより『サンライフ』は飛ぶように売れることになったのだが、主人公のマリアがもしかしたらイザベルデ妃なのではないのか・・と、匂わせるあたりから、嫌がらせや脅迫行為が目に見える形で増えていくことになるのだった。
サヴァランと紅茶をあなたに』の改訂版ですが、読んでいただきありがとうございます!イザベルデ編となり、これから国の駆け引きと女のドロドロを混えながら話がどんどん進んでいきますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
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