表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅茶とサヴァランをあなたに 【改訂版】  作者: もちづき裕
第三章  イザベルデ編
59/113

第十話  サンライフの小説

お読みいただきありがとうございます!よろしくお願いします。

 ナディアおばさんはアデルの母の姉に当たる人で、グレタお嬢様がいるストーメア子爵家に昔から仕える古株使用人でもある。そのナディアに呼び出されたのは、アデルがまだ十八歳、新聞社の使いっ走りをしていた時のことで、

「アデル、この原稿を編集長に読んでもらうことは出来ないものかね?」

 と言って渡されたのが『伯爵夫人の夜の楽しみ』の第一話に当たるものだった。


 編集部に帰る途中でアデルは渡された原稿をこっそりと読んだのだが、

「ムグゥ・・」

 それは何と言葉で表現したら良いのだろうか。出会い頭でいきなりカウンターパンチを食らったような感覚とでも言おうか、とにかく、ワクワクドキドキが止まらない作品なのは間違いなく、

「むぐぐぐぐぐうっ」

 使いっ走りのアデルにどうしても読んでくれと言われて原稿を渡された編集長は、はじめは頑なに拒否をしていたのだが、子爵家で働くおばさんが渡してきたものだからということで、お貴族様に関わる内容かもしれないと思って読み進めてみたのだが、

「これはヤバいな」

 と、唸るように編集長は言い出した。


 アデルはナディアおばさんから言われた、この原稿は毎日、新聞に載せられるように短い区切りで作られていること。これを毎日、サンライフ紙に載せていったら絶対に面白いことになること。作者は不明ということで扱って欲しいことを編集長に説明した。


「編集長、何故、作者を不明としたいのかというと、この内容はお貴族様の間であった本当のことを相当な数、織り交ぜながら作り出しているからなんだそうです」

「そうだろうなぁ、だってこの作中に出てくる伯爵ってレッドメイン伯爵のことだろう?」


 当時、レッドメイン伯爵夫人の悪食は界隈では有名な話で、

「どうしよう!俺、今度、子爵家で行われる夜会の助っ人として雇われることになっているんだけど、レッドメイン伯爵夫人が参加するっていうんだよ!」

 と、慌て出す人間が出てくる始末。


 レッドメイン伯爵夫人は非常に太ったおばさんなのだが、金髪白人の若者が大好きなのだ。気に入れば誰でも部屋に連れ込んでしまうようなところがあるため、パーティーなどで臨時で雇われる者たちは、伯爵夫人が参加するかどうかで仕事を決める者が出てくるほどの事態となっていた。


 そんな有名人である伯爵夫人をモデルとした小説なのだ、誰もが興味を持つのは当たり前だろう。しかも毎日連載しているとあって、サンライフの購読者は驚くほどに増えていくことになったのだ。


「えーっと『伯爵夫人の夜の楽しみ』の作者に、新しい小説を書いて欲しいですか?」


 サンライフに勤めるアデルはグレタ夫人関連の窓口となっている。作者不明の『伯爵夫人の夜の楽しみ』の続編を書いて欲しいとか、金は積むから違う作品を読んでみたいとか、そんなことを新聞社まで押しかけてまで言ってくる輩はそれなりの数、今でも存在する。


 確かに『伯爵夫人の夜の楽しみ』は凄かった。エロと陰謀と下剋上がごった混ぜとなれば、庶民だけでなく貴族をも夢中にさせるような魅力となる。


 今回は王都でも名が知られた富豪、クラフリン商会の会頭であるサム・クラフリン自らがサンライフの編集部にまで訪れたということもあって、アデルは編集長と共に応接室で面会をすることとなったのだが、

「『伯爵夫人の夜の楽しみ』の作者は、すでに筆を置いておりまして、新作を書く予定などないのです」

 編集長が申し訳なさそうに言い出すと、クラフリンはフンッと鼻を鳴らしながら言い出した。


「我が商会のパトロンが是非にとも言っている、私が言うのだからそのパトロンが想像も出来ないほどの大物だということを、君たちには言っておこう」


 クラフリンは黒髪に白髪が半分ほどまだらに交ざる壮年の男で、只者ではないというオーラを持つ男でもある。そんな彼が、翡翠色の瞳を鋭く細めながら言い出した。


「君たちが今、ここで逆らうようなことになれば、私も、私のパトロンも、不快に思うだろうな」


「あの・・そこまでその方も、貴方様も、新作が読みたいということでしょうか?」

 アデルの質問にクラフリンは大きく頷いた。

「前の作品と同じように、非常にセンシティブな内容を鋭く突くような、皆の興味を掴んで離さないような内容のものが望ましい」


 今までも、多くの金持ちや貴族がグレタの次の作品を望んでいたのだ。だからこそアデルも、何度も、何度も、何でも良いから小説を書いてくれないかと頼んでいたし、編集長は重要なスポンサーの頼みだからと言って、土下座をしながら頼み込んだことだってある。


 どうやら、中年夫人のエロが満載すぎる内容がグレタの父には刺激があり過ぎたらしく、酷く悲しませる結果となってしまった為、

「お父様がやめろって言うのだもの〜、無理よ〜」

 と、グレタは言って、今まで断固として筆を取らなかったのだ。


 今回は至急の案件だからと言って、スクープ記事はグレタ自らが書いてくれたし、白粉のネタは多くの読者の興味を引きたい関係で、グレタ自身がスクープ記事のテコ入れも行ってくれたのだが・・


「ちなみに、一応お伺いするのですが、貴方様は一体、どういった内容のものを書いて貰いたいとお考えなのでしょうか?」

 と、編集長が恐る恐る問いかける。


 すると、クラフリンは人払いを求めた後で、内密にすることを条件に、二人にとっては度肝を抜くようなことを口にしたのだ。


「私のパトロンは、何しろマデレーン妃を大変、嫌悪されているのだよ」

 王国には二人の王子がおり、第一王子の妃はマデレーン妃、第二王子の妃はイザベルデ妃で、どちらの妃も王子を一人ずつ産んでいる。


 もちろん、王位継承争いが激化しているのは下々の者ですら知っているし、それぞれの妃が夫を擁立する形で派閥を作り上げていることも知っている。


「だからね、レッドメイン伯爵の時と同じように、真実と虚構を織り交ぜながら、マデレーン妃を追い落とすような内容の小説を是非とも書いて貰いたいのだよ」


 足を組んだクラフリンは目の前の二人を睥睨するように見つめながら言い出した。


「もちろん、実名など使わずに、最初はマデレーン妃を匂わせるような形で読者に伝えるという手法で構わない。妃殿下の境遇をそのまま使う必要もないが、小説を読んでいるうちに妃殿下を連想するような作品にして貰いたい」


「もし仮に、作家がクラフリン様が望むような作品を作ったとして、その小説はクラフリン様にお渡しすれば良いということでしょうか?」

 編集長の言葉に、あはははっとクラフリンは笑いながら言い出した。


「それでは全く意味がないではないか?」

 そう言ってクラフリンは乗り出すようにしてアデルと編集長を見つめると言い出した。

「もちろん『伯爵夫人の夜の楽しみ』と同じように、サンライフで毎日連載してもらう形にしてもらおうじゃないか」

「わ・・我が社で毎日連載ですか?」


 クラフリンの言う通りのことをすれば『サンライフ』は第一王子妃マデレーンを故意に誹謗中傷したことになるのは間違いない。


 クラフリン商会の会頭自らがサンライフ本社を訪れたいと言われた時には『白粉』のことで何か言われるのだろうなと、アデルも、編集長も思っていたのだ。


 何しろクラフリン商会自身が安陽から白粉を大量に輸入している為、サンライフの記事が大きなダメージを与えたのは間違いない。だからこそ、白粉に対する記事の差し止めを求めて来たのだろうと想像したのだが、二人の想像を遥かに超える要求をサム・クラフリンは突きつけて来たのだ。


「ちょ・・ちょっと・・どうしましょうか〜」

 アデルは編集長の耳元で囁いた。


 白粉のスクープ記事はある程度の効果を出すことが出来たので、サンライフとして到底抵抗など出来ない大物が文句を言ってきたら、白粉についての記事は差し止める形でも良いとグレタから指示を受けていたのだが・・


「ねえ、アデル君・・君はどうしたら良いと思う?」

「どうしたら良いと言われましても〜」


 二人は引き攣った笑みを浮かべると、再び大物の富豪と対峙するために体の向きをグイッと変えることになったのだった。

 


サヴァランと紅茶をあなたに』の改訂版ですが、読んでいただきありがとうございます!イザベルデ編となり、これから国の駆け引きと女のドロドロを混えながら話がどんどん進んでいきますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!!


モチベーションの維持にも繋がります。

もし宜しければ

☆☆☆☆☆ いいね 感想 ブックマーク登録

よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ