第七話 ペンは剣よりも強し ④
一話抜けていましたので、入れております!
立ち上がり、侯爵夫人に対して恭しく辞儀をしたコリンは、そういえば編集長から侯爵邸を訪れることになった理由を一切聞いていないことに気が付いた。まあ、お貴族様相手に話をするのは編集長となるだろうから、自分は重要なことをメモるか記憶に残すことを主軸に対応をすれば良いのだろう。
「お座りになって」
グレタ夫人自らが声をかけてくれたのだが、普通、侯爵夫人はこんなことは言わない。下々の者とは会話をするのも億劫という感じで、侍従に何もかもを言わせる人も多いのだが、夫人はかなり気さくな人なのかもしれない。
そうしてコリンと編集長に向かい合う形でソファに座った夫人は、自分の前に置かれた紅茶を一口飲むと、
「あなたがバルーンアートの記事を書いた記者さんかしら?」
と、コリンに向かって問いかけて来たのだった。
「あの記事には恨みと憎悪と悔しさが滲み出ているようで、面白おかしく拝読させて頂いたわ!」
コロコロと笑う夫人と、真面目な表情を崩さない編集長。その編集長の隣でどんな顔をしていれば良いのかとコリンが動揺を露わにしていると、
「本当はもっと違う記事を一面に載せたかったんでしょう?だけど、それが叶わなかったから、バルーンアートについての記事を載せるしかなかった。職人から取材を受けたとは聞いていたけれど、貴方ったら公爵様にまでコメントを貰っているのですもの。記者魂を感じる記事で思わず感心してしまったのよ」
夫人は碧眼の瞳を細めながら言い出した。
「それで?トム・グラント、貴方はどうするの?ここに来たってことは社長になる覚悟が出来たってことで良いのかしら?」
はあ?
「ここに連れて来たってことは、この人を次の編集長にするつもりなのよね?それで、エスタードを変えられると思っているの?」
はあああ?
コリンが大きく目を見開いて隣の編集長を見ると、編集長は項垂れて自分の頭を抱えながら言い出した。
「嫌ですけど、やります。社長をやります。そして編集長はコリンにやらせます」
「え?僕が編集長で、編集長が社長になるんですか?」
思わずソファの上で跳ね飛びながらコリンが驚くと、侯爵夫人は何でもないような様子で言い出したのだった。
「エスタードは今の社長の祖父の代で立ち上げたものだけれど、その会社をオスカル殿下が買い上げたことから、今の社長はただの雇われ社長にすぎないの。雇われている分際で無能を曝け出しているのなら、優秀な人間に交代するのは当たり前のことでしょう?」
自分の頬に片手を当てた夫人は、うんざりした様子でため息を吐き出しながら言い出した。
「トム・グラント、生涯現役とか、いつまでも現場にいたいとか、そんなくだらないロマンはゴミ箱にでも捨てておしまいなさい。載せたい記事も載せられない新聞を発行し続けるよりも、経営側に回って腕を振るった方がまだマシでしょう?」
うおっ!辛辣!
歯に衣着せぬ夫人の言葉に、驚き慌てたコリンが挙動不審となっていると、
「コリン・ハーディ、貴方にも覚悟は必要よ?」
と、夫人はコリンを見つめながら言い出した。
「今の発行部数と売り上げ状況を見せて貰ったけど、なんなのあれは?全く信じられないわ!ここから収益を五倍に私は増やすつもりだから、とりあえず貴方はひと月ふた月は眠らずに働きなさい?」
「え・・ええ〜っと眠らずにですか?」
それは無茶苦茶だと思いながら、なんでこんなことを侯爵夫人が言い出すのかがコリンには理解が出来ない。その疑問に気が付いた様子の夫人が、
「あのね、私の夫とオスカル殿下はとっても仲良しなので、殿下が購入した『エスタード』は有効活用できるようにということで、私に丸投げされてしまったような状態なの」
と、言い出した。
そこで編集長がコリンの横で言い出したのだった。
「グレタ様はストーン商会をここまで大きくされた立役者であり、5年前にサンライフで『伯爵夫人の夜の楽しみ』を連載された作家でもあるのだ」
「え・・ええ〜!」
『伯爵夫人の夜の楽しみ』は毎日、サンライフを購入して読んでいたし、出版された本だって持っている。太った中年夫人の性の描き方が絶妙で、白人美形の若者を鞭で打ちながらも、治療だけは丹念に自ら行う。この世界では描かれることのないSでMな世界の緻密な描写と、大勢から恨まれる伯爵家の破滅への道筋を描いた超大作は、庶民の心をガッチリと掴んでしまったのは間違いない。
「じゃ・・じゃあ!遂にエスタードにもエロが!」
「違う、違う、そうじゃない。サンライフではヴァールベリ王国を狙った他国の陰謀というところまで記事には載せているが、あくまでもサンライフで言うところの『陰謀論』は都市伝説的なもので、胡散臭さを感じさせる出来になっている」
コリンもまた、眉を顰めながら言い出した。
「確かに、サンライフでは命の危険とか、家族の危機を乗り越えながらと言いながら、何だか小説でも読んでいるような、現実とは思えないような感じで記事が書かれていたんですよね」
貴族が読めば、ここに書かれている内容の信ぴょう性を疑ってしまうような文章の書かれ方をしていたのだった。だとしても、平民がこれを読めば、まるで物語のような展開に胸を弾ませることになるのだろう。
「これを現実に落とし込むのが我々『エスタード』の役目ということになる」
グラントがそう言うとグレタが合図を送り、侍女が二人の前に資料を置いていく。それは貴族が使う白粉のブランド調査のようなもので、
「明日、この調査内容を載せた記事をエスタードの一面に載せてちょうだい」
と、夫人は言い出した。
思わず時計に目をやれば、帰って記事を書いてギリギリ、ギリギリで記事の差し替えは可能となるだろう。
「さすが高額とあって、こちらの方には鉛は含まれていないんですね。でも、一部の商品には鉛が含まれているのか」
「その鉛が含まれている商品を購入している貴族の名前も記しておいたから、陰謀論を煽る形で記事を載せてくれる?」
夫人の要求に一つ頷いたグラントは、
「コリン、ポルトゥーナ王国はイザベルデ妃を使ってヴァールベリ王国に侵略戦争を仕掛けようと考えている」
と、言い出したのだった。
「我が国に安陽への戦争を仕掛けさせ、国力が衰えたところを狙って属国化しようと企んでいるんだ」
「お茶のために戦争なんてあまりにも馬鹿げているでしょう?」
夫人は紅茶を飲んでにこりと笑うと、
「だからね、まずはみんなが白粉と同じように安陽の紅茶を投げ捨ててしまうように仕向けてしまいたいのよ」
と、言い出した。
「貴族による貴族のためのエスタード紙は、色々な貴族への忖度ゆえに、今ではまともな記事ひとつ書けなくなっているでしょう?その軛を外して、本来の役目を果たしてもらおうと思っているの。ペンは剣よりも強しって良く言うでしょう?」
ペンは剣よりも強しなんて言葉をコリンは今まで一度も聞いたことはなかったが、その言葉がコリンのジャーナリズム魂に火をつけたのは間違いない。
「グレタ様は新聞の力で国を動かすとまで言っている、もちろん、冗談抜きで身辺に危険が迫ることもあるだろう。それでもコリン、お前はやるか?」
編集長としてここまでコリンを導いてきたトム・グラントに問いかけられたコリンは、両手を膝の上で握りしめながら言い出した。
「やります!是非ともやらせてください!」
コリンはもう、キッチンの椅子に座ったままでも書ける、毒にも薬にもならない礼賛記事を書き続けることには辟易としていたのだ。もちろん、イザベルデ妃が愛する焼き菓子なんか、心底どうでも良いと思っている。
「ペンは剣よりも強いってことを!我々で見せつけてやりましょう!」
こちら一話抜けておりました!
サヴァランと紅茶をあなたに』の改訂版ですが、読んでいただきありがとうございます!イザベルデ編となり、これから国の駆け引きと女のドロドロを混えながら話がどんどん進んでいきますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
モチベーションの維持にも繋がります。
もし宜しければ
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