第三話 私の夫は鬼だった
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いそいそと夜遅くに王宮から帰って来た夫のステランは、寝支度をした私を膝の上に乗せながらソファに座ると、ぐりぐりと頬ずりをするので、髭がジョリジョリ当たって痛いです。
私こと、侯爵夫人であるグレタは、夫のステランから今日あった出来事を聞いていたわけですけど、軍務大臣が勝ち誇った様子で、
「あーっはっはっはっ!」
と、笑っていたわけですよね。
「ステラン様、それで、軍務大臣の時代はやって来たわけですか?」
「やって来るわけがない」
「そうなんですか?」
確かに、軍務大臣の時代がやって来ていたら、今頃夫は、身分剥奪の上で牢屋行きになっていたはずですもんね。
なんでも、世襲制みたいなものを作り出した上で、父の後を継いで大臣職に就いたクランバリ伯爵なんですけれども、文官の方が命を懸けて戦う軍人よりも偉い!何故なら、脳筋の武人よりも文官の方が頭が良いから!という思考の持ち主なのだそうです。
自然と、軍人蔑視みたいな雰囲気が軍部には蔓延しつつあったというのです。大臣職に就いた伯爵は縁故採用を推し進め、周囲を自分のイエスマンで固めたわけですね。
現在、文官と軍人の間には奈落の底にまで続くような深い亀裂が走っているような状態だったため、
「ヴァルストロム侯爵は身分を剥奪した上で身柄を拘束する!」
と、大臣様が言い出した時点で、怒り出さない軍人はいないって訳ですよ。
自分の手の者を伯爵の周囲に潜り込ませていたステラン様は、すぐさま計画を実行。執務室の扉がバタンと音を立てて閉められると、伯爵は即座に羽交い締めにされて、大量のミディを口中に投入されたそうです。勿論、お偉い大臣様は取り巻きの文官を連れていた訳ですけれど、その全てをその場で殺してしまったというんです。
「それを世の中では軍事クーデターと言うんじゃないのでしょうか?」
「我々は王国に忠義を尽くし、逆賊を成敗しただけだ!クーデターなどと言われる謂れはないと断言出来る!」
「本当の本当に断言出来るんですか?」
「少々汚い手を使ったかもしれないが、一番手っ取り早い手段だと言えるだろう」
実際問題、軍部で働く文官の中にはミディ中毒を発症するものが多かったのだそうです。それが表沙汰にならなかったのはクランバリ伯爵が表に出ないように潰していたからであって、軍の中では非常に大きな問題となっていたわけです。
そこで今日、意味不明な書類を持ってきた上で、意味不明な発言を繰り返した軍務大臣子飼いの文官が、ステランの前で暴れ出したため拘束した(ということにした)。どうやら麻薬が切れたことによる禁断症状と(勝手に)判断して、暴れる文官は牢獄にて拘束。
その話を聞いてやってきた軍務大臣に対しては、彼直属の部下の麻薬問題について問い詰めたところ、伯爵の子飼いの部下たちが武器を持って暴れ出した為鎮圧。見れば、大臣自身も麻薬の症状を呈していた為(嘘)、ステラン自らが大臣を拘束した(ということにした)。
国王陛下および、緊急で議会に招集した議員に対して、軍務大臣がステランにに提示した巨額の費用が記された書類を全員に回覧。
議会の承認なく巨額の軍事費を伯爵が動かそうとしていたこと。伯爵たちは安陽国への侵略戦争のためとは言っていたが、麻薬を購入したいと考える彼らが、麻薬を購入するための金を横領するために、多額の費用をかさ増し請求しているのは間違いないとステランが断言した。
勿論、安陽国を侵略しよう!の会所属の議員たちは、安陽に戦争を仕掛けるためにはそのくらいの資金を試算するのは当たり前だとか、その金額は妥当だとか文句を言っていたんですけども、そこから横領して麻薬を購入するための金額だと言い出した時点で、みんな黙り込み始めたらしいです。
議論するべきことは、安陽に侵略戦争をするかしないかではなく、巨額の横領を企んで麻薬を購入しようとしていたクロンバリ伯爵に問題がある!横領はダメ!絶対!
しかも横領しようとしていた金額があまりに高額過ぎた為(夫が勝手に算出して提出)、巻き込まれては堪ったものではないとして全ての貴族が黙り込むという事態になったって訳ですよ。
結局、
「クロンバリ伯爵は身分を剥奪の上で裁判まで牢獄にて身柄を拘束する!臨時の後任としてヴァルストロム侯爵に軍務大臣の地位に就いて貰いたい!異論のある者は今すぐ挙手をしろ!」
と言う陛下の一言により、ステランは軍務大臣の地位に就くことになったというわけです。
「これをクーデターと言わずして、何をクーデターと言いますか?」
「失敬な。一部、暴力的な表現は入るかもしれないが、至って平和的に敵を排除しただけの話ではないか」
軍務大臣であるクロンバリ伯爵は、あまりにも大っぴらに『安陽国侵略』を主張しすぎていたんだよね。美味しい紅茶を自国で飲むには、早急に安陽を侵略しなければならない!って言うんだけど、そもそもその理由に無理がありすぎるのよ。戦争の理由が紅茶って!
そんな主張をする人間はイザベルデ妃に与しているに他ならず、それは、ポルトゥーナ王国の手先になっているのと同義なんですよね。軍務大臣が敵国の手先となっているのであれば、早急に排除する必要がある。しかも、なるべく敵の目をそらす形で、あくまでもクロンバリ伯爵とその部下が麻薬に夢中となり過ぎてヘマをやらかしたというように見える形で・・
「それにしても、伯爵にミディを飲み込ませる必要があったんですか?」
私の疑問に夫はあっさりと答えた。
「それは勿論だよ、看守の中にもポルトゥーナの手の者が紛れ込んでいるかもしれないからな。伯爵は麻薬に手を出して、敵の想像以上に重篤な状態に陥っていた。だったら仕方がないということで切り捨てさせるには、実際に伯爵を重篤な麻薬中毒にする必要があったわけだ」
「伯爵は元々麻薬中毒だったんですか?」
「樹脂を噛んでいる部下は完全に麻薬中毒だったが、伯爵はどうだったのかな?良く分からない」
「良く分からないから、あえて口の中にミディを突っ込んで中毒にしたんですか?」
「死なない程度には調整したんだから親切だろうに」
「いやいやいやいや」
鬼だ!夫は鬼だ!
麻薬中毒かどうかは分からないなら、実際に麻薬を与えて中毒にしてしまえってわけなのでしょうけど、それを王宮の敷地内にある軍部の施設の中でやっちゃうあたりが恐ろしい!
「戦争というのは嘘と嘘を互いに吐き合う騙し合いのようなものなんだ。これくらいのことは、息を吸って吐くくらいの勢いで行われるものだから」
鬼だ、ここに鬼がいる。
「実際問題、クロンバリ伯爵の身分剥奪で戦争についてはストップが掛けられたと言えるだろう」
『安陽まで征服戦争に行こうぜ!』と言い出す勢力はそれなりの数おりまして、本来ならレベッカ夫人の断罪と共に、夫人の生家であるレックバリー子爵家と、夫人の前の嫁ぎ先であるオーケルマン伯爵家も断罪したかったんですよ。
だけどね、王妃様が、
「私が皇帝である兄に頼まれてやったことであり、両家は私に意思に従って動いただけです!」
なんて言い出したものだから、両家は無傷で済んじゃったんです。
レベッカ夫人は流石にファレス様殺害の罪で死刑判決がすぐに出たんですけど、親や元夫は無罪のまま。だからこそ、『安陽まで征服戦争に行こうぜ!』という勢力は衰えを見せることはなかったんだけど、ここで軍務大臣を失脚させることで急ブレーキを掛けることに成功ってことになるんですね。
「それで?君の新聞の方はどう?」
夫が聞きたかったのはこのことだったみたい。
「そちらの方は君に丸投げ状態となっていた、殿下も結果がどうなったのかと気に掛けていらっしゃるのだが・・」
「そうですね、新聞ですよね!」
そうです、前世ではペンは剣よりも強しと言っていたのです!
「勿論!思い通りに進んでおりますわ!」
私は胸を張って言いましたとも。
本日も17時にもう一話更新します!!サヴァランと紅茶をあなたに』の改訂版ですが、読んでいただきありがとうございます!イザベルデ編となり、これから国の駆け引きと女のドロドロを混えながら話がどんどん進んでいきますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
モチベーションの維持にも繋がります。
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