第二話 ステランの策略
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侯爵家の当主でありながら軍部に片足以上を突っ込んでいるような状態の私、ステラン・ヴァルストロムは、軍部にあてられた予算というものが想像を遥かに超えた金額で提示されていた為、思わずその書類の束を握り締めたのだった。
「ヴァルストロム侯爵には武器弾薬にどれくらいの使用が想定されるのか、そちらの試算を早めに出して欲しいとクロンバリ伯爵が仰っています」
クロンバリ伯爵は軍務大臣に就く男であり、父親がその地位に就いていたから自分も就いたというだけの、戦争で戦ったこともなければ、従軍すらしたこともないという、役所で書類ばかりを捌いて来たというような男でもある。
「武器弾薬の試算を出せと言っても、一体何に使う武器弾薬になると言うのだね?」
戦争大臣の側近は自分の親族で固められているのだが、今、目の前に立つ男もまた、クロンバリ伯爵子飼いの子爵家の嫡男で、
「え?そんなの決まっているじゃないですか?」
と、口中を爽やかにさせるという樹木の樹脂を加工したものを、くちゃくちゃ噛み続けながら言い出した。
「安陽に侵略戦争を仕掛けるのはほぼ、決まったようなものなのです。今から準備をしなければ到底間に合いやしませんよ」
「何が間に合わないと言うのだね?」
「安陽からの紅茶の輸入は、我が国の銀の鉱床が底をつきてからと言うもの滞りがちになっているじゃないですか?そのうち、こちらへの輸入は取りやめになるかもしれません。そうなれば、美味しい紅茶が飲めなくなってしまう。多くの高位貴族の方々が不満に思い出すのは間違いない事実であるため、我々は早急に安陽の征服を果たさなければならないわけです」
子爵家の嫡男は口をくちゃくちゃさせながら、目を血走らせて、そんなことを言い出した。美味しい紅茶を飲み続けるための戦争か、お前は武官で自分が行く可能性がゼロだから、そんなことを平気で言い出しているのだろうな。
「まだ議会で安陽への戦争が可決させたわけでもないのに、何故、この巨額の予算編成が通った形となっているのだろうか?」
「それは、紅茶を溺愛する王妃様が、安陽への侵略戦争を望んでいらっしゃるからで」
「この国は王妃様が望めば何でも進められるような国だったのか?」
私は理解不能な書類を彼の前で掲げながら言い出した。
「我が国は確かに専制君主制ではあるが、最終的な決断をされるのはいつであってもこの国の国王陛下である。国王が健在の時に王妃殿下が何かを独断で採決されることは不可能。今現在、我が国の国王陛下は健在だというのに、君は、王妃様が望んでいるからという理由で巨額の予算は議会の通過なく認められ、我々のような軍人が出兵するのは決まったものというように言っている」
私は目の前に立つ男を見上げながら口を開いた。
「おい、小僧、お前は今さっきの発言に責任を持っているということだよな?この予算は王妃様の肝煎りで決まったことだから変えようがない、我々が出兵するのは王妃様がそうしろと言うのだから決まったことで、だからこそ武器弾薬を揃えろと、そう言っていることになるんだよな?」
「そ・・そうじゃないです!」
男は慌てて言い出した。
「これはあくまでも試算です!安陽を侵略するにはこれだけの費用が必要であり、今から準備をすることは必然で!」
「何故、必然だと言い切れる?」
部屋に入ってくるなり挨拶もなしに、上からの命令だと言って書類を私の机に叩きつけた、目の前の不遜な男を睨みつけながら、私は立ち上がった。
「今はまだ公然の秘密となっているのだが、君にだけは教えておいてやろうか」
私は自分の口元を指差しながら言い出した。
「ミディ中毒者は、口の中に苦味が残り続け、不快感が続くが為に、口中の爽快感を促す樹脂を加工したものを噛み続けることが多いそうなんだ。そう、今の君のようにね」
男は大きく目を見開くと、慌てたように口の中のものを掌に吐き出したのだが、
「実に面白いよ。クランバリ伯爵は、君のような中毒者にこのような非常に重要な書類を託して、私の元まで送るわけだからね」
そう言っている間に、私の部下が目の前の男をあっという間に拘束していく。
「何でもかんでも王妃様がそう望むのであれば、何でも我が国では通るようになっているのか。しかも、議会の承認も得ずして、ここまで巨額の金を動かそうとしているのだから呆れざるを得ないと言えるだろう」
私は男の顎を掴んで引き上げながら言い出した。
「こんなことは、国王陛下も承知の上で罷り通っているのかどうかを確認しなければならないな。さて、陛下は承知の上でこのような多額の軍事費を動かしていたのかな?」
「承知の上だと上は言っております!」
目を血走らせた男は狂ったように暴れ出したが、私の部下がこんな文官崩れに遅れを取るわけもなく、あっという間に男は床に叩きつけられることになったのだ。
「侯爵!あなたは軍務大臣の命令を無視するのですか!軍務違反に当たりますよ!」
「麻薬中毒者の戯言にいちいち答える必要もないのだが、これだけは言っておいてやろう」
私は男の背中を踏みつけながら言い出した。
「私は軍務大臣ではなく、我が国と国王に対して忠誠を誓っているのであって、貴様のようなポルトゥーナ王国の手先の命令などに従うはずがないだろう?」
「ポ・・ポルトゥーナ王国?」
愕然とした男は真っ青な顔で私を見上げると、部下が男を引き摺るようにして部屋の外へと運び出す。
もちろんその男は大騒ぎをしながら移動をしていくことになったのだが、
「ステラン君!君は一体どういうつもりなのだね!」
軍務大臣であるクランバリ伯爵が口の端に泡をつけたような状態で、私の執務室へとやって来た。
自分の子飼いが問答無用で牢屋へと入れられたのだ。しかも上官(軍務大臣)への報告は一切ない状態で、独断で行われたのだから怒り出さないわけがない。
我が国では軍務大臣は代々、軍人ではなく武官が就くことが多かった。それは何故かと言うのなら、我が王家は代々好戦的なところがあり、船の開発によって遠洋までの航海が可能となってからは、遠い異国を侵略しては植民地化をして国を潤わせていたからだ。
そんな時代の流れからか、国を守るのに一番適した力ある武人が大臣職に就くよりも、頭が良く回る軍師型が大臣職に就いた方が効率的だということになり、我が国の軍務大臣は武官が就くことが当たり前のようになっていた。
ただ、現場にも随行して苦労に苦労を重ねた人間が大臣になっている間はまだ良かったものの、クランバリ伯爵のように父が大臣職に就いていたのだから、息子もまた同じように歴任するとなると大分話が変わってくる。
「私の承認もなく、無断で私の部下を牢屋に入れるとはどういったつもりなのだね!」
クランバリ伯爵の父は、非常に計算高くて有能な人間だったのだが、息子は計算高い部分ばかりが卓越していて、自分の私利私欲で軍を動かそうと考える程度には頭が悪い男だった。軍人上がりの私の存在を常に疎ましく感じており、隙あらば排除しようと考えていた彼にとっては、私が起こした暴挙は千載一遇のチャンスと捉えたのに違いない。
「上官によるこのような極端な暴挙は見逃すわけにはいきません!今すぐステラン君の職務を剥奪し、その身柄を拘束させて頂きます!」
二十人近い武官がぞろぞろと私の執務室の中へと入って来ると、バタンと音を立てて扉を閉めると鍵を施錠したのだった。
「ステラン君、君はもう終わりだよ」
クランバリ伯爵は腹の底から笑いながら、私を嘲るような眼差しで見つめたのだ。
「本当に、君の存在が目障りで、目障りで仕方がなかったのだ!」
伯爵はそう言って芝居がかった素振りで両手を大きく広げると、
「これから私の時代がやってくる!」
と、大仰に言い、満足気な笑みを浮かべていたのだった。
サヴァランと紅茶をあなたに』の改訂版ですが、読んでいただきありがとうございます!イザベルデ編となり、これから国の駆け引きと女のドロドロを混えながら話がどんどん進んでいきますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
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