第二十話 アンネの配慮
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「結婚おめでとう!ヴィクトリア嬢の感謝の手紙に私も思わず心を打たれてしまったよ!」
給仕として働いていたアンネは頭を悩ましていた。あれが・・オスカル殿下?街に売られている肖像画と似ているので、おそらくあれがオスカル殿下・・なのだろう。頭頂部の髪の毛がかなり薄くなっているけれど、黄金の髪に碧眼の瞳だから、あの人がオスカル第一王子・・なのだろう、たぶん。
舞台の脇にはグルームズマンとブライドメイドが立ち並び、給仕の人間たちは舞台袖へと引っ込んでいく。王族の登場とあって近衛の兵士が入れ代わりとなり、庭園の花々の前へ距離を置きながら配置されていく。
「あの(若ハゲ)の方がオスカル殿下だとするのなら、時間がない!時間がない!お嬢様をお探ししないと!」
侍女のアンネは即座に公爵邸の中へと飛び込むと、お嬢様のために与えられた客間(執務室とも言う)の扉を開けたのだった。
「お嬢様!お嬢様!お嬢様!」
アンネのお仕えするグレタお嬢様は、机に突っ伏して眠っていた。
なにしろ無茶をやり過ぎた。風船オブジェは何日も前から準備をすることが出来ず(風船が萎んでしまうから)夜を徹して準備に明け暮れることになったのだ。お嬢様発案の花嫁、花婿付き添い人についても、衣装がキモで、お揃いでなければ絶対に駄目だという変な思い込みにより、ストーン商会所有のブティックのお針子たちは、今頃屍となって転がっていることだろう。
この規模のパーティーをやるのなら、半年前から着々と準備をするべきものなのに、二十日足らずで完成させるようなものではない。思いつきで、
「やっぱりパーティーではサヴァランをお客様にお出ししたいわ!」
なんていうことをヴィクトリア様が言い出したものだから、グレタは兄のヨエルに焼き菓子工場を丸投げして作り出した。たった数日で。正気の沙汰とは思えない。
そもそも、お嬢様は自分のパーティーでも到底正気の沙汰とは思えなかったのだ。『シュー皮』というものを見様見真似で作り出し、
「何も入っていないシューを積み上げるのも良いんだけど、私の結婚式なんだから中身はきちんと入れなくちゃ駄目よね!」
と言って、カスタードクリームを詰め込んでいく。
あの見上げるような高さのケーキは一体何だったのだとアンネは今まで疑問に思っていたのだが、ここに来てあのケーキの意味が理解できた。まさか新郎が新婦に対して生涯に渡って食べるものには困らせませんという誓いの儀式だったとは!
おそらくお嬢様は、新郎にあのミニシューとやらを手ずから食べさせて貰うつもりでいたに違いない。皆の前で、誓いの儀式をしてもらうために・・あの大量のシューとやらを作り出したお嬢様は・・お嬢様は・・
「お嬢様・・哀れですね」
「ハッ!」
アンネの呟きを敏感に察知したグレタが飛び起きると、アンネがグレタの口元のヨダレをさっとハンカチで拭いた。
アンネはサッと櫛を通して、グレタのほつれかかった髪を直していく。今日のグレタは女性らしいフォルムを主張したパンツスーツを身につけている。この壮大で奇妙奇天烈な結婚披露宴パーティーの総責任者であるグレタは、今の今まで影に回って差配を振るっていたのだが、花束贈呈となってから自分の執務室(客間)へと引っ込んだ。
お嬢様は昔からこの花束贈呈がやりたくて、やりたくて、やりたくて、仕方がなかったということなのだが、もちろん侯爵との結婚式でそんなことが出来るわけもない。子爵家の親族たちは侯爵家のあまりの不誠実な対応に怒り心頭となってすぐに帰ってしまったのだから、花束をあげる暇なんてなかったのだ。
今現在、グレタは『金のなる木』認定を受けて空前のモテ期が到来しているのだが、
「私、今まで捨てられたことはあっても、自分から捨てたことがないのよね」
と、お嬢様が言い出した。
いやいや、お嬢様、貴女、今まで誰とも付き合ったことないですやん!と、アンネは心の中でツッコミを入れたのだが、
「今は新しい恋とか考える余裕がないし、きちんと侯爵から断罪を受け、終止符を打たれてからじゃないと新しい道に進めないのよ!」
と、前向きなんだか、後ろ向きなんだか良く分からないことを言い出すのだった。
だったら、きちんとお嬢様なりの終止符を打って、新しい道とやらに進んで貰おうではないかとアンネは思っているだが・・
「お嬢様、今、会場にオスカル殿下がご到着されました」
「はい?」
「今、結婚するお二人を祝福されております」
「はい」
「お嬢様もご挨拶をする必要があるでしょうから、今すぐに準備を始めましょう」
「え?なぜ?なぜ私が殿下にご挨拶をしなければならないの?」
「それは、お嬢様がこのキテレツな結婚式の総責任者だからです」
「ええ?」
「両国の国交の親密さをお示しになっている、あのバルーンアートは誰がお作りになったのですか?」
「それは・・公爵様が・・」
お嬢様の頭の中を、鷹とライオンの風船オブジェがぐるぐる回っているのに違いない。確かにあのオブジェに対して多大なる口出しをしてきたのはヴィキャンデル公爵様だったけれど、作製の総指揮にあたったのは、ストーン商会を率いるお嬢様だったのだ。
両国の旗が無数にはためいている中、オスカル第一王子が登場となれば、ナルビク侯国ならびにヴィキャンデル公爵家が第一王子の後ろ盾として表明したのも同じこと。
王位継承争いは国内貴族に限定されたものだったものが、ここに来て、ナルビク侯国とポルトゥーナ王国の代理戦争のような形を呈することとなる。この重要な場において、総責任者不在で話が進むわけがない。
「え?今日はオスカル殿下が来るなんて言っていたっけ?」
「言っていました」
アンネはそう答えながら、問答無用で化粧直しを行なっていく。グレタの目の下の隈が酷いので、もう一度、厚塗りをする必要があるようだ。
「えーっと、責任者と言っても隅に控えている程度だと思うし、化粧直し必要かしら?」
「必要です!」
ちょうど紅をさし終わったところで、
「グレタ様!公爵様がお呼びです!」
と、公爵の侍従が呼びに来たのだが、侍従は途中からうっとりとした顔つきとなってグレタを見つめていた。
グレタは背が高いし、ほっそりとした体型をしていながら出ているところは出ているので、パンツスーツを着ると妙な色気のようなものが溢れ出す。本人は地味で仕方がない顔と自分の顔を評しているのだが、ベースが地味だからこそ化粧が映えるということもある。アンネ渾身の化粧直しをしたグレタは、美麗な舞台役者のような華々しさがあるのだ。
「あ・・アンネ・・私は総責任者としてちょっとだけ挨拶をするだけよね?」
「ええ、そのように思います」
「ねえ!アンネ?ちょっとした挨拶だけよね?ねえ?なんで目を逸らすの?」
侍従に連れられて行くグレタの背中を見送りながら、アンネはホッとため息を吐き出した。お嬢様はやっぱり忘れているようなのだが、パーティーで後半戦といえば、それはやっぱり『断罪』ではないか。
今までしつこいほどに、
「婚約破棄といえば、パーティーの最中と相場が決まっているようなものなのよ。アンネは、生まれ育った環境がヒロイン気質満載なのだから、くれぐれも気を付けた方が良いわよ?」
と、意味不明なほど繰り返し言い続けていたというのに、肝心のところで『断罪』の二文字を忘れているお嬢様を見送った侍女のアンネは、書類の山と化しているグレタの執務室から即座に出ると、ガッチリと鍵を閉めた。なにしろこの部屋の中には、お金になるようなアイデアがうず高く積み上げられているのだから、施錠は絶対に必要となるのだ。
G Wに突入し、物価高と光熱費上昇によって、外には出ずに家でのんびりしようか〜という方も楽しめるように、毎日二話更新で進めていきます。またジャンルは違うのですが『緑禍』というサスペンスものも掲載しておりまして、ただいま佳境にさしかかっております。そちらも楽しんで頂ければ幸いです!!
サヴァランと紅茶をあなたに』の改訂版ですが、読んでいただきありがとうございます!王国編となり、これから女のドロドロも混えながら話が進んでいきますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
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