第十五話 新たな局面
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ヴィキャンデル公爵が慣例を破ってオスカル殿下の後ろ盾としてつくという話は、早急に殿下にお伝えしなければならないだろう。私、ステランは、ヴィクトリア嬢の訪問を終えた後、すぐさま馬車の用意をして王宮にまで出向くことになったのだ。久しぶりの王宮は不穏な空気でどんよりと沈んでいるような状態となっていた。
「ああ・・ステラン、わざわざ来てくれたのか」
オスカル第一王子は二十六歳、マデレーン妃との間には二歳になる王子も居て、立太子しても何の問題もない状況だというのに、実の母である王妃の横槍によって宙ぶらりんの立ち位置を維持し続けることになったのだ。
黄金の髪に碧眼の瞳がヴァールベリ王家の特徴でもあるのだが、心労からか、以前よりも頭頂部の髪がかなり薄くなっている。まだ二十六歳だというのに若々しさがすっかりとなりをひそめているような苦労人の王子様でもあり、私はこの方に自分の人生の全てを懸けているようなところがある。
「新婚旅行はどうだった?今の季節のイレネウ島は最高だろう?」
秋のイレネウは葡萄の収穫の時期でもあり、紅葉が広がる島内をそぞろ歩くのも非常に楽しい。結局、デトックス茶の商品開発の為に三ヶ月近くも島に滞在することになったのだが、散歩などを呑気に出来たのは最後の数日間だけのことだった。
「思い返してみれば『デトックス茶』の開発で日々を忙しく送っていた為、風光明媚な島の景観などゆっくりと眺める暇もないような状態でした」
「ハハハ、其方が送ってくれた『デトックス茶』というものは確かに素晴らしいもののようだな」
イレネウ島が麻薬の汚染に晒されている事実を知った時に、私はイザベルデ妃の周辺にも疑いの眼差しを送るようになったのだ。急激に勢力を拡大した背景、イザベルデ妃を溺愛して言いなりとなる王妃。その後ろに依存性の高いミディが存在するのなら、早急に対処をしなければ国が滅びるきっかけにもなるだろう。
「今は罪人への投与が一通り終わって絶大な効果が判明したところであり、一般の麻薬中毒患者への投与へと切り替わっているところだ。ただ、母上が飲用するまでにもうしばらく時間が掛かることになるだろう」
「時間がかかり過ぎではないですか?」
「だがしかし、母上は帝国の皇女だったお方だ。体に良さそうだから飲んでみてくれと言って、はいそうですかと、そのお口に入れるわけにもいかないのだ」
思わずため息が溢れでる。イザベルデ妃が王妃を麻薬中毒にしているのだとしたら、早急の判断が必要なのは間違いない。
「典医にも相談をしたが、元々、頭痛薬や抗不安薬を時々飲まれるような方だし、以前よりも性格が変わったように見えることがあったとしても、年齢によるものも加味されると言われたのだ。今はこれぞ麻薬中毒の症状だというものが現れてはいないため、我々が疑うイザベルデ妃による麻薬の投与については否定されているような状態なのだ」
だからこそ『デトックス茶』が無害なものであると証明をして、健康のためにという理由で王妃様に試飲いただきたい。無害であるという証明のために手間をかけているような状況なのだけれど、遅々として進んでいないような状態だった。
「それで?緊急に知らせたいことがあるとのことだが、何があった?」
ソファに座って足を組んだオスカル殿下に問いかけられた私は、先ほど、ヴィクトリア嬢が我が家を訪問したこと。ヴィクトリア嬢およびヴィキャンデル公爵家は、度々、ヴィクトリアの結婚にチャチャを入れてくる王妃と、その後ろに居ると思われるイザベルデ妃に対して強い怒りを感じているということ。ヴィキャンデル公爵家は慣例を破る形でオスカル殿下の後ろ盾として動くつもりがあるということなどを報告した。
ヴィキャンデル公爵家の意志については殿下も初耳だったようで、胸の前で腕を組み、難しい表情を浮かべた殿下は、
「公爵家が動くにしても、遅かったかもしれないな」
と、言い出したのだった。
「一昨日に行われた議会では、安陽国への侵略戦争を可決させる寸前にまで話が押し進められたのだ。ギリギリの攻防の末に、戦争についてはもっと議論を講じるべきということで話を決着させたのだが、我が方の旗色はかなり悪い。しかも安陽への侵略戦争は、まだ経験もないカールではなく、私が総司令官として指揮を取るべきだという意見が噴出している」
「だ・・第一王子である殿下をですか?」
「おそらく奴らの考えとしては、私が安陽まで出向いている間に暗殺者を差し向け、殺すつもりでいるのだろう。戦争の最中に死ねば私は名誉の戦死ということになるし、死んだ私のための弔い合戦だとでも言えば、味方の士気も上がるだろう。そうなってしまえば、国に残した我が妻マデレーンは窮地に陥ることになるだろう」
殿下は泣きそうになりながら言い出した。
「マデレーンの腹の中には、現在、二人目の子が居るのだ。その事実が知られれば、彼女は間違いなく殺されるだろう」
人払いを済ませた応接室に重たい沈黙が訪れたが、私はわざとらしいほどの明るい笑顔を浮かべながら言い出した。
「殿下、もしもイレネウ島に行く以前の私であれば、殿下に向かって『死地へのお供を致します!』くらいのことしか言えなかったでしょうが、今の私は違います。私は自分の妻と、国の危機を救うためにはどうしたら良いのかと散々話し合って来たのですが、私の妻曰く、十日もあればこの戦争話、軽く終わらせることが出来るのです」
そこで私は妻から授かった数々の案を殿下の前で披露したのだが、死んだ魚のような目のようだった殿下の瞳に力が宿り、次第に王者としての風格のようなものまで漂い出す。元々、オスカル殿下は大変優秀で、常に自信に満ち溢れた人だったのだ。
イザベルデ妃が輿入れしてからというもの、ガタガタと崩れるようにおかしくなったのであって、本来の殿下は何もかも諦め切ったような人ではなかったのだ。
「実に面白い!大金をかけずに民心をひとまとめにするというところが秀逸だ」
「私もそう思います」
「是非とも夫人とも面会したいと思うのだが・・」
戦争を阻止するためにも、今は、殿下ご自身が動くことは出来ない。
「ヴィクトリア嬢は私の妻に、披露宴会場の差配の全てを任されたので、私の妻自身に暇がないとも言えるでしょう」
「披露宴会場を任された?令嬢の披露宴が行われるまで二十日もないではないか?そんな状態で夫人に準備など出来るのか?」
「私の妻は、自分の披露宴の時に、今まで我々が見たこともないような、奇妙でキテレツで、他の者が絶対に真似など出来ないようなものを作り上げました」
とにかくあれは凄いものだった。
「あれを、もう一度、作り上げると言うのです」
「バルーンアートとかいう奴だな」
「ヴィクトリア嬢は、王妃様の言われる通り儀式などは伝統に則ったものとして、披露宴は独自の路線で作り上げると豪語されておられます」
「そのパーティーに私を招待して、公爵家およびナルビク侯国が私の後ろ盾として付いたと喧伝し、イザベルデ妃とポルトゥーナ王国に牽制をかけるつもりだな」
「その通りです」
隣国同士であるナルビク侯国とポルトゥーナ王国とは犬猿の仲とも言われるほどの間柄だ。カール第二王子の後ろにポルトゥーナがつくのなら、オスカル殿下の後ろにはナルビクがつく。ヴァールベリ王国の継承争いは両国の代理戦争のようなものに局面を変えてきたということになるだろう。
G Wに突入し、物価高と光熱費上昇によって、外には出ずに家でのんびりしようか〜という方も楽しめるように、毎日二話更新で進めていきます。またジャンルは違うのですが『緑禍』というサスペンスものも掲載しておりまして、ただいま佳境にさしかかっております。そちらも楽しんで頂ければ幸いです!!
サヴァランと紅茶をあなたに』の改訂版ですが、読んでいただきありがとうございます!王国編となり、これから女のドロドロも混えながら話が進んでいきますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
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