第九話 専属侍女アンネの役目
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専属侍女のアンネはストーメア子爵の妹が平民の夫と結婚して産んだ娘であり、アンネの母が病で倒れた後には、平民の父が愛人と連れ子を家に招き入れた。その後、並々ならぬ苦労をした末にアンネは母の兄となる子爵に助けられることになったのだ。
伯父である子爵は姪であるアンネのことを令嬢として育てようとも言ってくれたのだが、半分は平民の血を引くアンネは、子爵家でお嬢様付きの侍女として雇ってもらう道を選ぶことにした。
従姉妹同士となるアンネとグレタだけれども、グレタはとにかく変わった娘だった。なにしろアンネの生い立ちを父から説明されたグレタの第一声が、
「まさにヒロインが良く陥るお話の設定通りの展開ですわね!」
と、言い出したのだ。
アンネが意味もわからずポカーンとしていると、困り果てた様子で、
「グレタはちょっと夢見がちなところがあるのだよ」
と、子爵が言い出した。
「ちょっと変わったことを言い出す娘だけれど、大きな心で仕えてくれると有り難い」
有難いと言われましても・・と、思いながらもアンネは恭しく辞儀をしながら、
「お嬢様、これから誠心誠意お仕えしますのでよろしくお願い致します」
と言ったのだった。
子爵家ではグレタのことを夢見がちで変わった子供と言っているようだけれど・・
「ねえ、アンネ?今度、教会のバザーに出すように何かを用意するようにお母様に言われたのだけれど、これなら絶対にウケると思わない?」
と言って、グレタがアンネに見せたのが『シュシュ』だった。ちなみにこの世界に『シュシュ』という髪の毛を可愛らしく縛るものなど存在しない。
「お嬢様・・どうしてこの『シュシュ』というものは、伸びたり縮んだりするのでしょうか?」
アンネは奇妙に伸び縮みする可愛らしい何かを伸ばしていると、お嬢様は言い出した。
「シュシュを作りたいからゴムを職人に作ってもらったのよ」
ごむを職人に作ってもらったのよ?
「元々、領地にゴムの木が生えているのは知っていたから、樹皮を切りつけて樹液をバケツに汲み取って、それを職人に渡してゴムを作って貰ったの」
「はい?」
「髪の毛を紙紐で纏めるなんて手間がかかって大変じゃない?だから、髪を括るためのゴムを開発したついでに『シュシュ』も作ったの」
「はあい?」
この『ゴム』と『シュシュ』で子爵家が所有するストーン商会は大いに儲けたのだが、アンネはこの時点で『うちのお嬢様は天才かもしれない・・』と思ったのだ。
グレタの結婚が決まった時に、伯父である子爵がアンネを呼び出して言い出した。
「このままイザベルデ妃が権力を握り続け、最終的には我が国がポルトゥーナ王国の属国となるような未来だけは避けなければならない」
中立を守るストーメア子爵家は静観を貫き通す形を取ってはいたのだが、ここに来て、子爵はオスカル殿下への支持を決めたようなのだ。
「イザベルデ妃殿下の目がある為、我が子爵家があからさまにオスカル殿下の肩を持つようになると、ストーン商会は潰されることになるかもしれない」
イスベルデ妃は第二王子妃となって以降、王妃から溺愛を受けている。王妃の溺愛を受けているイスベルデ妃は想像以上に勢力を拡大しているようで、子爵はかなり警戒感を強めているようだった。
「敵の目を欺くために、行き遅れとなって焦りに焦ったグレタが札束で侯爵の頬を叩いて妻の座を勝ち取ったという噂を広めている」
「はい?」
「二十歳となったグレタには後がない。だからこそ、必死になって勝ち取ったのが侯爵の妻の座であって、ストーメア子爵家は娘の行動を傍観しているだけのようだった。ということをアンネには理解してもらいたい」
「旦那様、それは何でも酷すぎないですか?自分の娘のことなのにそこまで落っことす必要がありますか?それにグレタお嬢様は、行き遅れに対して焦りを感じていると言うよりは、商売に夢中になっているようにも見えるのですけれど?」
「だけど、しょっちゅう『結婚したい〜!』と言っているではないか!」
そう、グレタはしょっちゅう『結婚したい〜』と言うのだが、いざ、結婚相手を目の前に連れて来ようとすると、
「その方には他に本命がいますわよ!」
などと言い出すのだ。
そんなことを唐突にグレタが言い出すため子爵が個人的に調べてみたら、隠していた恋人とか、愛人とか、隠し子が出てくることが多かった。そのためグレタは、
「ほら!見たことか!」
と言い出して、結局、結婚相手が決まりもせずにここまで来てしまったのだ。
「ここに来て、ようやっとお嬢様の結婚が決まったというのに、お嬢様が勝手にお相手に惚れて、札束で頬を張り飛ばして、金に物を言わせて結婚を決めたなんて・・お貴族様たちが面白がって飛びつく格好のネタじゃないですか!」
アンネにはグレタが貴婦人たちの餌食になる未来しか思い描けないのだが、
「子爵家が侯爵家と手を結んだという事実を面白おかしい噂の中に隠すためには必要なことなのだよ。今後、グレタは嫌な思いを沢山するだろう。そのグレタをアンネには支え続けてもらいたい」
子爵はグレタに危険が迫った場合には、侯爵家など無視をしてグレタを連れて国外へと逃げるように命令したのだった。
アンネにとってグレタは大事なお嬢様なのだ。周囲に誤解され続けていく現状に憤りを感じたし、結婚をする相手である侯爵自身が、大事なお嬢様の噂を信じ込んで軽んじていることに激しい怒りを感じていた。
義妹のヘレナがグレタを突き飛ばしたことは到底許せるようなものではないし、お嬢様をこれほどまでに貶める結婚相手も、侯爵家自体も、絶対に認めてやるものかと思っている。
イレネウ島でようやっとお嬢様の素晴らしさに侯爵は気が付いたようだが、アンネにとっては遅きに失したといえるだろう。だからこそ本島に帰ることが決まった時点で、ストーン商会にアンネは手紙を送ったのだ。
「アンネー!大丈夫ー?お水持って来たよー!」
真っ青な顔で寝込んでいたアンネが顔を上げると、水差しを持ったグレタが入ってくる。今日もお嬢様は男のようにズボンとシャツを着ていて、王都に帰ってからの商売の広げ方についての話し合いをしていたのだろう。
「お嬢様、王都に戻った後の滞在先ですけれど」
「いつものホテルを用意してくれたんでしょう?」
にこりと笑うグレタの顔を見上げて、アンネはホッとため息を吐き出した。
最後の五日間の侯爵は人が変わったようにグレタに尽くし続けていたのだ。これに絆されないあたりが、お嬢様クオリティと言えるだろう。
「商会の馬車を港に回すようにも手配していますが、侯爵邸には行かなくて良いんですよね?」
「もちろんよ!」
グレタはカラカラと笑いながら言い出した。
「侯爵は王都に戻ったら真実愛する義妹の元へ行くのは決まったようなものだもの」
グレタが言うには、当て馬の妻(もしくは婚約者)は、最終的には大きなパーティー会場で衆人環視の元、断罪を受けることになるらしい。
「今は侯爵も私の力が必要でしょうけど、全てが上手く回るようになったらあっさりと捨てられるわよ」
「お嬢様・・哀れですね」
「直球!アンネが直球過ぎるー!」
グレタは後ろに仰け反りながら激怒した。
「哀れなんて言って欲しくないわよね!これは運命なのよ!運命!そんなことを言うアンネは、合コンパーティーには絶対に誘わないからね!」
アンネの失礼な発言に怒るくらい元気ならそれでいいか、と思ったアンネはため息を吐き出した。
実の親に悪い噂を流された挙句に、結婚式会場ではそれを信じた新郎にそれは失礼な態度を取られ続けたのだ。王都に戻ったグレタには、今後、何が起こるかわからない。何があってもグレタはアンネが守るつもりではあるのだが、
「お嬢様は元気なのが一番です」
と、アンネが言うと、
「船酔いしないからね」
と、グレタはあっけらかんと答えたのだった。
『サヴァランと紅茶をあなたに』の改訂版ですが、読んでいただきありがとうございます!王国編となり、これから女のドロドロも混えながら話が進んでいきますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
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