第三話 アンネの直球
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「さっきの君を愛する暇がないって何なんですかね?」
馬車に乗り込んだ途端、アンネが酷く苛立った様子で言い出した。そうか、普通、そこは気に掛かるところだよね。
「普通は、新婚初夜を迎える、緊張でガチガチ状態の新婦の元を訪れた際に、こう、人差し指をグイッと突きつけて言う奴だよね?」
「なんなんですかそれ?聞いたことないですけど?」
「えー?あるある展開だと思うんだけどな〜?」
「それよりも、君を愛する暇がない発言ですよ」
怒りでブルブル震えるアンネを見つめながら、思わず苦笑してしまう。
「そうよね!そこは、君を愛することはない!が正解よね!愛する暇はないってなんなんだろう?暇ってなに?暇って?新し過ぎない?」
「グレタ様!それ、本気で言ってます?いや、本気で言っているみたいですよね?」
アンネはあからさまに大きなため息を吐き出した。そうだよね、暇はおかしいわよ、そこは『お前を愛することはない!』が決め台詞のところでしょうに。
「もしかして、ヘレナ嬢を愛しているから暇はない的な?だったら永遠に暇がなくていいんだけど?」
「どういうことですか?」
「だって、義理とはいえ、妹と同衾していると考えたらちょっとキモいというか、永遠に忙しいままでいてっていうか」
「ああ、ああ、そういうことですか!」
流石に他に女が居るのに、こっちもお願いっていうのはないわよ〜無理無理〜。
「だけどですね、普通はあの場で『誰が花嫁なの〜!』って叫びませんか?」
いやいや、叫びたくない。バルーンアートも、クロカンブッシュも、そのまわりをくるくる飾りつける飴細工も、ヘレン嬢がやったということにして欲しい!結婚式への意気込みが重過ぎて痛いって!
「はあ、そんな痛いこと叫ぶわけがないじゃない」
それは、過去の私が散々、心の中で叫んできた言葉なのよ。正確に言えば『私は誰の花嫁になれるの〜?』だったけれども、結局、結婚出来ずにシングル生活を送り、車に轢かれて死んだけどね。
「お嬢様!それじゃあ、どうするんですか!」
「うん?予定通り、イレネウ島へ向かうわよ」
「はい?」
「船はキャンセルせずに取り押さえたままだったでしょう?」
実はこの結婚、決まって三ヶ月で結婚というスピード結婚だったのだ。それだけ、侯爵家は子爵家のお金という後ろ盾が必要だったってことなんでしょうけれど、私、半年前から結婚式の翌日に出発予定で、船の予約を入れていたのよね。
「キャンセルになったら勿体無いなぁと思っていたんだけど、キャンセルにならなくて良かったじゃない」
「あっ!だから荷物の荷解きもしなかったんですか?」
「別邸で荷物の荷解きしたって意味がないじゃない?」
正式な侯爵夫人として招き入れるつもりなのなら、別邸から本邸に移動するのは確実だし、認めないのならそれはそれで、島に渡れば良いだけのこと。
「私、イレネウ島の海鮮料理が楽しみだったのよね」
「わ・・私も!確かに!島料理!楽しみにしていました!」
イレネウ島では最近、紅茶の茶葉の生産を始めているのだけれど、お貴族様の気にいるようなものが出来なくって、投げ捨てているような状態なのですって。
紅茶を投げ捨てるなんて勿体無い。
是非とも商売として取引したいなと思って、現地に行く予定だったのよね!
「それじゃあ別邸に到着したら、さっさと着替えて出掛けましょう!」
「そうですね!さっさと着替えて出掛けましょう!」
あれほど失礼コカレタのだから、お父様だって何も言うまい。親族一同だって何も言うまい。船は早朝出発となるため今日のうちに港のホテルに移動をして、翌朝には船に乗って出発しよう。
そうして侯爵家が所有する別邸(爵位を譲った後に前当主夫妻が使用する屋敷らしい、本邸から馬車で十分の距離)に帰宅すると、早速、花嫁衣装を着替えることにしたわけ。
母と姉は背が低いんだけど、我がストーメア子爵家の男たちは背が高い。そんな男遺伝子が多めで生まれたのか、私は結構背が高い。普通の一般男性と比べると、ちょっと低いかなという程度の高さ。従姉のアンネと並ぶと、男女に見えるくらいの身長差だったりするわけだ。
ウェディングドレスを脱いで、胸に晒しを巻いて、男性用のズボンとワイシャツを着ると、あら不思議!髪の毛がキンキンの金髪で、鮮やかな碧眼で、しかも、髪の毛をひとつ縛りにすれば、男にしか見えなくなる〜!
目が小さめで少し目尻が上がっているから、女性顔というよりかは男性顔の私。これで化粧を落とせば、男にしか見えないってわけですわ。
部屋に置かれたトルソーに着ていたウェディングドレスを戻すと、土は付いているわ、草は付いているわ、それは酷い有様で、
「ねえ、アンネ、これって染み抜き無理じゃな〜い?」
と、言い出す程度には草の汁が染み込んでいる。
「そりゃそうですよお嬢様、貴女は義妹のヘレナ様とその取り巻きに突き飛ばされて、芝生に転がった後は、しばらくの間、ゴロゴロゴロゴロしていたんですから」
「うっ・・・」
それは義妹が悪いのか、ゴロゴロ転がった私が悪いのか?
「でも!ちょっと待って!頭にタンコブが出来ているってことは、転がっている石に頭をぶつけたわけで、痛みを堪えるためにゴロゴロしちゃったのは仕方なくない?」
「一応、誤解されたら嫌なので言っておきますけど、お嬢様は一つも悪くなんかありません」
「そうだよね!やっぱりそうだよね!」
侯爵家が用意しただけあって、高そうな花嫁衣装ではあるけれど、これが泥と草で汚れていたって私の所為じゃないわよね!憧れの花嫁衣装をもう一度、改めてまじまじと眺めた私は、大きなため息を吐き出したのだった。
「当たり前っちゃ当たり前だけど、全てが分不相応だったのよ」
私の呟きが聞こえたのか、ちょっと身なりの良い商家の娘というワンピースに着替えたアンネがドワッと涙を溢れさせた。
「お嬢様・・哀れですね」
「直球!直球すぎるー!」
こうして私たちは姉と弟に変装して、港町へと移動することになったのだった。
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