第五話 ヘレナの母レベッカ
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部屋の中で娘のヘレナが癇癪を起こしているという話を家令のジョアンから聞いたレベッカは、大きなため息を吐き出した。
ヴァルストロム侯爵の結婚式が行われたのは三ヶ月ほども前のことになるが、花嫁となる子爵令嬢が作り出した会場は今まで誰も見たことがない、派手で奇妙で人々の心に衝撃を与えるようなものであり、
「これなら幾らでも貶めることが出来るわ!」
と、レベッカは一人ほくそ笑んでいたのだ。
本来ならステランには娘のヘレナとまずは結婚して貰いたかったのだが、ステランは金満家で有名なストーメア子爵家の令嬢を一人目の花嫁として選んだのだ。
ステランの独断でイレネウ島を王家から購入したことにより、侯爵家の財政は右肩下がりの状態となっていた。この立て直しをするために、金持ちの娘をまずは娶って持参金をガッポリと貢がせるアイデアは納得が出来るものだった。
元々女性に興味がないステランにとって子爵令嬢であるグレタは興味の範疇にも入らないようで、結婚式で始めて顔合わせをした二人はぎこちなさを残し続けているような状態だったのだ。
花嫁が用意した渾身の力作である披露宴会場では、
「ヘレナ様!ステラン様の為にこれほど素晴らしいパーティー会場を作るだなんて!貴女ってなんて素晴らしい人なのかしら!」
と、公爵令嬢であるヴィクトリアが言い出したところで、披露宴会場の主役は花嫁を押し除ける形で娘のヘレナが勝ち取った。
元々、親族たちには根回しをしていた為、問題がある花嫁(子爵令嬢)は早々に追い出して、ヘレナをステランに娶らせる。
多忙を極めるステランが結婚式の翌日にはイレネウ島に移動するということも知っていたし、幸いなことに、式を終えた花嫁は夫の不在を嘆くような形で屋敷から失踪してしまったのだ。
あとは花嫁の失踪を花嫁の『執着』と『わがまま』が原因であると喧伝し、次の花嫁にはヘレナこそが相応しいのだと丹念に根回しする。そうすれば、イレネウ島から帰って来たステランは花嫁との離婚を即座に考えるだろうし、新しい花嫁が必要となったステランは、可憐で可愛らしいヘレナに今度こそ目を向けることになるだろう。
全てはうまく行っているはずだったのに『ヴィキャンデル公爵家』の所為でおかしくなっている。
「お母様!お母様!」
レベッカが娘の部屋に移動をすると、飛び散る白い羽の多さに辟易とする。どうやらヘレナが枕を破ってしまったようで、中に詰まっていた純白の羽が散乱してしまっていた。
「お母様!どうしましょう!ヴィクトリア様の披露宴パーティーまであとひと月もないのよ!だというのに、私はバルーンの一つも用意出来ていないのよ!」
飛びつくようにして泣き出したヘレナを見下ろしながら、大きなため息しか出てこない。
「ヘレナ、貴方は何故、出来もしない『おかしな会場の設営』を自分がやるだなんて言い出したのかしら?」
「だって!だって!だって!」
ヘレナは大粒の涙をこぼしながら言い出した。
「商会に頼めば出来ると思ったんですもの!ストーン商会が会場を作っていたのは知っていたから!そこに頼めば大丈夫だと思ったのですもの!」
「それで、バルーンは一つも用意出来ていないのよね?」
「そうなの・・」
ストーン商会からは強奪するようにして純白のゴム液を買い取りすることまでは出来たのだが、息を吹き込んで作り出すという『バルーン』を作り出せる人間がいない。見様見真似でやってはみたものの、息を吹き込んでも膨らまないし、小さく膨らんだとしてもすぐに割れてしまう。
バルーン製作者を誘拐してまで作り方を吐き出させたのだが、
「薄く伸びる液体についてはお嬢様が直接お作りになったので、我々はそのレシピなど知る由もありません!」
と、言われてしまったのだった。
バルーン制作者を誘拐した時点で、ストーン商会から侯爵家へ圧力が掛かってきた為、レベッカは泣く泣く手を引かざるを得なかったのだ。だがしかし、ヴィキャンデル公爵家主催の結婚披露宴は容赦無く近づいてくるし、披露宴ではナルビク侯国の要人をも招いた盛大なものになることは決定しているのだ。
「うわ〜ん!お母様!どうしよう!どうしよう!毎日、公爵家の家人からせっつくようにしてバルーンを用意できたのかって言われるのよ!」
「公爵家からストーン商会に圧力をかけた方が早いと言えば良いではないですか!」
「だけど!だけど!あの会場は私が作ったということになっているんですもの!何で用意した私が準備出来ないんだって言われるんだもの〜!」
ヘレナはうわーんと泣きながら言い出した。
「私がサインをしたのは正式な契約書なので、このまま何の準備も出来ないようであれば、契約違反として訴えるって!法の裁きを受けてもらうとまで言い出したのよ!」
「大袈裟にも程があるわよ!」
あの奇妙奇天烈なパーティー会場をヘレナが胸を張って用意したと言ったのは、囃し立てる周りに合わせて言ってしまった子供の戯言以外の何ものでもない。だというのに公爵家は契約書を盾にして、最終的には裁判にかけるとまで言い出している。
「だけど・・裁判は困るわ」
披露宴で用意された会場と同等のものを用意出来なければ、多額の違約金も発生するだろう。公爵家との契約を破綻させたとなれば、ヘレナだけの話に留まることはなく、ヴァルストロム侯爵家をも巻き込んだ醜態ということになるだろう。
「仕方がないから・・私が何とかするわ」
「え?お母様?本当に?」
「ええ、本当よ」
披露宴はナルビク侯国の要人を複数招いてのパーティーとなるため、公爵家としても威信をかけたものでなければならない。だというのに一度しか見ていない、派手で奇妙でおかしなパーティー会場を求めること自体がおかしいのだ。
「上の力を借りればこんな問題、あっさりと解消することが出来るわよ」
「それでは、イザベルデ様にお願いするのね?」
「ええ、そうよ」
第二王子の妃であるイザベルデ妃殿下には、レベッカに作った大きな借りがある。その借りを返すことになるのなら、妃殿下は喜んで動いてくれることだろう。
結局、王妃様より公爵家に対して、
「ナルビク侯国から多数の要人を招くパーティーを開くというのなら、公爵家らしく伝統に則ったものにするべきです」
というお言葉を賜ることより、バルーンアートの話は無くなった。
その数日後には、
「レベッカ様、ヘレナ様、旦那様のご命令です。今すぐ本邸を出て子爵家に戻るか、別邸に身を移すか、どちらかを本日中にお決めください」
と、家令のジョアンから言われることになる。王妃様のご下知によって侯爵家の中は大きく動き出すことになるのだが、そのことをレベッカとヘレナは理解出来てはいない。
『サヴァランと紅茶をあなたに』の改訂版ですが、読んでいただきありがとうございます!王国編となり、これから女のドロドロも混えながら話が進んでいきますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
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