第二話 不本意な結婚
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新妻を迎える準備をすると豪語したヘレナの母レベッカは、
「本当に迎え入れる準備をするわけがないでしょう?」
と、ベッドに横たわるヘレナの頭を優しく撫でながら言い出した。
「ステラン様のお相手が、ヴィキャンデル公爵家の令嬢ヴィクトリア様だとしたら、私たちは負けを認めなければならなかったけれど、たかだか子爵家の令嬢がお相手だと言うのでしょう?」
ストーメア子爵家は王国でも歴史ある家柄となるのだが、最近、子爵家所有の商会が破竹の勢いで大きくなり、今では王国で五本の指に入るほどの規模にまで成長をしている。財政が非常に豊かなのは間違いなく、傾いた侯爵家の資金繰りをなんとかしようと考えているステランは、金目当てで令嬢との結婚を決めたのだろう。
「ヘレナ、貴女は物語の主人公なのよ」
母は確信を持った様子で言い出した。
「ステラン様は結婚をすると言っても、決してうまくいくことはないでしょう」
母のレベッカはそう言い切った通り、ステランは子爵家の令嬢と婚約をしたものの、多忙が理由で一度として顔合わせも出来ないまま、結婚式を迎えることになったのだ。
お相手のグレタ・ストーメアは男並みに背が高く、男のように商売に関わり、時には自分たちに歯向かう商会を叩き潰すようなことも平気でやるような女だという。貴族の間では禁忌とされてきたミモレ丈のドレスを流行させたことからも分かる通り、かなりの変人で常識知らず。
そんな令嬢だから二十歳になっても結婚出来ず、最近では結婚に対して大いに焦っているような状態だった為、ヴァルストロム侯爵のあの美しい顔を札束で殴打した末に侯爵夫人の座を勝ち取ったなどという噂がまことしやかに流れているのだった。
ヴァルストロム侯爵家の親族たちは一様にこの結婚には反対の意志を示しており、結婚式が始まってからも、
「本来ならヘレナ嬢がステラン様の隣に居たはずですのに・・」
と、同情的な声を寄せていた。
ステランとヘレナは、共に社交に顔を出すことも多かった為、
「お可哀想に!私はグレタ様を到底認めることなど出来ませんわ!」
「ヘレナ様こそが伴侶としてふさわしかったのに!」
取り巻きとなっている令嬢たちが憤慨した声をあげている。
なにしろ、高位身分の貴族を札束で顔を叩いて強要したと噂される侯爵の結婚である。札束で叩くとはどんな女なんだと、集まった招待客は興味津々で花嫁の姿が現れるのを待ち構えたのだが、現れた令嬢はかなり背が高い人だった。
神の前で誓いの言葉を交わす時も、二人のよそよそしさは隠しきれないものであり、ベールを持ち上げて誓いのキスをする時にも、ステランが花嫁の額にキスを落とすふりをするだけ。
「「「「まあ!やっぱり侯爵様はこの結婚に対しては不本意でしたのね!」」」」
「「「「札束で叩いて手に入れた高位身分の夫は、下賎な妻を認めたわけじゃないみたいだぞ!」」」」
と、皆が心の中で叫び声を上げたのは間違いない。
教会から披露宴会場となる侯爵邸に場所を移す間も、招待客の間では先ほどの話で持ちきりとなっている。これは結婚したと言っても金の為のようだし、結婚生活も数ヶ月で終わることになるかもしれない。
披露宴会場は見たこともない素晴らしいものではあったけれど、招待客の頭の中には次の侯爵夫人として一旦はグレタ嬢が就くことになったとしても、すぐに離婚することになるのではないかということや、それではグレタ嬢の後に誰が侯爵夫人の座に就くことになるのかという話で持ちきりとなっていた。
披露宴会場に一緒に移動をしてきたステランとグレタだったけれど、やはりステランの心はここにあらずといった様子で、妻を置いてひっきりなしに軍部の人間と話をしているような有様だった。
「ステラン様はお金の為にグレタ様を娶っただけのことで、すぐに離婚をしてヘレナ様を迎え入れることになるでしょう!」
「ヘレナ様!グレタ様に勘違いするなと釘を刺しておいた方が良いのではないのですか?」
「恨み言の一つを言ったところで、何も問題なんかありませんわよ!」
取り巻きたちにそう言われたヘレナは、ステランに放置されたままの花嫁を義妹の立場を使って呼び出すことに決めた。
侯爵邸の裏庭には誰も入ってくることはないため、そこでグレタ嬢を取り囲むようにすると、
「本当は私がお兄様と結婚するはずだったのよ!それを貴女が横取りしたの!絶対に許さない!」
と言って突き飛ばしたのだが、倒れた花嫁が落ちていた大きな石に頭を打ちつけて、その場に転がりながらゴロゴロし続ける為、怖くなったヘレナは慌てるようにして会場に戻ることにしたのだった。
すると、招待客の一人であるヴィキャンディ公爵令嬢であるヴィクトリアが、
「ヘレナ様!ステラン様の為にこれほど素晴らしいパーティー会場を作るだなんて!貴女ってなんて素晴らしい人なのかしら!」
と、感極まった様子でヘレナの両手を握りしめながら言い出したのだ。
「私ね、ヘレナ様はステラン様のことが好きなのではないかとずっと思っていましたの。他の人と結婚することになって、どれだけ苦しみ悲しんだのではないかと心配していたのですけれど、まさか・・愛する人の門出のためにこれほどまでの準備をするなんて!」
赤、青、緑、黄色に染められた風船を無数に連ねて作られるバルーンアートが会場中を飾り付けていたのだけれど『風船』なるものは最近になってグレタがチート知識を駆使して作り出したものだ。魂に刻み込まれた結婚情報誌ゼ◯シィの情報を活用されまくった披露宴会場は、王族の披露宴を凌駕するほどの華やかさだった。
「ヘレナ様・・貴女って本当に素晴らしい人だわ!」
公爵令嬢にそう言われてしまえば、
「そんなこと・・ありませんわ」
と、照れたように答えるしかない。
披露宴会場は兄思いのヘレナが作り出した力作だという話があっという間に広がり、
「やっぱり侯爵夫人にはヘレナ様の方が相応しい!」
と、親族たちが持ち上げるように言い出して、結果、母の差配もあってヘレナはまるで新婚の妻のようにステランと挨拶回りをすることになったのだ。
花嫁は家令の前で大粒の涙を流して号泣し、花嫁の親族たちはすぐさま、披露宴会場を後にした。豪華な会場に残ったのはヴァルストロム侯爵家の親族や、軍部の人間のみとなったけれど、結局、ヴィクトリア公爵令嬢がこのような結末となっても喜んで会場に残っていた為、誰も文句など言うこともなく宴は続くことになったのだった。
「ヘレナ様!私たちお友達になりましょう!」
と、ヴィクトリアに言われた時にはヘレナは天にも昇る心地であったし、
「旦那様はイレネウ島に移動されましたし、グレタ様は別邸を後にされた後は何処に行ってしまったのか分かりません」
と、家令のジョアンが言い出した時には、
「勝った!」
と、ヘレナは思ったのだ。
まさかその後、自分があれほどまでの窮地に陥ることになるとは思いもせずに、ヘレナは侯爵夫人となる自分の未来を確信し続けていたのだった。
『サヴァランと紅茶をあなたに』の改訂版ですが、読んでいただきありがとうございます!王国編となり、これから女のドロドロも混えながら話が進んでいきますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
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