第一話 私はヒロイン
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ヘレナはオーケルマン伯爵家の令嬢として生まれたのだが、父が愛人を正妻にすると言い出した為に母が離縁され、一時期は母の生家であるレックバリー子爵家に身を寄せていたのだった。
その時のヘレナは惨めそのものだったけれど、母のレベッカは積極的に社交界に顔を出し続けていたのだった。
ある時、母はヘレナにヴァルストロム侯爵家の嫡男であるファレスを紹介してくれたのだが、ヘレナは好意を持つことが出来なかった。神経質そうな面立ちや男性の割には針のように細い体型に嫌悪感を抱いてしまったのだ。
ただし、母の再婚相手としてこれほどの好物件はいないので、母の手練手管に期待をしたのだが、針のように細いファレスは病で亡くなってしまい、母はファレスの父の元へ後妻として輿入れすることになったのだった。
ヴァルストロム侯爵はヘレナの祖父と言っても良いような年齢の人であったものの、ヘレナに対してとても良くしてくれたと言えるだろう。貴族令嬢としての十分な教育を与え、誰からも見劣りしない程度のドレスや宝飾品をヘレナに与えてくれたのだ。
侯爵家は嫡男のファレスが亡くなったということもあって、次男のステランが後継として侯爵家に戻って来ることになったのだが、ステランの灰青色の瞳を見上げたヘレナは、
「私の王子様はここに居たのだわ!」
と、心の中で歓喜の声を上げることになったのだ。
ヘレナには幼い時に決められた婚約者が居たのだが、母が離縁されて家を出ることになった時に解消する手続きが取られることになった。大勢の中にいれば埋没してすぐに忘れてしまいそうな面立ちの令息だった為に欠片も悲しいとは思わなかったものの、以降、ヘレナの婚約者は不在の状態だったのだ。
「ヘレナの結婚相手は私が見つけてあげるから、何の心配もいらないのだよ」
と、義理の父となった侯爵様は言ってくれたけれど、侯爵様が用意する釣り書きは子爵家や男爵家の者ばかり。ヘレナの食指が動くことはなかったのだ。そんな中、ヘレナが自分の運命の相手だと心の中で決めたのがステラン・ヴァルストロム。
褐色の短く切った髪が太陽の光を浴びてキラキラと光り、涼しげな灰青色の瞳はヘレナを虜にした。形の整った鼻梁、その下の唇は色鮮やかで、背は高くて逞しい体つきをしており、一般的な身長のヘレナでも見上げるような美丈夫、それがステランだったのだ。
「ヘレナ、貴女は物語の主人公なのよ」
母は顔を真っ赤にして興奮するヘレナに囁くようにして言い出した。
「ステラン様は貴女の運命の相手なの、絶対に手に入れなくては駄目よ?」
義理の兄となったステランは軍部に勤めていた関係で、兄が亡くなって侯爵家の後継と決まった後もなかなか仕事を辞めることが出来ないようだった。そんなステランでも、少しずつでも侯爵家の仕事を覚えていかなければならない。その為、住まいを軍の宿舎から侯爵家へと移すことになったのだ。
「ヘレナ、これは大きなチャンスよ!」
「分かっています!お母様!」
ステランは多忙を極めていた為、ヘレナが思うような愛を育むことは出来なかったけれど、舞踏会では義妹であるヘレナをエスコートしてくれたのだ。社交にはほとんど顔を出さない美丈夫のステランにエスコートして貰っているとあって、ヘレナは多くの令嬢たちから羨ましがられることになったのだ。
ステランと後妻であるレベッカは、お互いの立場を尊重するという態度を取り続け、ある一定の距離感を持ったまま生活を続けることになったものの、レベッカと再婚して二年を待たずして侯爵が亡くなり、ステランが父の後を継ぐことになったのだ。
この時にはレベッカが侯爵家の親族たちに金をばら撒き、ステランの妻はヘレナこそ相応しいのだと喧伝した。それは、先代の侯爵様も望んだこと。自分の娘とステランが結婚することによって、ヴァルストロム侯爵家は盤石の地位を築くことになる。
たかだか子爵家の出である母のレベッカがそこまで強く言うことに違和感はあったものの、ヘレナはステランと結婚したいと思い続けていたのだ。母がせっせと外堀を埋めてくれたため、ステランが気が付いた時には、ヘレナとの結婚は決定したようなものになっていることだろう。
運よく侯爵令嬢となったヘレナは、今度は侯爵夫人となって社交を飾る花となるだろう。母の言う通り自分こそが主人公なのだから、美しい顔立ちのステランとの結婚は決まったようなものなのだ。
王族であっても、離婚、再婚を繰り返すヴァールベリ王国では他国にはない結婚法というものがある。侯爵家に後妻として輿入れしたレベッカは、法律の適用により正式な妻ではなく、仮の妻という状態で籍を入れているような状態となる。
仮の状態であっても、侯爵家の夫人として相応しい待遇、金銭を受け取ることが出来るし、当主の判断によって家政を担うことが出来る。母の再婚相手が高齢だったということもあり、長期間の寝たきり状態となった場合に簡単に縁が切りやすくするために、という配慮のもと、母はこのような立場で輿入れした。母の連れ子であるヘレナに対しても、侯爵家の正式な養女として迎え入れたわけではなく、あくまで侯爵家として世話をしている令嬢という扱いで家に入っているのだった。
侯爵としては連れ子のヘレナには十分な持参金を持たせて、侯爵家の後ろ盾があるという形で嫁がせれば良いだろうと考えていた。母レベッカの兄である子爵の姪という立場でしかないのがヘレナなのだ。釣り書きも子爵家や男爵家が多い形となったのも当たり前のことと言えるだろう。
そんな仮の状態である母とヘレナは、ステランに取り入って侯爵家に食い込もうと考えないわけがない。侯爵家の立場は甘美な毒だ、一度味わったら手放すことは難しい。
さあ、お兄様、私と一緒に幸せになりましょう!
ヘレナがステランからの結婚の申し込みをひたすら待ち望んでいたところ、侯爵家の財政立て直しのために奔走をしていたステランが本邸に帰って来るなり言い出したのだ。
「ストーメア子爵家の令嬢であるグレタ嬢を妻として迎え入れることになったから、二人ともそのつもりでいて欲しい」
「まあ、そうなのですか?」
母はちょっと驚いた素振りをしながら、
「それではステラン様の妻を迎え入れる準備を始めることに致します」
と言って、恭しくカーテシーをしたけれど、ヘレナにはそんな腹芸など出来るわけもなく、その場で真っ青になったまま失神してしまったのだった。
『サヴァランと紅茶をあなたに』の改訂版ですが、読んでいただきありがとうございます!王国編となり、これから女のドロドロも交えながら話が進んでいきますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
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