第二十一話 周囲の計略
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ストーメア子爵家の令嬢はかなりの変わり者だという噂は聞いたことがある。女だてらに兄が経営する商会に関わり、会頭でもある兄を小突き回すようにして動かしている。ストーメア家が所有するストーン商会は破竹の勢いで大きくなってはいるが、裏で女が関わっているだけに、いずれはコケるだろうとも言われていた。
話題のグレタ嬢は時には男のようにズボンを着用しているらしい。姉の方は常識的な淑女なのだが、グレタは男並みに背が高いし、男のような顔をしている。その男勝りの気性が仇となって結婚相手が見つからないという話も聞いたことがある。
舞踏会の会場で遠目にグレタを見つけたことがあったのだが、男のようだと揶揄されている令嬢は、その他大勢の令嬢と比べれば背が高いというだけのことであり、背が高い私にとってはちょうど良い高さのようにも思えたわけだ。
男のような顔と言っても、昨今流行の、目が大きくて儚げに見える令嬢と比べれば中性的に見えるというだけのことで、決して悪いようには思わない。すっと伸びた背筋に、周囲の男たちを威嚇するような眼差し。
話題の令嬢は、まるで舞台に出てくる男装の麗人のような人なのだなとその時は思ったのだが、まさかこの令嬢と自分の結婚話が進むようなことになろうとは、その時は思いもしないのだった。
グレタとの結婚話が進むきっかけとなったのは『紅茶』だった。
遥か東の果てにある安陽から紅茶をわざわざ購入しなくても、自国で生産する紅茶を飲めば良いのではないかと思った私は、葡萄畑を管理していたイレネウ島の長老のような存在であるマウロも巻き込んで紅茶栽培に手を出した。それがいざ販売するという段になって、貴族たちから見向きもされない状態に陥った。
そこで新しい流行を作り出すことを得意とするストーン商会に出向いて『ロムーナ紅茶』の販売を一緒に手掛けてくれないかと相談したところ、
「娘のグレタと結婚した方が手っ取り早いかと」
「確かに・・今の話を聞いた限りで言えば、グレタと結婚した方が早いと思います」
ストーメア子爵本人だけでなく、商会の代表を務める次男ヨエルまで言い出した。
「実は商会で流行を作り出す商品を扱っているのは妹のグレタなのです」
「そもそも、娘のグレタはイレネウ島で作られる『紅茶』については、すでに目をつけているような様子でしたよ」
「そういえば、買収出来ないかと問い合わせをするつもりでいると言っていた」
「アンネが船酔いするから、船で移動する時期をずらすつもりだとか何とか言っていたような」
イザベルデ妃の目もあるため茶葉会社『ロムーナ』はファーガソン男爵の持ち物というようにしているのだが、
「紅茶に関わることになるのなら、妃殿下の目を欺くためにも、グレタを妻として侯爵様の身内に取り込んだ方がスムーズにいくかと思うのですが?」
と、グレタの兄であるヨエルが主張する。
『紅茶』が関わる事案なだけに、ストーメア子爵家やストーン商会とは切り離したところで商売を始めて欲しいという思いと、
「侯爵様の力とグレタの力が合わされば、即座にロムーナ茶を流行させることが出来ますよ」
この親子には、ある種の確信のようなものがあるらしい。
兄のファレスを失った悲しみで体調を崩すようになった父も亡くなり、侯爵家当主となった私に結婚を急かすような声も増えてくる。で、あるのなら、ストーメア子爵家の令嬢と結婚をしても良いだろう。子爵家は中立派に属するため、どちらの王子も支持していない。ここで豊富な資金を持つストーメア家を、オスカル王子派に引き入れるメリットは大きい。
「お兄様!まさか!ストーメアの背高のっぽと結婚するって本当ですの!」
グレタとの結婚を決めた途端に、義理の妹ヘレナが憤慨した様子で言い出した。
「背高のっぽは、男なら背が高ければ誰でも良いと公言しているような女性ですのよ!背が高い男たちの間を、既婚、未婚に限らず遊びまわった末に、今では結婚相手を探して四苦八苦!ターゲットを絞ったら、絶対に逃さない、蛇のような執念を持つと言われる悪女に対して、わざわざ縁談を申し込むなんて!お兄様!正気ですの!」
王国にミモレ丈のドレスを流行させたグレタは、今まで足首を見せることをタブーとした社交界に旋風を巻き起こすことになったのだが、足首を惜しげもなく見せるドレスを貴婦人たちにおし進めたグレタは、相当のあばずれではないかという噂もまた広まっている。
「足首を誰にでも見せるような女、つまりはどんな男のベッドにも潜り込むような女性なのよ!そんな方を妻にするなんて!正気とは思えないわ!」
後妻であるレベッカの連れ子として侯爵家にやってきたヘレナは、普段は従順そのものの令嬢だというのに、この時の様子は異常にも見えるほどのものだった。ヘレナの母であるレベッカもグレタとの結婚は大反対の立場をとってはいたのだが、所詮は父が戯れ程度に引き込んだ親子でしかない。
レベッカやヘレナには侯爵家に対して何かを主張する権限など一切与えられていないし、父亡き後に侯爵家に置いてやっているのも、私の気まぐれ程度のものでしかない。
それに、
「ヘレナ、済まないが私はそれどころではないのだ」
本当に、私はその時、それどころではない騒ぎに巻き込まれていたのだった。
王国内では王政を廃止しようという市民運動が活発化しており、一部では暴動まで起きているような有様なのだ。
未だに軍に片足を突っ込んだままの状態の私はオスカル第一王子の指揮の元、不眠不休で事に当たらなければならない。万が一にもクーデターを起こすようなことにでもなれば、オスカル殿下は責任を取る形になるだろう。
王位継承争いが苛烈を極める中で、誰が味方か誰が敵かもわからなくなる中、全ては慎重にことを進めなければ、国をも巻き込んだ騒ぎとなる。
「お兄様、かの令嬢は二十歳、自分が行き遅れであることは十分に理解しているようで、お兄様との結婚を誰彼構わず吹聴して歩いているようですのよ!」
「ステラン、お前の結婚相手、あのストーメア子爵家の令嬢なんだろう?何だか自分の披露宴のために奇妙なオブジェまで用意しているらしいじゃないか?大丈夫なのか?」
「お前が結婚するのも驚きだけど、相手はあのグレタ嬢?お前正気かよ?結婚したい!結婚したいって空回りしているにも程があるって噂の令嬢なんて!絶対にやめた方がいいって!」
色々な人間が私の耳元で囁いて行ったが、私には結婚前に問題の令嬢に会いに行くような暇がない。
そうして、私の結婚を行う日がやってきたわけのだが、花嫁と直接顔を合わせたのは結婚式の当日になってからのことだった。
「あの女!わざわざ侯爵家の庭園に!これみよがしにパーティー会場を設営して行ったのよ!絶対にお兄様を逃さないという執念が私には恐ろしく見えるわ!」
などとヘレナとその母となるレベッカが声を揃えて言っていたが、確かに、披露宴パーティーの会場は未だかつて見た事がないようなものとなっていた。確かに、披露宴パーティーへの入れ込み具合から察するに、絶対に私を逃さないという物凄い執念というか、怨念のようなものまで感じてしまう。
なにしろ私は結婚式を行っている間も、部下からの報告がひっきりなしに来ているような状況であり、主要な人物との挨拶は花嫁と共に済ませたものの、ほとんど別行動となってしまっている。
私の事に執着する花嫁は、家令の前で滂沱の涙を流していたということなのだが、
「嫁き遅れになるところだったから!お兄様と結婚出来るのが涙を流すほど嬉しかったのよ!」
と、ヘレナが言い出した。
その全てのやりとりが、誰かの計略によってもたらされたものだとしたら、私はどれほどひどい態度で彼女と接していたことになるのだろうか・・
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