第十八話 侯爵様の過去
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傲岸不遜で、結婚式では無表情、披露宴パーティーでは顔を強張らせて、私の方を見向きもしなかったステラン・ヴァルストロム侯爵は、救護院の見学に行った後から執務室に引き籠るようになってしまった。
彼が義理の妹であるヘレナのことを愛していて、私との結婚がお金目当てのものであったということも知っているし、妹の存在がありながら、
「貴族の義務を放棄するつもりは決してない」
なんてことを言って、私をベッドに引き摺り込んだのは気の迷いだったと気が付いたのかな?
「・・・・」
廊下ですれ違った侯爵が目の下に真っ黒な隈をつくりながら、真っ青な顔でげっそりしている姿を見ていると、
「え?そこまで後悔しているの?」
と、思っちゃうのと同時に、罪悪感みたいなものが湧き上がってくるのは何故だろう。
寝たのは初日の一回だけだったけど、そんなに後悔するほどのアレだった?愛する人への罪悪感?そこまで酷いことになっちゃった?
「お酒に酔っているみたいですよ!」
と、言って、頭を殴って正気に戻してあげた方が親切だった?これは早急に離婚をしてあげないと、侯爵様の体に異変が生じることになってしまうのかも!
「奥様・・奥様・・奥様」
「はい」
「奥様、少しお時間ありますでしょうか?」
「はい?」
後ろを振り返ると、侯爵の秘書であるウルリックが困り果てたような笑顔で私を見下ろすと、
「少しだけ、私にお時間を頂けないでしょうか?」
と、問いかけて来たのだった。
経費削減で最低限の使用人しか置いていない関係で、最低限の部屋の整備しかしていないと話には聞いているけれど、さすが王家が所有していた屋敷だけに、日当たりの良いサロンの窓ガラスは鮮やかな色合いを施したステンドグラスで出来ていた。
お茶の準備はすでにされていたようで、私は侯爵の秘書と二人でお茶をすることになったみたいなんだけれども・・
「奥様、本当に我が主人がご迷惑をおかけして申し訳ありません」
と言って、ウルリックは深々と頭を下げたのだった。
「奥様が誤解をしては困ると思いまして、僭越ながら私の方から、旦那様の事情というものをお話しさせて頂けたらと思うのです」
えーっと、それは、侯爵がこの結婚に対して非常に不本意で、本当は義妹のヘレナと結婚をしたかったとか。お金の問題が解決したら早急に離婚をして、ヘレナを正式な自分の妻としたいとか。
貴族の義務だとか言っていたけれど、やっぱり愛することもない女性を抱くのに抵抗感があるので、これ以降はそういった交渉事はなしなしの無しでお願いしたいとか。そういうことを言われるのかな?
サロンの扉の横には控えるようにして侍女のアンネが立っていて、そちらの方を振り返ると、アンネは燃えるような瞳を私に向けながらコクリと頷いている。アンネは一晩だけ抱いて、その後放置状態の侯爵に対して激怒しているし、なんなら今すぐに離婚をして一緒に他国まで合コンしに行こうと言っているほどなのだ。
「私の心は決まっておりますので」
離婚ですよね、OKでーす。
「不敬とかそんなことは気にせずに、何でも言ってくれて構いませんわ」
そうウルリックに宣言すると、ウルリックは項垂れながら口を開いたのだった。
「ステラン様には五歳年上となるファレス様というお兄様がいらっしゃったのですが」
うん?お兄様?
「ストレスを溜めやすく、心身共に疲弊した末に、流行病に罹ってお亡くなりになったとされていますが、実はファレス様は重度の麻薬中毒患者であり、ミディの過剰摂取によってお亡くなりになったのです」
え?麻薬?
「えーっと、麻薬中毒で死んだとなると世間的に非常によろしくないということで、病で亡くなったということになっているのでしょうか?」
「さようにございます」
俯いたウルリックは膝の上に置かれた拳を握りしめながら言い出した。
「元々、ファレス様は神経質でお心が弱いところもあるような方だったのです。親族の中には弟のステラン様の方が後継にふさわしいのではないかと言い出す者もいた為、お兄様の精神的負担を軽減するために、ステラン様は侯爵家を離れて軍人になることをお決めになったのです」
「もしかして、ご自分の不安を軽減されるためにミディを服用され始めたということかしら?」
「恐らくは・・いつから使用をしているかは良く分からないのです。ただ、その当時、伯爵様と離縁したばかりだったレベッカ様が先代の侯爵様の元まで来て、ファレス様の様子がおかしいから医師に見せた方が良いと進言されたのです」
レベッカ夫人は先代侯爵の元へ後妻として入った女で、披露宴会場では娘のヘレナこそが主役だと言わんばかりの素振りを見せていたのを覚えている。
侯爵の後妻に納まったレベッカ夫人だけど、元々は中央貴族でもあるオーケルマン伯爵の妻であり、夫が愛人を正妻にすると言い出したために離縁をされる形となったため、当時は社交界をそれは騒がしていた人物となる。
「レベッカ婦人とファレス様の間に共通点はあったのでしょうか?」
離縁された伯爵夫人と次期侯爵とも言えるファレス様との接点が良く分からない。
「アンデルバル公爵夫人が開くサロンでお知り合いになったそうです」
アンデルバル公爵夫人とは、王妃様とも非常に親しい人物であり、彼女の開くサロンには有名人が多く訪れるため非常に人気があるのだ。
「アンデルバル公爵婦人とレベッカ様は幼い時からの友人同士だということなのです」
「ふーん」
レベッカ夫人は、レックバリー子爵の娘だった為、幼い時から取り巻きの一人として公爵夫人に仕えていたのかもしれない。
「レベッカ様の進言によって医師を差し向けた時には、ファレス様は重度の中毒状態だった為、長年ファレス様を後継として育ててきた先代様の心痛は非常に大きなものでした。そんな心傷ついた先代様をお支えしたのがレベッカ様だった為、先代様は離縁されて哀れな状況だったレベッカ様をご自分の妻として迎え入れることにしたのです」
そこから、義理の妹となったヘレナ嬢と、軍部から戻って来た侯爵様とのラブストーリ―が始まるというわけかしら。正妻の身としてはこれから始まる話の展開に、胃がチクチクして来たけれど、きっちり離婚をするためにはウルリックの話を最後まで聞かなくちゃいけないんだろうな。
「お兄様が亡くなり、侯爵家の後継者として戻って来たステラン様は」
運命的な出会いをして、義妹のヘレナを溺愛するようになったんでしょう?はいはい、良くある話の展開ですよね。分かっています、分かっていますって。
「軍部から完全に離れることが出来ませんでした」
うん?
「ヴァールベリ王国の今の国王陛下にはオスカル王子とカール王子という二人の王子がおりますが、ポルトゥーナ王国から第二王子であるカール様の元へ嫁いで来たイザベルデ妃殿下が、次の王位はカール様こそ相応しいと言い出したのです」
ううん?
「驚くべきことに、王妃様はイザベルデ妃殿下の言いなり状態となっておりまして、第一王子であるオスカル様ではなく、カール様こそが相応しいと強硬に主張をするのです」
うううん?
「この状態でステラン様が軍部を抜ければ、ヴァールベリ王国軍は第二王子の支配下に置かれてしまうかもしれません。時を同じくして、王国内では安陽国から輸入する紅茶が一大ブームとなり、高級紅茶欲しさに破産をする貴族も出てくる始末。その後、紅茶を購入する金に不足するようになると、一大産地である安陽国を我が国の力を使って征服してしまえば良いだろうという話が噴出して来たのです」
あの〜、侯爵の真実の愛とか、溺愛する義妹とか、そちらの話は何処に行ってしまったのでしょうか?
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