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紅茶とサヴァランをあなたに 【改訂版】  作者: もちづき裕
第一章  イレネウ島編
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閑話  イレネウ島の聖女

お読みいただきありがとうございます!よろしくお願いします。

 六歳のマリーは妹と体の弱い母と三人で暮らしていた。


 イレネウ島は漁師をして生計を立てている人も多いけれど、船への荷揚げの手伝いをしている者も多い。港で働くマリーの父親は、そこで何か見てはいけないものを見てしまったらしく、遠洋まで連れて行かれて魚の餌になったようだということを、父の同僚から聞くことになったのだ。


 丁度、イレネウが王の所有から侯爵家の所有に代わり、葡萄畑を潰して紅茶畑を広げている頃から麻薬が蔓延し始めたのだ。父が見てはいけないものを見たというのも、麻薬関係ではないかと言われるようになっていた。


 父の死のショックで寝込むようになった母に代わって、六歳のマリーと四歳のソフィでお金を稼がなくてはいけないことになり、水魔法を得意とするソフィは近所の家を回って魔法で作り出す真水を売ることでお金を稼ぎ、癒しの魔法を持つマリーは救護院まで行って、小さな傷を治すことで小遣い程度の金額を稼ぐようになったのだった。


 癒しの魔法で治せるのはちょっとした小さな傷程度のもので、大きな病や怪我を治すことはできない。稼ぎも真水を出す妹の方がよっぽど多くて、マリーは情けない思いでいたのだった。


 ある日、妹のソフィを養子にしたいと言って年若い夫婦が母の元までやって来たのだが、その夫婦はソフィが作り出す真水目当てであるのは間違いない。


「ソフィは渡さない!絶対に渡さない!」


 ギャン泣きをしたマリーと、ベッドからようやっと出ることが出来るようになった母の抵抗もあって、何とか夫婦を外に追い出すことに成功したのだが、ソフィを誘拐しようと企まれるかもしれないと母親が言い出した。


「だったらソフィは外に出ないで!」

 まだ六歳のマリーだったけれど、

「私がお金を稼ぐから心配しないで!」

 と、母と妹に豪語したのだった。


 マリーは癒しの魔法を持っているけれど、癒しの魔法は『ハズレ魔法』と言われるだけあってお金を稼ぐのは難しいとも言われている。それでも、今現在、イレネウ島は麻薬の中毒者で溢れかえっているような状態なので、そこにお金を稼ぐ糸口がないかと考えるようになったのだ。


 マリーは一度、吐瀉物を喉に詰まらせて息が出来なくなった麻薬中毒者の息を回復させて、多めのお駄賃を貰ったことがある。だとするのなら、なるべく金持ちそうな麻薬中毒の人間に目星をつけて、具合が悪くなった時にすぐにでも助ければお金になるのではないかと考えた。


「マリー!すぐに来てくれー!」


 相変わらずマリーは救護院で働き続けていたけれど、仕事中に呼び出されることが多くなった。以前助けた金持ちの息子が、やめれば良いのに麻薬の常用を続けて、失神発作を繰り返す。時には嘔吐したまま吐いたものを喉に詰まらせてしまうため、マリーは救命処置のために度々呼び出されることになったのだ。


 その日は見たこともないほどの豪華な馬車の脇に金持ち息子が転がっていて、いつもと同じように失神した末に吐瀉物を喉に詰まらせたままの状態になっていた。この対処についてはすでに慣れたものなので、すぐに息ができるように回復させると、

「はい!サービスの頭痛薬、起きたら飲ませてあげると良いと思うよ!」

 と言って、自分にお金を払ってくれるおじさんに練り上げた丸薬が入った袋を渡してあげたのだった。


 まだ六歳だけどマリーは調薬も手伝う優秀な子供だった。母と妹を養うために、とにかく、何でもやっていくしかないと思っていたのだ。


「それじゃあね!」

 救護院を抜け出して来たので、すぐに戻らないと院長先生に怒られることになる。人混みの中から抜け出すようにして街中を走ったマリーは、ようやっと救護院の前まで到着すると、そこに先ほど目にした豪華な馬車が停車していることに気が付いた。


「やっばっ!あの馬車ってお貴族様のものじゃん!」

 マリーはお貴族様の馬車の前に飛び出したと思われる金持ちの放蕩息子の救命活動を行ったので、それが理由で何かのお咎めを受けるのかもしれない。


 回れ右をして今日は家に帰ってしまおうと考えていたものの、

「マリー!ちょっと待ちなさい!貴女にお客様よ!」

 目ざとい院長先生に呼びかけられてしまったのだった。


 救護院は子供や貧しい人を助ける場であり、費用はその土地の領主が負担することになっている。癒しの魔法の使い手が働ける場所も救護院くらいしかないため、ここで院長先生に嫌われてしまえばマリーがお金を手に入れる術がなくなってしまう。


「嫌だなー・・」

 俯きながらトボトボと院長先生の後ろをついていくと、救護院の応接室で、それは美しいドレスを身につけた、見るからにお貴族様に見える若夫婦がマリーを見下ろして、

「「君がイレネウ島の聖女と呼ばれているのは本当なのかい?」」

 と、声をかけて来たのだった。


 マリーは確かに『イレネウ島の聖女』と呼ばれることもあるけれど、それは二日酔いの症状を緩和させることに長けているから、酒飲みの船乗りに冗談混じりで言われているだけのことなのだ。


 マリーは酔い止めと頭痛薬を作るのが得意だ。何故なら金持ち相手にも良く売れる薬だからなのだけれど、薬の効果を喜んだお客さんから冗談で『聖女様』と呼ばれたことがあるし、吐いては倒れる麻薬患者の救命処置を有料でやっていることから『聖女様』と言われることがたまにある。


「ほ・・本物の聖女じゃあないよ!」


 恐れ多いにも程がある。酔っ払いの戯言ですから、本気にしないで欲しい。そう訴えたいけれど、六歳児の語彙力では貴族相手に物申すのは無理だ。それに、お貴族様を前にした緊張で、マリーはその場で硬直していた。


「マリーの作るお薬はとっても良く効くのだと話に聞いたのだけれど?」


 美しい黄金の髪を結い上げた奥様の方から声をかけられたマリーが固まったままの状態となったため、助け舟とばかりに院長先生がマリーの頭を撫でながら言い出した。


「この子は薬に魔力を込めるのがとっても得意なので、この子が作る薬は効果が高くなるみたいなんです」

「まあ!薬にも魔力って込められるんですか?」

「ええ、癒しの魔力は小さな物なので、それはほんの僅かの効果になるかもしれませんが」 


「例えば紅茶に魔力を付与することって可能でしょうか?」

「紅茶ですか?」

「ええ、紅茶って体の中のいらない物を排出する力があるので、その部分を強化することで、麻薬中毒の緩和薬の一つに出来ないものかと考えておりますの」

「まあ!麻薬中毒の緩和薬ですか!」


 院長先生もまた癒しの魔力を持っているのだが、運び込まれてくる麻薬患者への対処がないことに忸怩たる思いを抱いている一人でもあったのだ。


「老廃物の排除と共に麻薬成分も排除するということですか・・そんな夢のようなことが出来たら素晴らしいとは思いますね」

「本当に、そんなことが出来たらイレネウ島の紅茶は即座に完売すること間違いないと思うのですけれど」


「お茶が売れたら儲けられる?」

 マリーは夢中になって両手を握りしめながら訴えた。

「お茶が売れたらお金が儲けられる?」

 すると若奥様の後ろに居た旦那様が、マリーを見下ろしながら言い出した。

「麻薬を治すお茶が出来ればお金がガッポガッポ入るし、それを手伝った者にもお金がガッポガッポ入ることになるだろうな」


「で・・出来るよ!お金がガッポガッポ稼げるお茶を作ること!出来ると思うよ!」

「これ、マリー」

 子供の戯言と思っている院長はマリーの口を塞ごうとしたものの、素早く院長の腕の下から逃げ出したマリーはその場で飛び上がりながら言い出した。


「混ぜるのにコツがあるの、それをみんなでやれば大きな力になると思う」

「それは・・本当に麻薬中毒患者を治す、もしくは症状が緩和するものになるのだろうか?」

「なるよ!なる!絶対になる!」


 麻薬は一度中毒となってしまえば、なかなか使用を止めることは出来ず、最終的には廃人となって死に至る者が非常に多いのだが・・


「お隣のお兄さん、マリーがお薬をあげたらちょっと良くなったもの。混ぜるのにコツがいるけど、森に生えている草でも大丈夫だったもん」

「マリー、草じゃなくて薬草でしょう?」


 院長はマリーの頭を撫でながら言い出した。

「この子の住む家の隣の奥さんが、この子とこの子の母親や妹の面倒を良く見てくれていたんですけど、その奥さんの息子さんがミディに手を出して中毒症状を起こしているんです」


 院長は憂いを帯びた表情を浮かべながら、

「お隣のお兄さんにと言って、この子は頭痛薬を自分で作って持って行ってあげているんです。ただの頭痛薬なんですけど、薬を飲むと暴れなくなったという話は聞いているのですが・・」

 それは人伝ての話で聞いただけなので、実際に確かめた方が良いかもしれませんと院長は言葉を濁す。


「マリー、本当に魔法が付与できるのなら、それは本当に素晴らしいことよ」

 しゃがみ込んだ若奥様はマリーの顔を見上げると、

「私と一緒にお茶作りをしてくれるかしら?」

 と、問いかけて来た為、

「お金が貰えるならするー!」

 と、大声をあげたのだった。


 後に六歳のマリーの協力を経て、麻薬中毒患者をも治すデトックス茶を作り出すことに成功することになる。後に人々から『イレネウ島の聖女』と呼ばれるようになるマリーは、まだそんな未来が来ることを知る由もない。




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