第六十一話 ヴィアンカとイザベルデ
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アンデルバル公爵家の嫡男となるブランドンは、ゲッティンゲン公爵が所有する領主館の離れに滞在していたのだが、ハインリヒ・ゲッティンゲンが無事に王都を制圧、タクラマ神聖国の承諾を得る形で新国家を樹立したという報告を受けて、
「ベンジャミン、それでは私は本国へと帰る。もう会うこともないかと思うが、達者に暮らせ」
と、弟に向かってそう告げた。
ハプランスからヴァールベリ王国へと輿入れしたアウレリア夫人は、他の男の子種を利用して弟ベンジャミンを授かった。そうして、公爵家の血を引くブランドンを排除して、生粋のハプランス人となるベンジャミンを公爵家の当主にしようとしていたのだ。
『秘密』の作者でもあるグレタ夫人が聖女家族を公爵家に送り込み、重篤なミディ中毒だったブランドンを助け、事実を明るみにしたのだが、アンデリバリ公爵の息子であると信じ込んでいたベンジャミンにとっては、晴天の霹靂以外のなにものでもない。
即座にベンジャミンとアウレリア夫人は身柄を拘束されたのだが、貴人専用の牢屋に入れられた二人の元へ、兄のブランドンがやって来て、
「母上の生家となるゲッティンゲン公爵家に二人を密かに逃してやる」
と、言い出した。
王国を密かに出発した三人は、ポルトゥーナ王国を越えてハプランス王国に入国。その時にはポルトゥーナのフェロール港に十二万の兵士が集まるのだという噂でもちきりとなっていたのだが、ゲッティンゲン公爵邸に到着してみれば、公爵だけでなく後継となる息子たちまで戦の準備を整えていたところだった。
「ブランドン、もしも戦に負けることとなったら、女子供、年寄りどもはヴァールベリ王国へ亡命させて欲しい」
「そんなに心配せずとも、絶対に勝利しますよ!」
公爵の後妻となる車椅子の女性、ヴィアンカが明るい声で宣言するように言ったのだが、ベンジャミンとアウレリアには何が何やら分からない。そう、何が何やら分からないうちに、ハプランスの王の悪事が明るみとなり、ハインリヒ・ゲッティンゲンが神に認められた救済者としてハプランス王家を破り、新しい王国を打ち建てることとなったのだ。
「ブランドン様、離縁手続きは済みましたので、ヴァールベリ王国までの同道をよろしくお願い致します」
ヴィアンカはそう言って明るい笑顔を浮かべると、ブランドンと一緒にヴァールベリ王国を目指して出発をした。ヴィアンカはゲッティンゲン公爵の後妻だったのだが、公爵が新王となると同時に離縁し、遥か遠いヴァールベリへと移住をするのだという。
「母上、我々は死んだことになっているので、これからは大人しく生きていくことに致しましょう」
新王となった祖父や従兄弟の迷惑にはならないように、ただ、ただ、静かに余生を過ごすように生きていこう。そうベンジャミンが決心していると、ヴァールベリ王国から年頃は二十代半ばの女が二歳くらいの男児を連れてやって来た。
「この方はイザベルデ様の息子リカルド殿下なのです」
実はリカルドは、女の姉が産んだ子供なのだが、今までイザベルデ妃の子供として育てられた生粋のハプランス人なのだという。生粋のハプランス人のベンジャミンが生き延びているのに、まだ二歳のリカルド王子を殺すのはあまりにも憐れだという話になり、それでは二人をハプランスに居るベンジャミンとアウレリアの元へ送ろうということになったらしい。
「リカルド様の実の親である姉家族も、私の親も殺されておりまして、行くあてがここしかないのです」
リカルドを抱えて憐れに泣き出す女を、ベンジャミンは離れ屋に招き入れたのだが、そうしたら次の日にも、子供を連れた親子が現れる。
「ここなら助けてくれると話に聞いたのです」
ハプランスの王の子の多くは他国に嫁いだのだが、そこで産んだ子供に疑いが持たれ、追い出されるようなことが続くこととなったのだ。
「神官様がここなら救済してくださると教えてくださったので・・」
何故、神官がこの場所を教えるのか全く分からないが、
「貴方も私もハプランスの王の犠牲者であるのは間違いない」
そう言って、ベンジャミンは逃げるようにしてやってくる親子を受け入れ、彼らが無事に生活が出来るように助け続けることとなったのだった。
ハプランスの王は己の血こそが尊いものであるとして、周辺諸国を自分の血筋で染め上げることを企んだ。各国の王家に生粋のハプランス人を紛れ込ませる、いわゆる托卵政策を考えたのだが、これをタクラマ神聖国が許すわけがない。
「イザベルデ様、貴女様も、貴女の母エリザベート様も、神の意思に背いて世に混乱を招いたとしてこれから『異端審問』を受けることとなります。母君には神聖国で会うことが出来るのですから、本当に良かったですね」
縄で拘束したイザベルデを連れながら、桟橋を船に向かって歩いていくグルゼゴルズ・アパリシオ大司教がそう声をかけると、ある一点を見つめたイザベルデが顔を真っ赤にして激しく震え出したのだった。
その視線の先にはポルトゥーナからの船が到着しており、船から降りてきた様子の女性が、車椅子を後ろから押してもらいながら、桟橋をゆっくりと移動して来たのだ。
イザベルデは猿轡を噛まされていたのだが、激怒のあまりその猿轡を噛み切って、車椅子の女性に向かって大声を上げたのだ。
「ヴィアンカ!あんた!なんでこんな所に居るのよ!」
「ええ?まあ!あなた、イザベルデなの?」
美しいドレスを身に纏ったヴィアンカは、粗末なワンピース姿の縄で拘束されたイザベルデを見てコロコロ笑うと、
「あなたって、そういうシンプルなドレスも良く似合うのね!」
と、言い出した。
「ヴィアンカ!あなた、大怪我をして寝たきり状態になっていたんじゃないの?」
「貴女のお母様が差し向けた刺客に殺されそうになって大怪我を負ったけれど、リハビリを続けたおかげで大分良くなったのよ。夫がこの度、晴れて国王となったので私は離縁されることになったのだけれど、夫の孫となるブランドン様が憐れに思って、私をヴァールベリ王国まで連れて来てくれたの」
車椅子を押していたブランドンは、大司教に恭しく辞儀をしながら、
「祖母の無礼、どうかひらにご容赦ください」
と、言い出した。彼の中では、祖父の後妻となったヴィアンカは祖母扱いとなっているらしい。
「いや、何も問題はありませんよ」
グルゼゴルズ・アパリシオ大司教はニコニコ笑いながら言い出した。
「ヴィアンカ王女、貴女様は元々、ヴァールベリ王国の第二王子、カール殿下と婚姻を結ぶ予定でいたでしょう?」
イザベルデは怪訝な表情を浮かべながら大司教の笑顔を見つめた。確かに、カールはヴィアンカと結婚の予定であったが、実際に結婚をしたのはイザベルデなのだ。
「これから異端審問をかけられることとなるイザベルデ様とカール殿下との婚姻が正常なものではなかったという話も受けておりますし、結婚自体をなかったことにした方が都合が良いだろうという話もありましたゆえ、カール殿下はヴィアンカ様と婚約をしたまま、イザベルデ様との婚姻は無効という扱いで手続きが進んでおります」
「はああ?はぁあああああ?嘘でしょ!意味がわからない!あったことを無かったことにするだなんて!そんなの無理に決まっているでしょう!」
発狂しそうなほど顔を真っ赤にして声を上げているイザベルデを、大司教は完全に無視して言い出した。
「なにしろ、ハプランスの王は自分の血で他国を染め上げようと考えるほどの異端者、いえ、邪教の教祖と言っても過言ではない行いをしていたと言えましょう。神聖国としてはすでに破門を宣言しておりますが、邪教の信徒は意外な所にまで潜り込んでおりますからね」
呆気に取られるイザベルデを見下ろした大司教は、
「ヴァールベリ王家が邪教の信徒を王家に招き入れるわけがございません」
と、決めつけるようにそう言うと、ヴィアンカに向かって神に祈る印を結びながら、厳かな声で言い出した。
「晴れて自由となったヴィアンカ王女に大司教として申し上げましょう。貴女様がカール殿下と婚約を続けるも、それをやめてしまうも貴女の自由であると宣言致します。困難な道を進んできた貴女の先に輝ける未来があることをお祈り申し上げます」
呆然としたイザベルデを連れて大司教は船の方へと進む、項垂れるようにして大司教の後を追いかけたイザベルデは、顔面蒼白となって呟いた。
「邪教・・邪教なんて・・嘘よ・・嘘・・嘘・・・」
国を破滅へと導いていった第二王子妃イザベルデは、その存在自体を消滅させることとなったのだ。だからこそヴァールベリ王国での裁判も、刑罰の実施も行われない。ただ、邪教の信徒として認定された彼女の未来は、暗黒の闇の中にあるのは間違いない。
ちょっと続きのお話が長くなってしまったので、明日更新で!終わりとなります!
最後までお付き合い頂ければ嬉しいです!!
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