デビュタンの森
(そんなことより、お腹が空いたなぁ。)
手に持つソレをとりあえず「ストレージ」にしまう。「ストレージ」とは空間属性魔法のスキルのひとつ。かなりのレアスキルだ。空間属性魔法のスキルはどれもレアである。「ストレージ」だってカンストしてあるので容量ほぼ無制限そして何より時間停止状態で収納できる。つまり劣化しない。腐らない。冷めない。融けない。チートである。当然課金すれば手に入るというわけではない。ガチャを回しては散っていく課金勢の泣き言を、ざまぁと無課金勢は内心思っていたものだ。まあチートである私の「ストレージ」には食料もちゃんと保存されている。
(ここで食べるのもねぇ~。確かめたいこともあるし、森へ行こうかなぁ)
ちょっと口調も思考も女性交じり?になってきた感じがする。「クロエ・ビロウ」、彼女がインストールされたというよりこの状態では、彼女にインストールされたというべきなのかも。まあそこはもう気にしない。「状態異常無効」のスキルは精神にも効果があるらしい。とはいえ、本来の自分の意思が乗っ取られているわけではなく、あくまで彼女の経験や能力を自然と使いこなせるというだけだ。いきなりヘリが操縦できる〇トリックスの仮想世界みたいな感じかな?
さっそく廃墟の村を出て北へ向かう、「デビュタンの森」へ。「チュートリアルの村」のギルドで受けるクエストのそのほとんどをこの森で行う。村での掃除や荷物運びに店番などもあるが、それらは金は稼げてもレベル上げにはならない。森で行われる薬草や木の実、キノコなどの採取やその採取中遭遇する魔物との戦闘および魔物そのものを狩るクエストでないとレベルアップの経験値を得られないのだ。要は安全なところで稼ぐのではNPCと同じだということなのだろう。
特に何かに出会うこともなく、森の入り口に到着。とりあえず食事をとるため、ベンチ代わりにちょうど良い太さの木をサクッと切り倒す。「斬れ味強化」を付与したレイピア(魔杖剣)にかかれば豆腐を切るようなものだ。「万年ルーキー」時代では考えつかない所業である。適当に木を輪切りにしテーブルとイスを用意して、「ストレージ」から簡単に食べられるものを取り出して並べる。
「...ちゃんと美味いし、お腹もたまるね」
ツナマヨのおにぎりを片手に唐揚げをつまみながら、独り言ちる。日本人が運営にかかわっているのだろう。日本食が普通にあふれていた。まあ本来はHP/MP回復のための食事であって、見た目だけで満足してたのだが、今はちゃんとお腹は空くし、マジでちゃんと味わえている。唐揚げも熱々の揚げたてである。「ストレージ」様々ではあるが、この世界の現実感が否が応でも高まってくる。
食事を終え、森の中を進む。初期装備の採取用ナイフ片手に薬草や木の実を探していた頃を思い出す。ノーマルボアやノーマルベアなどの普通種の魔物に見つからないようビビりながら進んでいたものだ。今は「身体強化」無属性魔法スキルにより飛ぶように奥へ、同じく無属性魔法スキル「探査」で周囲を確認しながら。...どうにも気配がおかしい。かつて知っていた森とは思えない濃密な魔力を感じる。
「っと。」
右奥に反応があった。そちらに目をやる。
「ロックファングボア!」
距離にして20mくらいか。向こうもこちらに気付くや「岩砲弾」をぶっ放してきた。しかしそこに私はもういない。「ワープ」で一瞬にしてヤツの背後を取り一閃、首を落とす。「ワープ」も空間属性魔法のスキルだ。見える範囲の空間を捻じ曲げて移動することができる。当然レアスキルだ。それにしても、
(やはり魔獣か。この森にはいなかったはずなのに)