閑話:セリカレギオ帝国宰相タクヤ・カジワラ
フランギスタル王国の東に位置するセリカレギオ帝国、その帝都アルトウルスの中心、黒鉄色に聳えるアルトウルス城の執務室にて、宰相のタクヤ・カジワラは報告を受けていた。
「セイラム男爵領に赴いていおりました、イーゼア・ルー卿と連絡が取れなくなりました」
ダンビルの森を挟んだ帝国にあるポルタラ子爵領の重鎮達が青い顔をして恐る恐る報告を上げる。
「昨日の夕刻、ダンビルの森への「テレポート」の魔術具を使用したのち、彼の魔力反応が途絶えました」
「その際、その場に巨大な魔力反応が3つ確認されております。1つは宰相閣下が従えております嵐龍と思われますが、そちらはどうやら「テレポート」を行った模様でして、残る2つはその後しばらくしてセイラム男爵領へ向かいやがて消えました」
「消えた2つの行方は不明ですがセイラム男爵領へ戻ったと思われます」
報告を終えた者どもを一旦下がらせて、カジワラは一人になった執務室で静かに目を閉じる。
(ついに現れたということか。あの嵐龍との「盟約」を解除してしまうとは、やはり規格外だな)
5百年前の大改変時、カジワラは3rdステージでのクエストを攻略中であった。つまり彼は当時「AA(ダブルA)」クラスのプレイヤーであり、現在は魔族なのだった。
オンラインゲーム「アーガルドハーツ~レジェンドオブレガシー~」は日本の会社も運営に参加していた。そのためか、1stステージのフランギスタル王国は日本人好みのいかにも中世ヨーロッパ風ファンタジー世界にしていたのだが、ここセリカレギオ帝国は西洋人好みの東洋風ファンタジー世界であった。向こうが剣ならこちらは刀。向こうが魔術師なら、こちらは陰陽師という感じで。ワールドワイドに受け入れられようとしていたのか定かでないが、実はカジワラはこの帝国の雰囲気が好みであった。
彼は5百年前にログアウトできなくなってこの世界に取り残されてから3百年をかけてようやく1stステージに戻ってきた。この世界で生きていくということのなら、自分好みの場所で暮らしたいと考えたわけだ。彼のリアルはシステムエンジニアだった。ログアウトできなくなった当時は当然パニックになった。まさかその頃よく嗜んでいたWeb小説の異世界召喚・転生ものと同じような状況に自分が巻き込まれるとは。と、同時にワクワクも感じたカジワラであった。特に現世に未練がなかったということもあるが、魔法がただのエフェクトではなく現実感を持つこの世界に魅せられたのだ。そして気に入っていた帝国で冒険者として生きることに夢を抱くのだった。
しかし、思いのほか時間がかかった。特に2ndから1stステージへの帰還は困難を極めた。1stステージのクラスチェンジクエストでもあるダンジョンの2ndステージ側の出入口が消えていたためだ。
彼はその探索に長い時間をかけた、もうその頃には時間の感覚もマヒしていたが、ようやくヒントを見つけたのだった。それがあの嵐龍であった。ダンジョンの出口を風属性魔法「風陣」のスキルにより隠していたのだ。
(まあ実際、あいつはチョロかったから、1stステージに行かなければならないように誘導して、ついでに「盟約」を取り付けられたのも行幸だった)
ようやく帝国に戻ってみるとそこはかつての国とは少し様子が違っていた。1stステージに取り残された「プレイヤー」により、物の価値がというより魔石の価値が変わっていたのだ。それまでなかった転移陣や魔動車など、多くの魔石を要するものをこの世に広めたため、エネルギー問題を生み出した。魔獣を狩るにも限界がある。そしてそれはいずれの国も同じであった。
(しかし、俺というかあの嵐龍のせいで王国にダンジョンの存在を知らせてしまった。あの嵐龍は手加減ということが分からないのだ。それに気づかなかった俺も迂闊だったのかもしれないが)
そんなことを気にかけながら帝国で冒険者として過ごしていたカジワラだったが、徐々に国内の空気は悪くなっていく。王国との国力の差が許せなくなってきたのだ。そして百年ほど前、ポルタラ子爵ジアン・ルー卿が、ダンビルの森を抜けて度々セイラム男爵領に攻め込みちょっかいをかけだしたのを手始めに、帝国内で王国に戦争を仕掛ける機運が高まっていく。
(まさかそこまで魔石問題が起きるとは思ってもみなかった。まあ後の祭りだが、何となく責任を感じてしまったのは否めない)
このまま戦争しても、帝国に勝ち目はない。というか勝ったとしても国内の疲弊は疑いようがない。時間を稼ぐ意味もあって、カジワラは、「盟約」を結んだ嵐龍や眷族を使うなどして帝国内の掌握を始めたのだった。そしてそれは昨年までは上手くいっていた。あのポルタラ子爵の跡継であるイーゼア・ルーがへまをするまでは。既に帝国宰相となり、国務に忙しくしていた彼は、ポルタラ子爵の息子の暴走を見逃してしまった。まあ、王国に「魅了」を無効できるアーティファクトがあったことも誤算だったのだが、性急に事を起こす必要もなかったのだ。「魅了」の使用がバレなければ何とかやり過ごせるかもと思ってはいたが、念のために防波堤の意味も込めて嵐龍をダンビルの森に行かせた。
(結局、イーゼア・ルーに任せたのが失敗だったな。忠誠心だけは強い眷族だったが、跡継ぎとしての功名心に目が眩みすぎたな。少なくともセイラム男爵領で王国との睨み合いをしばらく続けてくれるだけでよかったのだが。あの嵐龍も何の役にも立たなかった)
ひとり執務室のソファーに深く座っていたカジワラは、閉じていた目を開き、呟いた。
「まあ、いいだろう。ようやくあの時より5百年が経ったのだ」




