ビントンの森
男爵令嬢のデビーによるとこの森は「ビントンの森」というらしい。高ランクどころか魔獣はほとんどいないらしく、魔物がいる程度らしい。薬草や木の実は豊富とのこと。記憶にある「デビュタンの森」を思い出すな。しかし、以前のゲームプレイ時にはこんな初心者向けの森など「チュートリアルステージ」以降に存在していなかった。また設定...いやもう言うまい。
「それで、男爵令嬢たるあなたが、なぜ供や護衛なしに王都へ行くことになるの?急ぐなら転移陣を使わない理由は?」
まあ、飛び出さなきゃどうしようもない事態になっているのだろうけれど、そのどうしようもない事態というのが知りたい。
「それをあなたたちに言う必要あるかしら?助けていただたいたのは感謝していますけど、関係のないことでしょう?」
「いや、必要でしょう?私ら兵士倒して完全に巻き込まれているし、理由もなく襲ったことになるわけにはいかない。それにどう考えてもあなた一人で王都へ行くの無理でしょう?」
さすがに、相手も自分がいかに無謀なことをしでかしたのか理解はしているらしい。目線を下げる。
「事情を話せば力になっていただけるのかしら?」
「まあ、事情にもよるけれど、こちらも依頼でね。ちょうどセイラム男爵の事情を知りたくてここまで来たんだ。たぶん悪いようにはならないと思うよ」
「そう、どなたの依頼か分からないけど、誰に知られたところで最早、我が領の状況がよくなるわけではないわね、かまわないでしょう。聞いてちょうだい」
デビーの語るところにより、セイラム男爵領の大体の事情が知れた。やはり帝国側に寝返っているというよりも何やら取り込まれている状態のようだ。とはいえそんな状態なのは男爵領上層部の人間たちだけで、領都内で密かに進行しているらしい。
それはそうだろう、男爵領全体が寝返ったとなれば、謀反として間髪入れずに王国が鎮圧に乗り出し、あっという間に制圧されるだろう。...帝国の助力がなければ。
しかし帝国も全面戦争となれば、現時点では王国の方が戦力は上だ。なにせ王国にはダンジョンの魔石という切り札がある。昔から王国と帝国の戦力差はなかったのだから、資源の差というのは大きい。とすれば、帝国としても事を荒立てることなく少しずつ王国の切り崩しをしたいのだと思われた。
しかし、1年前セイラム男爵と帝国は失敗する。第3王子の取り込みの画策だ。どこまで周到に準備していたのかはわからない。アーティファクトの存在が知られていなかったせいかもしれないが、まあなんにせよ失敗したのだ。どうやら最近男爵領上層部は開き直ったらしい。王都で鎮圧軍の編成が行われているとの情報を入手したためらしい。なんだろう?帝国は全面戦争に持ち込みたいのかな?それとも単に一部が暴走してるだけ?
「私は、領民まで巻き込むつもりの上層部の考えが許せないの」
彼女からすれば、国境を守るため今まで血を流してきたセイラム男爵領の歴史より、帝国とある程度渡り合いながら血を流すことなく付き合う今のやり方に反対はなかったらしい。しかし、徐々にエスカレートする帝国の要求に男爵領は抗えなくなってしまう。それが1年前の出来事に繋がったのだという。そして帝国から離れることなく逆に利するため、王国に対して抵抗しようとするらしい。それも領民を巻き込んで。
「領民は兵士ではないわ。それを防壁代わりにするなど」
つまりこういうことだ、まず各村から冒険者や薬師、神官など戦闘や回復ができるものを災害復興を名目に領都に集めた。そして各村に病を流行らせ、領都の災害復興のため、病への回復のためと魔獣狩りや薬草採取を国境付近の森で行うよう依頼したのだ。たぶん王国の鎮圧軍が攻めてきたときまず目にするのが病が蔓延している村の惨状だ。王国として見捨てて進むわけにはいかない。つまり防壁だ。そして国境の森から帰ってきた冒険者たちは、なぜか皆領都を守る兵へと志願するそうだ。まあ、こうして男爵領は鎮圧軍と全面的に戦うことになるわけだ領民を巻き込んで。
「私は彼らが操られているだけなのだと王都に伝えたいの」
「操られている?」
「そうよ、私の父や母、兄弟、領の上層部は操られているのよ」
操られている。なにやら今も領主館に滞在している帝国の使者とやらのスキルらしい。「魅了」か「洗脳」辺りか。彼女は光属性のスキル「魔力結界」を持つため操られなかったらしい。SLvが高いのだろう。「魔力結界」は、物理攻撃は防げないが魔力攻撃をSLvに応じて防ぐことができ、そして光属性魔法の中で死属性魔法の「魅了」や「洗脳」等相手の行動を操る系のスキルに唯一抵抗できる。...確か。
どうやら操られていないものの今まで口出ししてこなかったので放置されていたのだが、今回の事態で黙っていられなくなった彼女は、ついに部屋に軟禁されてしまう。そしてなんやかんやで、スキをついて逃げてきたのだそうだ。なんやかんやは詳しく訊かなかった、まあなんやかんやあったのだろう。...知らんけど。結果こうして魔動車奪って逃げてきたのだ。
さて、やはり魔族の影が色濃くなってきたようだ。う~ん、どう動くか。まずは領民だな。志願した兵たちとやらの様子を確認しなければ。あれ?「電撃」打ち込んだ彼ら、もしや?
「よし、力になるよ。そうだな。まずは領都ロアノークへ行こうか」
「なっ、何を聞いていたのかしら!私、先ほどようやくそこから逃げ出してきたばかりなのよ!」
セイラム男爵三女デビー・メンドーサ嬢の叫びが森に響いた。




