閑話:辺境伯騎士団長ディラン・アクセルロッド
先ほど砦を2人の男女が通過していった。黒いローブを目深にかぶってはいたが、隠しきれない美しい少女で10代半ばくらいだろうか、それと20代前半くらいのすらりとした緑髪の青年。
「団長、よいのですかあのまま行かせて」
副官のカイル・ブランクスが進言してきた。エルシノア辺境伯領を守るいや、「ロースターの森」からの脅威を守るといってもよい辺境伯騎士団の団長であるディラン・アクセルロッドは、立派な髭に手をやりながら答えた。
「確かにただ者ではない、我々の「威圧」を受けて平然と受け答えするのだ。それにあの森を抜けてきている。まあ我々では歯が立たないだろう」
先ほどのやりとり、実はただならぬ2人の纏う魔力に吞まれていたディランだった。
(あれでも本人たちは魔力を隠しているつもりだったのだろうな)
「しかしそれではなおさら、監視をつけるとか危険を領主に報告せねば」
カイルはなおも食い下がる。
「いや、たぶんそれも必要ない。当然領主に報告は必要だがな。でもそれは確かめてからだ。あの2人「クロエ・ビロウ」と「バルバロス」の名。あの伝説の「最狂戦士」とこの世界の「守護者」様と同じ名だ」
カイルが息をのむ。
「...偶然では?」
「そう思うか?現に「ロースターの森」から漂っていた魔素、薄くなっているだろう?」
しずかにカイルが森に目をやる。確かに昨日の昼過ぎにあれだけ高まっていた魔力は夕刻には静まったし、今朝からはこれまで森に漂っていた魔素の濃度が下がっていた。
「まさか。本当にそうお考えですか?」
「わからん。だからそれをまず確かめる。カイル、オリバーを呼べ。奴の隊から10名ほど連れて森に入る」
ディランが命令を下す。いずれにしてもドラゴンの所在や魔法陣の有無は確認せねばならない。まあ竜ではなく、古龍だったらしいが。ため息を吐いてフルフェイスをかぶりなおす。自慢の髭が隠れるのでかぶりたくはないディランだった。
エルシノア辺境伯領とこの地が名を変えて5百年近くが過ぎた。それまで「ロースターの森」から魔獣が出てくることはなかった。5百年前「チュートリアルの村」が壊滅した時を境に、森より度重なる魔獣の襲撃が起きた。その討伐の為当時の王国の騎士団長が、辺境伯としてこの地に任じられた。徐々に魔獣襲撃の数は減ってきたが、かわりに2百年程前からは森に漂う魔素が濃くなりだした。間違いなくドラゴンが居ついてしまったのだ。辺境伯としても砦を築き引き続き警戒せざるを得なかった。
(しかし、それももう終わりとなるやもしれないな、しかし警戒してた相手が「守護者」様だとしたならばずいぶん滑稽な話ではあるな)
ディランは森に目を向けた。
オリバー小隊長とその部下10名とともに森に入る。すでに領内の森と変わらないほどの魔素しか感じなくなっている。ドラゴンのドの字も気配を感じることはなかった。それでも慎重に進む歩みは変えない。防御に優れたオリバー小隊と警戒を続けながら探索する。
森の中心よりかなり外れた位置にある木々の開けた広場に出た。昨日高い魔力を発したと思われる地点だ。部下の一人が、「魔術探査」を始める。
「ありました。魔法陣です。我が国の転移陣とは違いますが、遺跡でみられるものと同じです。間違いありません」
王国で転移陣が発明されたのは、やはり5百年ほど前だった。5百年前に、この「世界の大改変」が起きたのだとの主張は現代の歴史家に言われなくとも国民誰しもが認識している事実だ。その認識は王国に限らず周辺国、他のステージに及ぶ。そして単なる冒険者の一ジャンルとの認識でしかなかった「プレイヤー」たち。だが5百年前の改変を契機にその役割を変えていく。それまでも狂戦士となる「プレイヤー」はいた。その者たちはその都度「守護者」により排除されてきた。その「守護者」も最後に現れたのは2百年以上前と言われている。そしてこれまで同様冒険者であり続ける「プレイヤー」も多くいたが、突如としていろいろなものを発明しだす者もいたのだった。「転移陣」もその一つだ。そもそも「テレポート」の魔法陣の遺跡を発見したのも彼らだった。そしてスキル「テレポート」を必要としない「転移陣」を発明する。そのプレイヤーたちも2百年前には姿を消した。
(とんでもないことになったな。ただでさえ不穏な空気が流れる今の王国に、2百年も姿を見せなかった「守護者」様とあのおとぎ話ともなっている伝説の「最狂戦士」がともに現れるとは)
そう、そのおとぎ話とは、それこそ5百年よりも昔の伝説だ。世を乱す狂戦士を倒し、紛争を解決し世を平定する世界の「守護者」を、こともあろうか次々に葬る「最狂戦士」の話である。最早架空の存在として、小さい子供にとって「クロエ・ビロウ」は「恐怖の大王」の名で語られているほどだ。そしてそんな敵同士が共に現れたのだ。確かにとんでもない。しかし、実際に2人を目にしたディランは何故か不安を感じてはいなかった。それは2人の雰囲気、「守護者」はあの少女(最狂戦士)に対応を完全に委ねていて、結局一言も発することなくまるで従者のごとく見守っているかのようだった。
(何かお考えがあるのだろう。冒険者として活動する気らしい。さすればこの報告が、王国にとって吉となればよいがな)




