96・家族のお茶会
「どうしてこうなったのかわかりません……。お義父さん、滅茶苦茶ですよ」
カレンベルク家領主館の居間。長椅子にへたりこんだアウレールは、憔悴しきった様子で頭を抱えていた。
モニカはこの苦労性の婿養子がさすがに気の毒になってきた。とんでもない家に婿入りしたものだ。
「君には苦労かけるなあ」
現当主のほうは至ってのんきである。
「かけ過ぎですよ……」
「次期当主はどうしたの? あんたの妻」
「別室でフローラを癒しています。フローラはまだ体調が万全ではなくて、領地までの旅路で疲れてしまって――」
「フローラが来ているの!?」
アンネリーゼがガタッと音を立てて椅子から立ち上がる。
「止めたけど、アンネリーゼお姉様が心配だからと押し切られたよ。フローラはああ見えて言い出したら聞かないところがあるからね」
アンネリーゼが居間から逃げ出そうとしたので、モニカはその手首をつかんで引き止めた。
「どこ行くのよ?」
「わたくしの部屋へ……。部屋から出てはいけないのよ。わたくしは罪人だから」
「ゲートルドまで行って帰ってきて今さら何言ってんの。従魔術使いの親玉が玉座に座るのを邪魔してやったのよ。褒めてほしいくらいよって胸張りなさい」
「従魔術使いの親玉?」
アウレールが怪訝な顔で見てくる。
「王位簒奪を企んだ王弟が、ゲートルドの従魔術実験の黒幕だったのよ。魔物使って王様になろうって魂胆が道理に反してるでしょ。でも安心していいわ。王様にぶち殺されたから」
「ぶち殺されたって……」
「王様が先にやられて死にそうだったんだけど、瀕死のところをアンネちゃんが癒して形勢逆転よ。ハルツェンバインの魔女は、ゲートルドで救世主になったの」
逃げ腰のアンネリーゼの代わりに、モニカがえへんと胸を張る。モニカの説明ではアウレールは理解が追い付かないのか、「滅茶苦茶だ……」と言って再び頭を抱えた。
「この滅茶苦茶な話が、どう整理されてこっちの王様に届くか見物だわね」
「僕が書くほうがきっとわかりやすいですよ」
「あんた一部始終見てたもんね。婿養子、詳しく知りたかったらワスに訊いたらいいわ」
「……そうします」
話が一段落したと見てとったのか、メイドがワゴンを運んできた。
ワゴンには人数分の茶器とティーポットが乗っている。
モニカはワゴンを一瞥すると、傍らに立つローレンツを見上げた。
「娘たちを呼んできたら?」
メイドにあと二つカップを持ってくるよう頼んで、今にも逃げだしそうなアンネリーゼの手をきつく掴む。
廊下から姉妹の話し声が聞こえてくると、アンネリーゼはもう逃げられないと観念したのか、モニカの椅子の後ろに回り込み、しゃがんで身を隠してしまった。
「なにやってんの?」
「フローラが怖いの……」
妹の手紙を旅先まで持っていって読み返していたのに、怖いとは聞いてあきれる。
はじめて恋を知った乙女のごとしだ。
他国の王族でも余裕でたらし込む女が、妹相手にこの反応。謎でしかない。
ローレンツに続いてドロテアとフローラが居間に入って来た。
ドロテアはきょろきょろと居間を見回していたが、フローラはまっすぐ導かれるようにモニカの後ろのアンネリーゼを発見した。
「アンネリーゼお姉様!」
王都の屋敷で見たときよりか細くなった妹が、行方不明だった姉に駆け寄る。モニカは邪魔にならないよう、さっと席をどいた。
「アンネリーゼお姉様、よくご無事で……。よかった。本当によかったわ」
フローラがアンネリーゼに合わせてしゃがみ込み、両手で姉の手を取って握りしめる。アンネリーゼが真っ赤になっているのが笑える。妹なのに。
モニカは紅茶の入ったカップを一つ手に取ると、「あとは家族水入らずでどうぞ」と言って、ワスを小突いて一緒に居間を出た。
「この季節、バルコニーじゃちょっと寒くないですか」
バルコニーのテーブルに腰を落ち着けたら、ワスから文句が出た。
「ひさしぶりの家族の再会よ。邪魔しちゃ悪いじゃない」
「お茶くらいで邪魔も何もあります?」
「あの家族ってアンネちゃんとテーブルを囲む機会がほとんどなかったらしいわ。アンネちゃんが不良娘だったもんだから。みんなアンネちゃんに引け目があって強く言えなかったって婿養子が言ってたわ。やさしい人間ってこれだからダメね」
「家族全員モニカさんみたいに強引な人でも困りますけどね」
「あたしのどこが強引なのよ」
「出会った最初っから強引でしたけど……。でも、僕はモニカさんについていって正解だったかな。アンネリーゼさんもきっと正解でしたよ。行きと帰りで表情がずいぶん変わりましたね。人間らしくなったと言うか」
「別にあたしのせいじゃないわ。変わる準備は出来てたのよ。妹の手紙で」
アンネリーゼの部屋に山と積まれた同じ筆跡の手紙。あれほど誰かに想われたら、変わらないほうがおかしいだろう。
冷めかけた紅茶を啜りつつ冬枯れの庭を眺めていたら、馬車が着く音がした。
「お城からかしら? 罪人勝手に外に出したんだから、バレたら大変よねえ」
「なに他人事みたいに言ってるんですか。連れ出したのモニカさんでしょ」
「あたしはほとぼりが冷めるまでキュプカ村に引きこもるから」
とかなんとか言っていたら、バルコニーの扉が開いて噂のアンネリーゼが顔を出した。
「どしたの? アンネちゃんは家族とお茶してらっしゃいよ」
「モニカも来ればよくてよ」
「家族水入らずの邪魔したくないの」
「ミアが来たの」
「――――は?」
さっきの馬車? あれはミアだったのか?
「ミアが来たからにはあなたも家族でしてよ。あの子の母親でしょう」
「母さんちょっとどういうこと!? アンネリーゼお姉様とゲートルドに行ったって!?」
居間に戻ったら実の娘がいて、すごい剣幕で詰め寄られた。
ミアは特別誂えの騎士服を着ていて、これは国から与えられた仕事着のはずだ。
「あんた婚約式前で忙しいんじゃないの?」
「忙しいよ! 忙しいけど、領主館の古い魔法陣調べて消さなきゃいけないでしょ。記録なんかないから、わたしが魔術の気配探りに来たの。誰かさんが連れ出しちゃいけない人連れ出したせいで、来なきゃいけなくなったの!」
「まあまあ。アンネちゃんの働きもあって、一連の従魔術騒動にカタが付きそうだからさあ。許してよ」
「アンネちゃん?」
ミアが気味悪そうに、モニカとアンネリーゼを交互に見る。
「友達だから愛称で呼ぶことにしたの」
「友達になった覚えはなくてよ」
「じゃあ、相棒?」
「それは小説の話」
ミアは不可解な顔をして、助けを求めるようにワスを見た。
「やっぱり僕がみなさんに説明したほうがいいんじゃないかな」
「そうねー」
モニカは「座りましょ」と言ってミアを椅子に誘った。
ミアは何が何だかわからないと言いたげな顔をしていたが、それはドロテアもアウレールもフローラも同じだ。ローレンツは静かに微笑み、アンネリーゼはフローラを気にしてもじもじしている。
一同を見渡して、モニカはなんだか可笑しくなった。
(家族、か)
知らず知らずのうちにこの家族の端っこに繋がったことが、今はなんだかこそばゆい。
授かった娘は育てそびれてしまったけれど、人生のどん底に沈んだ子はちょっとだけ救ったみたいだし。
これも何かの縁でしょと元恋人の顔を見ると、彼もちょうどこっちを見ていて目が合って、モニカは慌てて目をそらした。
頬が熱を帯びるのを気付かれないことを願いながら。




