95・魔性と封術 ただし攻撃力なし
「なんだか長い夢を見てたみたいですねえ……」
ワスがゲートルドの田園風景を見つめてしみじみ言った。
ハルツェンバイン国がローレンツのために準備した優雅な大型四輪馬車にゆられ、ローレンツ、モニカ、アンネリーゼ、ワスの四人は、帰国するため国境へ向かっているところだ。
「五日しか王都にいなかったのにね」
モニカが大きく伸びをする。
「ゲートルドの王様がモニカさんを呼び寄せたから、王弟は焦って行動に出たんでしょ? モニカさんが王弟の従魔術師軍団を片っ端から封じていくから」
「だってそうしろってアルヴァロに言われたんだもん。ムキーッとなった弟にめった斬りにされることくらい想定しといてよってかんじ。アンネちゃん連れていかなかったら詰みだったわ。アンネちゃんありがとねーっ」
「わたくしは別に……」
アンネリーゼがぷいっと顔をそむける。
「にしても、魔女の扱いがハルツェンバインと全然違うんですね。驚きです」
「でしょ? アンネちゃん連れて歩くと箔がつくのよ。魔人と組んでるなんてどれだけ強い魔術師なんだって思われるわけ。魔人は強いけどときどき暴走するから、魔人と組んでるってことは暴走を止められるだけの力量があるってことよ。ゲートルドは力の強さが全てだからね。強さと美しさが」
「強さと美しさ……アンネリーゼさん最強ってことですか」
「どうよアンネちゃん。ハルツェンバインよりモテたんじゃない? 王弟だって一晩であんたに夢中になっちゃって……おっと、お父様の前で言うことじゃないわね」
「確かに複雑ですが……。でもアンネリーゼのおかげで王弟の行動がわかって、手が打てたのは本当です」
ローレンツが苦笑しながら言うのは、魔鳥に王都を襲われたときのことだろう。一晩でアンネリーゼに籠絡された王弟は、いいところを見せたい気持ちが先走ったのかアンネリーゼに手の内をぺらぺらしゃべり、その結果自分の首を絞めた。
「わたくしに惚れる男はみんな破滅するわ」
つまらなそうにアンネリーゼが呟くと、ワスが「その設定ください。作品に使います」と言い出した。
「あたしたちのこと小説にするの?」
「しない手ってあります? ゲートルド王位簒奪未遂事件ですよ。シリーズ一作目にふさわしい大舞台じゃないですか」
「連作なの? 主人公誰よ」
「アリアンローズとモンドリア。アリアとモンドの二人主人公で、回復の聖女と封術の聖女のバディものになります」
「アリアと」
モニカはアンネリーゼを指差した。
「モンド」
次は自分を指差す。
「え~最高じゃな~い。ゲートルド語で書いてね!」
「なんでですか。無理ですよ」
「だってあたしハルツェンバイン語読めないんだもん。ゲートルド語だったら読んであげるわ。それに、たぶんそれハルツェンバインよりゲートルドのほうがうけるわよ。ハルツェンバインの聖女ものって、聖女が王様王子様を支える話ばっかりじゃない。ゲートルドは悪い聖女も強ければ人気あるけど、ハルツェンバインの聖女はみんないい子でしょ」
「いい子の聖女枠は聖女ミリアがいるからもういいんですよ。僕はハルツェンバインにも個性的な聖女を普及させたいんですー」
「じゃあ大きく当ててゲートルド語に翻訳してもらって!」
「ええ。その意気で書きますよ。この作品は毎回、アリアとモンドのほかにゲスト枠があります。アリアとモンドはどっちも力のある聖女だけど、攻撃力がないですからね。ゲストは攻撃担当です」
「なるほど。今回はローね」
「そうですね」
「実際、ローがいなかったらあたし、アルヴァロにハルツェンバインに帰らせてもらえなかったかもしれないしね。持つべきものは地位と魔力のある元恋人ね。あははは!」
モニカとワスの軽口をぼんやり聞いていたアンネリーゼが、ふと思いついたように「元なの?」と訊いてきた。
「元よ、元。決まってるでしょ!」
「そう……」
「なんでだろう? ローさんよりアンネリーゼさんのほうが残念そうな顔してますけど」
「別に……」
アンネリーゼがまたぷいっとそっぽを向く。
「もしかしてアンネちゃん、あたしのこと『お母様』って呼んでみたいとか?」
冗談を言ったら、アンネリーゼがキッ!とにらんできた。
「ふざけるのも大概にしていただけなくて? どうしてわたくしが、あなたのような下品で強引で考えなしの女をお母様なんて呼ばなければいけないのかしら? あなたなんて他人よ。魔人だのアンネちゃんだの好き勝手に呼ばれるのも腹立たしいわ。わたくしは退屈してたからついてきただけだわ。こんな死にそうな目に遭うなんて思わなくてよ!」
「あらアンネちゃんが元気になったわ。目が生き生きしてる」
人を罵り倒すアンネリーゼは本当に目が輝いている。監禁されていたときとは大違いだ。
「あなたって人の話を聞かないし!」
「よく言われるわ~」
「散々だわ!」
「でも楽しかったでしょ」
「怖かったわ!」
「あたしは楽しかったわ。正直、今ワスが話した小説みたいな冒険、アンネちゃんとできたらすごく楽しいと思うわ」
「…………!」
「まあ実際にやっちゃうとアンネちゃん人間に戻れないから誘えないけど。人に戻って王都に帰って、フローラちゃんとお茶会するんでしょ?」
「し、しないわよ!」
「しないの? ならあたしとバディ組んで暴れましょうよ」
「しないわよ!」
「あら残念。もしかしてアルヴァロの寵姫になるの? 誘われてたでしょ。知ってるんだからー」
「なるわけないでしょ!」
「そうね、やめといたほうがいいわ。あの男は女好きのクズよ。ん? でもアンネちゃんも男好きの……」
「モニカさん、お父さんの前ですよ!」
「あらごめんなさい。ほほほ」
口が滑っちゃったごめんねと思いつつモニカがローレンツを見ると、彼も目を細めてゆったりとモニカを見ていた。
(なんかこいつ、顔つき変わってきたわね……)
本来の力を発揮する機会が増えたからだろうか。自信がついた大人の男の顔になってきて、なんだか癪にさわる。
円熟した美男な上に洗練されたハルツェンバイン貴族だから、がさつなゲートルド宮廷では優雅さで際立っていたし、何よりあの魔力だ。ゲートルド王アルヴァロがモニカとアンネリーゼを自分の駒にしたがっても、ひと睨みで黙らせた。
あの残虐非道のアルヴァロに気迫勝ちするなんて、ちょっとかっこいいと思ってしまった。本当に癪にさわる。
「大変だったけど、うまくいって良かったわ。王様の命と地位救って大恩売ってやったし、もうゲートルド宮廷から追っかけまわされることはないでしょ。平和なハルツェンバインでのびのび暮らそ」
「ブランケン領の残党もいますし、油断しないでくださいね。モニカさん」
「ローに関係ないでしょ」
そう言い放ってやったらしゅんとした。大人の男になったと思ったが幻だったのか。
「関係ないわけなくてよ。あなたたちの娘が王妃になるのよ」
「アンネちゃんの口からその話が出るとドキッとするわ……」
「別にもうよくてよ。王妃の座が欲しくなったらゲートルドへ行くわ」
「本当にゲートルド王妃になれそうなところが怖い。アンネちゃんなら正妃も並み居る寵姫もぜんぶ蹴落とせるわ。ていうかアンネちゃん向いてるわ。ハルツェンバイン王妃よりずっと」
「最終話それにしようかなあ~。『アリア王妃になる』」
「いいわねえ! 派手で」
わいわいと語らいながら、一行は馬車にゆられ国境へ向かった。
カレンベルク家の領地は王城へ向かう途中にある。全員領主館に行き、ローレンツだけ日を改めて王都へ向かうこととなった。
そして長い旅路でへとへとになった一行が、ようやくたどり着いた領主館で最初に目にしたもの。
それは門前に立ちはだかる、怒りに滾った婿養子アウレールの姿だった。




