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94・モニカとアンネリーゼ


 ゲートルド王都の夕刻の空は、魔物の鳥で埋め尽くされて夜のごとしだった。

 モニカはゲートルド城の窓から怪鳥の群れを眺め、キュプカ村でも似たような光景を見たのを思い出した。


(あれは虫だったけど)


 怪鳥は魔法の風で空中に吹き集められ、あとは焼かれるのを待つばかりなのも同じだ。二度目だからローも手際よくやるだろう。


「魔人ちゃん。王様癒せそう?」

 モニカは物でも見るような目で、赤い絨毯に転がったゲートルド国王を見下ろした。血まみれでぐったりしていて、臣下が恐れる冷酷な相貌もどこへやらだ。


「とっくに癒し終わっていてよ。すぐに目を覚ますわ」

「はっっっや! ズタボロで瀕死だったのに。さすが魔人ちゃん」

「魔人呼ばわりやめてくださる? 魔女のほうがましだわ」


 赤い瞳を迷惑そうに眇め、絶世の美女たる魔性の女が文句を言う。


「あっ。そろそろ魔人ちゃんのお父様の炎上芸が始まるわよ」

 魔性の美女の言うことを無視して、モニカが窓の外を見た。

「わたくしの言うこと聞いてらして?」


 空に吹き集められた魔物の鳥のさらに上空に、巨大な火の球が出現する。もちろんローレンツのしわざだ。火の玉に照らされた怪鳥の影が、人の住む街に落ちる。この世の終わりのような恐ろしい光景に、城下町の住民は空を見上げて大騒ぎだろう。


 ローレンツ・カレンベルク公爵はハルツェンバイン国の正式な使者としてゲートルド城にやってきて、「たまたま」ゲートルド王家のお家騒動に巻き込まれてしまい、従魔術で操られた魔鳥の群れを「たまたま」始末するはめになった。


(どこからどこまでハルツェンバイン国王の目論見なのかわかんないけどね)


 ハルツェンバイン国王ディートヘルムはなかなかのやり手らしい。内政不安のゲートルドに恩を着せるために、ここぞというタイミングでローレンツという隠し玉を投入してきた。従魔術で操られた魔物を始末して恩を売るついでに、ローレンツの魔力を示して暗に脅しをかける。「おまえの国の王都にその火の球落としたら、どうなると思う?」と。


「ゲートルドじゃ目が赤くなったら魔人って言うのよ。いいじゃない、ハルツェンバインみたいに忌まれてもないんだから。強けりゃなんでも価値があるのよ、この国は」


 モニカの足元に転がった男がううっと小さく唸った。

 内臓から皮膚まで魔人が治したからさっさと起きやがれと蹴っ飛ばしてやりたくなったモニカだが、つま先で小突くだけでやめておく。一応、この国の国王なので。


「モニカ。あなたゲートルド王とどういう関係なの?」

 モニカの心無い態度に、アンネリーゼが問う。


「純情を弄ばれたのよ。昔の話だけど。あとであたしの失恋話、聞いてくれる?」

「あなたの話を聞く義理はなくてよ」

「いやん冷たい。友達じゃないの」

「とっ……友達になった覚えはなくてよ!」


 語気荒く言い返す彼女の、頬がほんのり赤い。


(かわいいなあ)


 この子は愛と言ったら性愛しか知らず、男を手玉にとるのはお手のものだが、「友情」とか「家族愛」とかになると照れてめためたになるのだ。普通は逆だと思う。生まれやら性格やら能力やら美貌やらの要因が重なり、順番を間違えて育ってしまったようだ。


「友達だから『魔人ちゃん』やめて『アンネちゃん』って呼んであげる」

「わたくしはアンネリーゼよ! 勝手に縮めないで」

「友達は愛称で呼ぶものよ?」

「だから友達なんかじゃ……」


「あんたらこの状況でよくわちゃわちゃ喧嘩してられますね!?」

 畏れ多くも王座の影に身を隠して、ワスがわめいた。


「死にかけだった王様が転がってて、空は魔物でいっぱいでおっきい火の玉が浮かんでて、外に簒奪者の軍隊がいるだけじゃない」


 兄から王位を奪おうと企んだ王弟が、兄を半殺しにしたり従魔術で魔物を呼び寄せたり兵を城に向かわせたり、というのが今の状況だ。ちなみに今いるここはゲートルド城の謁見の間で、仰々しい玉座が据えてある豪華絢爛な部屋だ。


「そこに古い転移魔法陣蘇らせたから、いざとなったら逃げればいいし」

「あっ逃げられるんですか? それ先に言ってくださいよ~。なーんだ」

 途端にワスが肩の力を抜く。

「あんたも場慣れしたわねえ」

「おかげさまで。いやあ、すごい取材になったな~。ゲートルドの王族って兄弟仲悪いんですね」


 一度ゲートルドに取材に行ってみたかったんですよ~と軽いノリでついてきた作家は、ようやくいつもの落ち着きを取り戻した。




 モニカがゲートルドに来るに至った事の起こりはこうである。

 第一王子ディートハルト一行との魔物討伐の旅を終盤で抜け、モニカはキュプカ村へ戻った。モニカの持つ封印・解除の聖女の力はハルツェンバインのあちこちでバレてしまったが、石化で十五年も歳をとるのが止まったのだし、すぐには身バレしないだろうと思っていた。


 が、甘かった。


 ある日買い物のために町へ出たとき、モニカはゲートルド王の配下に遭遇した。配下の男はモニカにこう言ったのである。


「あなたが我が王に協力しないなら、あなたの娘に協力を願うしかないですね」と。


 そのゲートルド語をハルツェンバイン語に翻訳するとこうなる。

 「お前が来ないなら娘をさらう」だ。


 王子様の愛を得てしあわせいっぱいの娘が隣国にさらわれるなんて、冗談ではない。絶対に絶対に絶対に駄目だ。


 というわけで自分が行くしかないのだが、行ったら帰れる保証はない。ゲートルドの王侯貴族がどれだけ横暴かは身に染みている。ハルツェンバインでもこのところ反貴族の気が高まっているようだが、ゲートルド貴族のあくどさは上品ぶったこの国とは質が違う。もっとずっと野蛮でわかりやすい。さらうとか脅すとか奪うとか殺すとかが平常運行で、別段隠しもしないのだから。


 なので、あまりハルツェンバインの人たちに助けを求めたくなかった。

 やさしい彼らを巻き込みたくない。


 ゲートルドの野蛮さに適応できそうな強くてやさしくない人になら、一緒に来て助けてもらいたいけれど。


 そこまで考えたとき、一人いるなあと思いついた。

 ゲートルドにめちゃくちゃ適応できそうな女が。


 ハルツェンバインの貴族社会は寄ってたかって彼女を排除したがっているようだが、ちょっともったいないと思う。魔人なんて使いようなのだ。力を使い過ぎると暴走することがあるけれど、魔封じのできる自分なら暴走くらい簡単に防げるわけで。



(連れてっちゃお~っと)



 かくして、モニカはカレンベルク家の領地を訪ねることにした。

 領地滞在中の元恋人はモニカの訪問に驚いたようだが、手厚くもてなしてくれた。ちょっとそわそわしていたので、何か期待を持たせたなら悪かったと思う。


(別に復縁とかないからね。用があるのはあんたの娘だから)


「アンネリーゼは元気にしてる?」

 そう切り出したら、ローレンツは表情を曇らせた。

「もしよかったら、会ってあげてくれませんか。彼女を訪問する人は誰もいませんから……」

「お安いご用よ」


 アンネリーゼは領主館の別館に監禁されていた。監禁と言っても牢獄に入っているわけではなく、貴族らしい整った部屋から外に出られないというだけだ。別館は全体に結界が施されており、移動魔法は通さないようになっていた。鍵はアンネリーゼの部屋と玄関の二ヶ所だ。


 モニカは別館を案内されながら、封じてある古い移動魔法陣の気配を探った。こういう歴史のある建物は、大抵封じられたまま忘れられた魔法陣が三つ四つあるものだ。


(あるある。楽勝楽勝)


 ローレンツがアンネリーゼの部屋の鍵を開ける。前に王都の屋敷に来ていたモニカさんだよとかなんとか説明しているが、アンネリーゼは覚えていないだろう。向こうに会う理由はないので面会は断られると思った。室内の魔法陣の気配を確かめたから、こっちももう用はない。


「会うそうですよ」


 意外だった。


 そうっと室内に足を踏み入れると、髪を結わずに流したままのアンネリーゼがこちらを見ていた。顔にうっすら傷跡がある。ミアが癒しの力を封じたんだっけと思い出した。


(あーらら。目が死んでるわ)

 アンネリーゼの赤い瞳は光を失い、どこを見ているかすらよくわからなかった。


 彼女が座る長椅子の前のテーブルには、手紙が山と積まれている。同じ筆跡で、おそらく女性からだ。アンネリーゼが今手にしている手紙も同じ筆跡だった。


「アンネリーゼは一日中、妹の手紙を読み返していてね」

「ほかにすることがないだけよ」

 アンネリーゼが死んだ目でそう言うものの、部屋には本がみっしり詰まった本棚もある。


「本読まないの?」

「読書は嫌いだわ」

「あたしもよ」

 ローレンツが後ろでクスッと笑った。


「退屈だわ……」

「わかるわ。こんなのあたしだったら死んじゃう。閉じ込めるくらいならいっそ殺せって思うわねー。どう? あたしと一緒に出かけない? ちょっとゲートルドから呼び出し食らっててさあ。あたし、領国一つ潰したことがあるから、ゲートルドから目ぇつけられててやばいのよ。一人じゃ不安だから連れが欲しいの。強い子がいいわ。あんた最強の回復系でしょ」


「も、モニカさん!?」

 ローが慌てている。いきなりこんなことを言い出せばそりゃ慌てるだろう。


「力はもうないわ……」

「バカね。あたしを誰だと思ってるのよ? 封印・解除の古代の聖女よ」


 親指で力強く自分を指差しそう告げると、アンネリーゼの赤い瞳に一瞬光が宿った。


(ほらね。こういう子よ)


 ハルツェンバイン基準だと極悪の魔女かもしれない。でも、アンネリーゼのような力も熱量も高い人間を幼いうちからこの国のお堅い貴族社会に沿わせようとすれば、そりゃあひん曲がることもあるだろう。


「後で迎えにくるわ」

「モニカさん!? それってどういう――」

「安心してね。ローじゃあたしの邪魔はできないから。じゃあまたね~」

「モニカさん!? モニカさん!?」


 ドアを閉めながら、腕に縋りついてくるローレンツをはねのける。


「うるさい! あたしこういうの大嫌いよ。閉じ込めて反省させるとか、ほんと嫌い!」

「そうは言ってもけじめというものがあります」

「あの子のけじめのつけ方はこれじゃないわ!」

「ならば一体どういう……」

「知らないわよ! わかるのはこれじゃないってことだけよ。いいからあの子あたしに貸しなさい。少しはマシにして返すわよ」

「モニカさん……」


 自分だって帰れる保証はないのに、返すと言ってしまった。これは頑張らないといけないなと思っていたら、ローがまた縋りついてきた。


「モニカさんもゲートルドなんて行かないでください……」


「泣くなうっとうしい! あたしにもあたしの落とし前ってもんがあるのよ」




 その後、ローレンツが何をどう思ったのかわからない。翌日の晩アンネリーゼを迎えに行くと、別館の玄関もアンネリーゼの部屋も、鍵が開いていた。モニカは結界も魔法陣の封も解くことなく、ごく普通にアンネリーゼを外に連れ出せたのだった。


 ゲートルドには北領経由で行くことになっていた。

 ガウに会っていきたかったけれど、察しのいいガウに何か勘付かれるとまずい。留守の間にアジトに書き置きだけ置いていこうとしたら、ワスが取材に来ていた。



「これもしかしたら、『風撃の王子』番外編が書けるかも」



 バカがもう一人増えたわと思いながら、謎の三人組はゲートルドへ向かった。



 ローレンツがハルツェンバイン国の使者としてやってくることは、王弟の武装蜂起で大騒動のゲートルド城で彼に会うまで、モニカはまったく知らなかった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] これはモニカに春の予感… ローとゲートルド王の間で火花が散るやつでは…!(わくわく
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