93・アンネリーゼ失踪
「婚約式はいつだいつだってワスがしつこく訊いてきたのはこういうことね……」
ディートハルトがミアの部屋に持って来たちらしが、全てを説明していた。出版社が出す刊行案内のちらしだ。
第一王子ディートハルトと聖女ミアの婚約が、婚約式の日取りとともに公表された。
本来、内々でこじんまり行う王族の婚約式は、国をあげての祝い事となる結婚式と違ってそう大きな話題となることはない。しかし今回に至っては少々事情が違う。
国民は第一王子ディートハルトと聖女ミアがくっつくのを今か今かと待っていたのだ。『風撃の王子 辺境戦隊編』では、最終回で『ディータス八世』と『聖女ミリア』が婚約した。そうなったら本体もくっついてもらわないことには落ち着かないとばかりに、婚約発表が待たれていたのだ。
婚約が話題になったと同時に、『風撃の王子 旅立ち編 上巻』の発売日が公表された。書き下ろしで、発売日は婚約式の直前である。完全に乗っかってきている。
「商魂逞しいなあ。さすがだ」
なんだかんだでディートハルトはワスに一目置いている。前向きで熱量が高いどうしで相通じるものがあるのだろう。
「ディーが家出するところから始まるんでしょ?」
「俺じゃない。『ディータス八世』だ」
「あっそうか」
「ミアまでごちゃまぜにしてどうする。国民にも絶対ごちゃまぜにされるから、監修させてもらったぞ。まずいこと書かれたら困る」
「本人公認なわけね。監修がバレたらますますほんとのことだと思われちゃうんじゃない? もう伝記だね。古代の神話もこんなかんじで書かれてそう。本当にあったことより三倍くらい盛ってる」
「ものすごくあり得そうだ」
「わたしたち、神話になっちゃう?」
「ワスが書いた小説が公式? 勘弁してくれ……。こんなことなら新聞記事と同時に小説も公開しろとか言わなきゃよかったかなあ。でもあれ冒険者集めに効果あったからなあ……」
ディートハルトが自分で蒔いた種の結果に悶えている。
「王妃様まで引っ張り出しちゃったもんね。あの小説」
「母上は元々そういうノリの人だからな……。あの思い切りのよさに父は惚れたんだろ。自分は周りの反対押し切って結婚したくせに、どの面下げてフェリクスの結婚を指図しようとするんだか」
「陛下も難題だけど、まずはフェリクス殿下にフローラを落としてもらわないと」
「そうだった。あいつ、そんなことできるのか? 言い寄られたことなら山ほどあるだろうけど逆は絶対ないぞ」
「でしょうねえ」
二人で悩んでいると、ヘッダが手紙を持ってやってきた。
「あっガウから? 返事待ってたんだ。ガウ、婚約式来てくれるかなあ。母さんは宮廷に警戒心持ってるから無理だろうなあ……」
ミアが受け取った手紙をごそごそ開けていると、せわしない足音とともにアウレールが部屋に駆け込んできた。
「失礼!」
「なんだよアウレール血相変えて。節度なら保ってるだろ、節度なら。ほらミアとの距離ならこんなに……」
「殿下、大変なことになりました」
「なんだ」
アウレールのただごとではない様子に、ディートハルトが表情を引き締める。
アウレールが口を開こうとしたそのとき、ガウの手紙を開いたミアが「ええっ!」と大きく声をあげた。
「ミアまでどうした?」
「母さんが、書き置き残してゲートルドに行っちゃったって!」
「モニカが? ゲートルドなんかに行ったら捕まるんじゃないのか? 書き置きって――」
ミアは手紙の文面をディートハルトに見せた。モニカの書き置きをそのまま書き取った箇所だ。
「『げーとるどにおとしまえつけにいく』? なんだ落とし前って」
「それだけじゃないの。ワスからも書き置きがあったみたいで」
「ワス? ワスもガウのアジトに行ってたのか? 取材?」
「よくわかんないんだけど、『モニカさんが魔女連れてゲートルドへ行くそうなのでお供します』って」
「魔女!?」
「魔女!?」
ディートハルトとアウレールは同時に叫んだ。
「魔女」なんて、今この国には彼女しかいないわけだが――。
「アウレール。君の用事は……」
ディートハルトがおそるおそる尋ねる。
「……領地に監禁中のアンネリーゼがいなくなったのです」
しばし、部屋が沈黙に包まれた。
「お父様もゲートルドだよね……」
最初に口を開いたのはミアである。
「ああ。ローレンツは正式にハルツェンバインの使者としてゲートルド城に向かった」
「どうなってるの……」
「どうなってるんだ、アウレール」
「こちらが知りたいですよ……。でも謎がひとつ解けました。領主館には結界が施されていて、転移魔法で逃げられるはずがないのに鍵を壊した形跡もなかったのです」
「結界なんてものともしない人間がいるからな」
「わたしやってないよ」
「当然だ」
三人で顔を見合わせて、同時に叫ぶ。
「母さああああん!!」
「モニカああああ!!」
「モニカさんっっ!!」




