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87・冬の青空


 初冬の空は青く澄んでいて気持ちがいい。


 ミアは庭園の木の上にいた。高い木に登れば、景色が広がってお城の息苦しさも少しは薄らぐ。見張りの衛兵はとんだ令嬢だと呆れているだろう。ミアを叱るアウレールは家のことが忙しくて、近ごろ王城へやってこない。


(カレンベルク家どうなっちゃうんだろうなあ……)


 魔性に堕ちたアンネリーゼの今後が決まった。

 力を封じられた二番目の姉は、王都から離れたカレンベルク家の領地に送られて静養する。静養という名の監禁生活だ。聖女精察で水に濁りが出なくなるまで、王都には戻れない。


 もしキュプカ村の襲撃で死人が出ていたら、アンネリーゼは地下牢から出ることも叶わなかったそうだ。その点、彼女はキュプカ村を守ったディートハルトと父ローレンツに救われたと言える。


 しんどいのは、アンネリーゼを火あぶりにしろとまで言う過激な人たちがいることだ。聖女を崇めることの裏返しで、魔性に堕ちた聖女に嫌悪感が大きいのかもしれない。


(どうかフローラに、過激な人たちの声が届いていませんように……)


 フローラは聖堂をずっと休んでいるそうだ。ヤスミンも手紙で心配していた。

 ミアの元に来るフローラの手紙はアンネリーゼのことばかりだ。食事もろくにとっていないようで、このままではフローラが病気になってしまう。気丈なドロテアだっていつか倒れてしまいそうだ。いくらアウレールがついているとはいえ……。


「はあ……」

「元気ないな、ミア。心配だ」

「…………!?」


 ここは大樹の上だ。

 どうしてすぐそばから声がする!?


 びっくりして声のほうを向くと、隣の枝にディートハルトがいる。


「な、なんでディー!? 気配がしなかった!」

 ミアは魔力の気配が読めるので、ディートハルトほどの魔力の持ち主なら近くに来たら気付くはずだ。


「ジェッソに防御魔法かけてもらった。俺自身を防御魔法で覆えば、魔力が漏れないからミアに気付かれない」

「うう。そんな技を」

「なんで俺を避けるんだミア。聖女ミアならさっきまでいましたっていろんなところで言われるんだけど。俺の気配がすると逃げるのはなぜなんだ」

「そ、それは……その……」

 返答に困る。


「俺といるのが嫌なのか?」

「ちがう! そうじゃなくって、その……恥ずかしいから」

「恥ずかしい?」


「だって、だってみんな、この二人はくっつくんだろうなーって目でみるじゃない。小説のせいで……。それにディーは今、正式な婚約者がいないし」

「くっつくんだろうなーっていうか、くっつくんだけど。ていうかもうくっついてるんだけど。そっちの枝移っていい?」

「だめ!」

「なんで?」

「恥ずかしいから! 衛兵の人みてるし」

「追い払おう」

 ディーが衛兵の見える位置に身を乗り出す。


「だめーっ!」

「……わかったよ。ミアの心の準備ができるのを待つよ。ミアの実家も今大変だからな。アウレールもあんまり来ないし」

「うん。ごめんね。カレンベルク家どうなっちゃうんだろうなあ……」


「分家筋はともかく今の本家は、アンネリーゼは別として権力に固執するかんじじゃないから、しばらく大変だろうけど将来的には幸せにやってけるんじゃないか? アウレールは仕事が出来るしドロテアとは腹立つくらい仲いいし、ドロテアは気丈で真面目だしローレンツはふっきれたっぽいし、フローラ嬢は俺よく知らないけど美人で性格もいいんだろ。ミアは俺と結婚して末永く幸せに暮らすわけだし。あとはアンネリーゼが更生すれば万々歳だろ。そこが一番難しいだろうから、今はそのことを考えよう。ほかなんか問題あるか?」


「…………ない」


 よく考えたらなかった。


「悪評なんて消えるときは消えるし」

「バカバカ言われてた人が言うと説得力あるなあ」

「フローラ嬢の結婚相手探しに困ったら、うち一応王家だからいろいろツテあるし」

「あっ、そこは後で是非とも相談させてほしい。っていうか、ディーってすごいね」

「なにが?」

「前向き」

「そう?」

「自覚ないんだ……」


 石化から戻って一時間で場を仕切り出したとアウレールがびっくりしていたから、この王子の前へ進む力は本物なのだろう。城を出たいからと計画を立て、魔物に乗って王都脱出したくらいだから筋金入りだ。


「たしかに、名家でゴザイマースって無駄にこだわらなければ、時が解決してくれそう。王家捨てたことある人は言うことが違うわ、うん」

「名家でいようとし続けると逆にやばいんだよな。王家継ぐ奴が何言ってんだってかんじだけど」

「ほんとにねえ」

「他人事みたいに言うなよ。王家の存続にはミアだって参加するんだぞ。そっちの枝移っていい?」

「ひぇっ! だ、だめー!」

「わかったよー。でも木の上ちょっと寒くない? 寄り添ったほうが良くない?」

 全然わかってなさそうにディーが言った。


 王都の冬空はどこまでも高く澄んでいて、そう言えばディーとこの季節を過ごすのははじめてだとミアは思った。


 季節はめぐり、時は流れる。


 いつかまた、フローラがアンネリーゼとお茶会できる日が来ますように。


 その日までフローラに寄り添い励まし続けること。ミアが三番目の姉のためにできることはそれくらいしかない。


「アンネリーゼお姉様が領地に向かう日、フローラと一緒に見送らせて」

「うん」



 恐ろしくて憎らしかった二番目の姉。

 でも今は、人に戻って帰ってきてほしいと願わずにはいられない。


 フローラのために。

 アンネリーゼを愛しそびれた、カレンベルク家の家族のために。



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