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81・だんだん良くなってくる


「長かっ……たあ! やったー! ただいま王都~!」


 幌馬車が城下町にある古い凱旋門をくぐり、ミアは歓声を上げた。

 特級魔獣討伐の旅は、とりあえず一段落したのだ。


「城を出て五ヶ月か。もっと長かったような気がするな」


 初夏から秋の気候のいい季節をほぼ旅先で過ごした。ディートハルトも馬車から身を乗り出し、ひさしぶりの王都の景色に目を細める。


「あんまり乗り出したらバレちゃいますよ、『ディータス八世』殿下」

「おっと。『ディータス八世』の王都帰還はまだ先だった」

「連載はまだ続きますからね。僕の中で旅はまだ終わってないんです」

 すっかり王子一行になじんだワスが、きりりとした顔で言う。


「第一王子ディートハルトは帰って来たのに『ディータス八世』はまだ旅を続けてるってのも変なかんじだな。でもなんでディータスのほうに合わせて俺がこそこそしなきゃいけないんだ? わけがわからなくなってきた」

「わたしも『聖女ミア』だか『聖女ミリア』だか、自分がわかんなくなっちゃいました」

「一足先に戻られた『聖女マリエッタ』は大丈夫でしょうかね」


 親衛隊のみんなも笑っている。

 なんとか全員無事、旅から戻ることができた。ガウは王都には来ずに、逃げるようにキュプカ村へ帰った。国家事業などという仰々しいものに関わった覚えはないと言って。モニカに至っては実際、旅の終わりに逃亡した。城へ連れ戻されると警戒したのだろう。


 幌馬車は人々で賑わう城下町を抜け、一路王城を目指した。


「お城を出るときは騎士団ぶっちぎって出たのに、帰りは歓迎されるって変なの……」


 王城へと続く大路の両脇に、王立騎士団が整列している。

 第一王子ディートハルトの乗った馬車が大路を通りかかると、騎士たちが国旗を掲げ、一斉に大任を終えた王子の一団に敬礼をした。




「第一王子ディートハルト殿下及び、国境魔物討伐隊のご帰還です」


 はじめて登城した日から、もう何度目かの謁見の間。

 緋色の長いカーペットの先にある玉座を見上げ、ミアは今日が今までで一番、晴れがましい気持ちだった。


 ディートハルトのやってきたことがようやく国家に認められた。

 国の仕事として望まれ、立派にその任を果たして帰ってきた。


 第一王子ディートハルトはもう馬鹿王子と言われることはないだろう。民を魔物の危機から救い、国境地域の損害を防ぎ、国の安定に寄与した英雄だ。


 ミアはディートハルトが誇らしかった。

 ハルツェンバイン国の聖女としてディートハルトを補佐し、辺境の地を救う一助となれたことが誇らしかった。


 ジェッソも、ゲルルクはじめ親衛隊の面々も、ちゃっかりこの場にいるワスも。持てる力を存分に発揮し、戦いの要となった父カレンベルク公爵も。

 そしてガウと母モニカ、後に続いてくれた王立魔物討伐隊の面々、協力してくれた民間の冒険者たちも。


 全員が、全員の仕事が、誇らしかった。



「よくやった」



 皆に向けられた、王の簡潔な第一声。

 国王ディートヘルムは静かな瞳で玉座から第一王子を見つめ、次に討伐隊を一人ずつ見た。


 王としての言葉なのか、個人としての言葉なのか。

 きっと両方だろうとミアは思った。


「そなたらは皆、精霊のしもべとして最良の仕事を成した。皆にハルツェンバインを守護する精霊の加護が与えられるだろう。――王として、誇りに思う」


 後ろに連なるミアにディートハルトの表情は見えない。背筋の伸びた背中が見えるだけだ。

 十五のころより広くなったその背に負うものはとても大きい。


 でもきっと、厳しさの中にも晴れやかさのある顔をしていることだろう。



 いつか彼の隣に立ち、その背に負うものを分かち合いたい。

 この国の未来を共に背負いたい。



 ミアは心から、そう思った。




 謁見を終え、ひとまず体を休めるため各部屋に散ることになった。

 ディートハルトは待ち構えていたユリアンに早速まとわりつかれていた。横でフェリクスが「ユリアン、兄上はお疲れです」と弟をたしなめている。ゲルルクがその様子を指し、「恒例なんです、あれ」と笑っていた。


 ユリアンに見つかったら自分も絶対まとわりつかれると予測したミアは、「助けろ」と目で訴えてくるディーに「ごめん」と身振りで返して、そそくさと自室となっている第三王子の侍女部屋に向かった。


「はーつかれたつかれた。うさこ、くまお、ただいま~」


 すっかりなじんだ侍女部屋のドアを開け、いつもの調子でぬいぐるみに声をかける。


「おかえりなさいませ~ミア様」

「おかえりなさいませ、ミア様」


 出迎えた二つの声に、ミアの足が止まった。


 一瞬、王宮ではなくカレンベルク家に帰ったのかと錯覚してしまった。


 なつかしい、二人の声。


「シシィ! ヘッダ!」


 ミアは部屋に駆け込むと、十歳に戻ったかのように、慣れ親しんだ部屋付きメイド二人にがばっと抱きついた。


「カレンベルク家クビになったからお城で雇ってもらいました」

「滅多なことを言うものではありません、シシィ」

「冗談で~す。王宮で恥をかかないようにって、ドロテア様のすごい特訓受けてきました。ミア様の気持ちがわかりましたよ!」

「その口ぶり。特訓の成果がまるで出ていませんよ、シシィ」

「ヘッダはミニドロテア様なので無問題なんですよね」


「うわ~ん。なんでもいいよ~! ふたりに会いたかったよ~!」

 ミアは感激のあまり半泣きだ。


「私もで~す」

「私もです、ミア様」


 シシィとヘッダと再会を喜びながら、今日はなんていい日だろうとミアは思った。

 王立騎士団に出迎えられて、王様に褒められて、シシィとヘッダが待っていて。


 だんだんと少しずつ、いろんなことが良くなってくる気がする。

 王様の言葉にあったように、精霊のしもべとして良い仕事を成したから、精霊の加護が与えられたのだろうか。


(だったらいいな)



 願わくば、愛する王子様にも、あふれんばかりの精霊の加護がありますように――。




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