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75・明日からまた、特級魔獣狩りの旅


 アジトの前庭はかつてなく賑わっていた。


 買い手のついた魔物の素材切り出しをするギルドの面々と、ドロテアの癒し待ちの人々である。ガウと騎士たちも交じって、皆の疑問に答えて魔虫騒動の説明をしたりしている。


 ドロテアはせっかく来たのだからと、キュプカ村の人たちに癒しを施すことにしたようだ。ガウやモニカが討伐を頑張ったとはいえ、国境のキュプカ村は多くの魔物被害を被っていた。


 ミアは準聖女経験を活かして、細々と聖女ドロテアの手伝いをした。魔物被害者の村人たちが、ドロテアにありったけの感謝を述べて、軽くなった足取りで帰っていく。


 モニカがめんどうを見ていた赤ちゃんのお母さんも来た。魔物に爪で足の腱を切られて歩けなくなっていたらしい。傷跡まできれいにとはいかなかったが、痛みのとれた足で庭を歩き、我が子を抱いて笑顔を見せた。その笑顔に、ドロテアも満足そうに目を細めていた。


 やがて癒しに訪れる人が途切れたとき、ドロテアがぽつりと言った。


「キュプカ村に来てよかったです」


 長時間癒しを行って疲れただろうに、ドロテアの顔は晴れやかだった。


「みんな喜んでいましたね。こんな僻地に聖女はいないですから。ドロテアお姉様、きっとこの先何年も語り草ですよ。魔物被害に遭った人はもちろん、なんでもなかった村のおばちゃんたちだって、あたしゃ聖女様に腰痛みてもらったんだよって大はしゃぎでしたもん」


「……はじめて、母の気持ちがわかった気がします」

「コルドゥア様の?」

「母は、求められればハルツェンバイン国のどこへでも行きました。わたくしは王都の下町がせいぜいですから……。まだまだですね」

「お姉様だってご立派です」

「フローラの気持ちもわかった気がします。カレンベルク家の体面を気にして、フローラの準聖女志願を退けようとしたこと、恥ずかしく思います」

「フローラお姉様を思われてのことでしょう?」


 ドロテアは小さく首を振った。


「体面ですよ。わたくしは体面ばかりです。由緒あるカレンベルク公爵家の名に恥じないようにと、そればかり。アンネリーゼに対しても、大人になればわかってくれるだろうと期待して、事を荒立てることを恐れ続けて……。対話すらあきらめていました。引け目があったのでしょうね。大聖女の娘としては、わたくしは力が乏しいですから」


 ドロテアは自分の両手のひらをじっと見つめた。


「けれど、乏しいなりに人を助けることはできます。体面は、もういいです。わたくしがこんなで、アンネリーゼがあんなですから、カレンベルク本家はわたくしの代で家勢を落とすことと思います。しかし、それが自然です。自然には抗わずにいきましょう」


 そう言って顔をあげたドロテアの表情は、とても清々しく美しかった。


「これからいろいろ大変でしょうが、アウレールが隣にいてくれれば、わたくしは戦えますから」

「あはは。それ、お義兄(にい)様に言ってさしあげてください」

「いつも言っております」

「そうでした」


「ディートハルト殿下も、とても大きなものを背負ってらっしゃるのですね。恥ずかしながら、今まで存じ上げませんでした。そんな殿下が、伴侶にミアを望まれるのです。あなたが隣にいることを望まれるのです。殿下のお気持ちも、わかる気がします。あなたは近しい人に勇気を授けることができます」

「ドロテアお姉様……」


「わたくしがあなたに与えた淑女教育は、すべて役に立つと思いますよ。ミア、あなたは王妃になるのですから」


「――はい」


 ミアは厳しかった一番目の姉の目をしっかり見つめ、次に感謝を込めて丁寧に礼をとった。


「きれいなお辞儀です」


 ドロテアが満面の笑みでほめてくれた。




 特級魔獣を片付け、魔虫騒ぎを起こした悪徳領主と家令を捕えて王都へ送り、魔物も売り捌いた。そろそろ次の地域へ向かう段取りである。


「エリンさんとクリンさんには来てもらえないのか」

 ディートハルトは残念な様子だ。


「あいつらは生まれ故郷を魔物に潰されてるからな。女房子供を置いて旅に出ようとはせんよ」

「そうだな……。それも大事なことだよな。エリンさんとクリンさんがキュプカ村を守ってくれるから、心置きなくガウさんとモニカさんに来てもらえるわけだし」

「老いぼれでよけりゃあこき使えや」

「ありがとう。助かる。実はこの計画、最初っからガウさん頼みなとこがあったから」

「俺も高く買われたもんだわなあ。ちったあ長生きしてみるもんだな。俺は、あっちこっちのギルドに顔出して、王子手伝ってやれやって言っときゃいいんだろ? 老いぼれが戦わんでも、でかい戦力が加わったわけだしよ」


 ガウがローレンツ・カレンベルク公爵のほうへ顔を向ける。

 教師に突然指名された生徒のように目をぱちくりする父親を見て、ミアは吹き出しそうになった。

 そういえば、父はガウのことを「先生」と呼んでいたっけ。


「知らんかったぞ。おまえのあんな力」

「陛下に口止めされておりまして」

「勝手についてきて、王様に怒られるんじゃねえのか?」

「そうですね。でもまあ、二度目ですし」


 何が「でもまあ、二度目ですし」だとミアは思った。長女と婿養子に「父をお願いします」などと言われ、どっちが親だかわからない。


 でも「先生」と「お頭」に挟まれてちょこんとしている父親は、なんとなく居心地よさそうに見えた。王都の屋敷でも長女に頭が上がらなかったから、そういう性格なんだろう。


「父親同伴ならミアに手を出す不埒な男もいないでしょうね」

 アウレールの言葉にミアはぎくりとする。


「君のほうが父親みたいだけどな」

 名指しされたわけでもないのに、ディートハルトが憮然と言った。


「ヒーロー枠、美少女枠、魔導士枠、老剣士枠、重点攻撃枠……あああ~回復系がほしい。男前な王妃様マジで来ないかな……」

 ワスが書き物をしながらぶつぶつ言っている。



 明日からまた、国境特級魔獣狩りの旅だ。





第八章終了。第一王子一行の旅はまだ続きます。

次章、アンネリーゼにも焦点が当たっていきます。


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