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72・俺はミアを正妃にする


「ぎゃあああああ! 言っちゃった!」

「なんだよぎゃああって」

「言うつもりなかった。言うつもりなかったのに」

「俺はいつか言うつもりだったよ。言わせるつもりだったし」

「言わせるつもりだったって何!」

「だってミア、俺のこと好きなんだろ」

「~~~~~!」


 絶句するしかないではないか、こんな展開。


「好き、好きだけどね、でもっ、でも」

「ムードがなかったのは謝る」

「そういう問題じゃなくて」

「わかってる。そういう問題じゃないんだよな」


 ディーがきつく掴んでいた手を少し緩める。でも離すつもりはないようで、手首からずれた手がそのままミアの手を握ってきた。


 ――ふつうに手を繋いでいる状態になってしまった。


「ディー離して」

「嫌だ」

「誰かに見られたら……」

「どうせみんな気付いてる。俺がミアを好きなことも、ミアが俺を好きなことも」

「そんな!」

「親衛隊のやつらも騎士団のやつらもみんな気付いてて、どうせこう思ってる。『そのうち側室にするんだろう』って。だけどな、ミア」


 ディーが正面から見つめてきた。「側室」という言葉がディーの口から出てきた衝撃で、ミアは言葉を紡げなかった。


 しかし、そんな衝撃はまだ序の口だった。


 ディーは繋いだミアの手を引き寄せ両手で包み込むと、真剣な目で至近距離からまっすぐミアを見て、力強くこう言ったのだ。



「俺はミアを正妃にする。覚悟しとけよ」



 それに対し、ほとんど反射的にミアはこう答えた。



「う、うけて立とうじゃないの」



 このプロポーズもこの返事もあんまりだと、自分でも思った。



     *****



「ねえねえロー、聞こえた? 聞こえた?」


 ローレンツはベッドで目を覚ましていた。傍らに、乳を飲んで満足した赤ん坊が眠っている。

 部屋の窓は開いていて、モニカが外から見えないようにして窓辺に張り付いている。


 先程窓の外から聞こえてきたのは、自分たちの娘が求婚されているところだ。

 求婚者はこの国の第一王子。

 あらゆる問題がかき消えてしまうほどの、まっすぐで真剣なプロポーズだった。


「聞こえました」

「王子やるわねえ。躊躇なし! ムードもなし! あはははは」

「うらやましいですよ。情熱的で」

「カレンベルク家当主としてはどうするの? あんたの娘が第一王子の婚約者の座を追われ、あんたの娘がその座につくかもよ」

「カレンベルク本家当主としては、王妃となるにふさわしいほうを推します」

「当主としてじゃなければ?」

「愛し合う二人を応援したい」

「それ、どっちも同じ結論よね?」

「……そうなりますね」


 ヴァッサー伯爵は、騎士たちがガウの部屋で拘束しているらしい。

 彼は直ちに王都へ送られ尋問されるだろう。

 魔物を使役してキュプカ村を襲撃した動機も探られるだろう。

 そこでアンネリーゼの名が出たら、カレンベルク家の名をもってしても、アンネリーゼの潔白を訴えることは難しいだろう。

 第一王子を二度も危険に導いた。その事実が明るみに出たら、偶然だと受け止める者は少ないだろう。


 だが、罪に問われるかはわからない。アンネリーゼは直接手を下していない。

 アンネリーゼは、聖女の血がすべてを免責すると思っている。


 実際、ハルツェンバイン国は聖女を重んずるあまり、聖女の横暴を許してきた歴史がある。王族や高位貴族に嫁いだ聖女たちが権力に溺れる様は、高位貴族でなければ知りえない。この国では、聖女としての力の強さが地位と権力に重なるのだ。


 しかしコルドゥアは。


 ローレンツのかつての妻、亡くなった大聖女コルドゥアは、権力など歯牙にもかけなかった。権力に溺れることはなかったが、その代わり、聖女の力そのものに溺れた。彼女は家庭など顧みず、ただひたすら求められるがままに、人々を癒し、身分を問わず救った。


 そして彼女は死してなお、大聖女と呼ばれ続けている――。


「浮かない顔ね。ま、あたしにとっちゃアンネリーゼは他人だけど、あんたにとっちゃどっちもかわいい娘だもんね。そりゃモヤモヤするわね」

「すみません」

「謝られたって困るわ。別にいいんじゃない。両方の娘のしあわせを願っても。でもアンネリーゼの王妃ルートはさすがにもうないでしょ」


「いえ……。あります」


「ないわよー。第一王子が全力で拒否するでしょ。悪さだってバレるし」

「ディートハルト殿下を亡き者にすればいいのですよ。王位はフェリクス殿下が継ぎ、アンネリーゼはフェリクス殿下に嫁げばいいのです。コルドゥアの親戚であるカレンベルク家の分家筋は、ミアが正妃となるよりそちらを望むはずです。そしてそれは、アンネリーゼが最も望むことでもある。アンネリーゼの第一王子暗殺への関与を否定できないのは、それが理由です。分家筋による彼女の罪の揉み消しも十分あり得ます」


「ねえ。アンネリーゼってもしかして、第二王子が好きなの?」

「昔からあの子はフェリクス殿下が好きでした。それこそ子供のころから」

「じゃあ、ミアが第二王子の婚約者候補だなんて知ったら、あの女のことだから……。やば! ミアだって危ないじゃないの」

「ええ。考えたくないことですが。こうなったらもう、考えたくないでは済まされません」

「今すぐあの女、地下牢にぶちこんでもらわなくちゃ! ――ああごめん、あんたの娘だったわね。口が滑ったわ」


「……いいのです、モニカさん。私は、アンネリーゼがこれ以上罪を重ねる前に、捕まってほしいと思います。彼女を止めるにはもうそれしかない。私は――無力でした」


 ローレンツは両手で顔を覆った。

 アンネリーゼを止められなかった。

 侍女やメイドを虐待するのも。騎士を誑かすのも。

 気に入らない相手を貶めるのも、気の済むまで痛めつけるのも。

 第一王子の婚約者の座にありながら、よその男と遊び狂うのも。

 己の望みの邪魔になる者は、誰であれ躊躇なく消そうとするのも。



 ――彼女が魔性になっていくのも。



「私は何ひとつ、アンネリーゼを止められなかった……」


「は? 止めたでしょ。この村ぶっ壊すのを。あんたにしか止められなかったでしょ。いいからその調子でやんなさい。明日にでも聖堂から聖女を呼ぶわよ。その怪我治したら、あんた王子とミアの旅について行きなさい。アンネリーゼから王子とミアを全力で守りなさい。ついでに魔物からも守りなさい。未来の王様と王妃様よ。つまりこの国の未来よ。守りがいがあるわねー」


「モニカさん……」


「お頭って呼びなさい。あんた老けても全然変わってないわね。魔力は大きくても気持ちが小物なのよ。でかい力持ってるならでかいことに役立てなさい。いつまでも大人しく王様に飼われてるんじゃないわよ。少しは第一王子を見習ったら? あたしを見習ってもいいわよ。悪の領国ひとつぶっ潰してきたあたしを」


「モ、モニカさん」


「お頭って呼びなさい。ま、あたしはバカだから見習うのはおすすめしないわ。能力バレたからどうせまたゲートルドから追っかけまわされるだろうし。どーしよ!」


「モニカさ……」


「あっやば。騒いだから赤ちゃん起きちゃったわ。おーよしよし。うるちゃくしてごめんねー」


 モニカが赤ん坊を抱きあげる。

 小声で歌いながら赤ん坊をあやすモニカを見て、王都に戻る決心をしなかったら十五年前に見たはずの光景だと思い、切なくなった。


 しかしすぐに思い直す。

 三人の娘たちを捨てるわけにはいかなかった。

 けれど、モニカを愛したことも間違いだったとは思いたくなかった。



 絶対に、思いたくなかった。



「モニカさん」


「お頭。何度言ったら――なにあんた。泣いてんの?」

「すみません……」

「まったくもう。泣き虫なところも全然変わらないわねー」


 なぜだかわからないが、赤ん坊が笑い出した。


 精霊が赤ん坊の身を借りて、愚かな自分を笑っているのかもしれないとローレンツは思った。悪い気はせず、むしろどこか少し清々しい気持ちで、自分でも自分を笑ってやりたくなった。




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