66・キュプカ村へ
「君を王都に戻すのはやめた。協力してほしいことがある」
ディーがワスを呼ぶ言葉が、「お前」から「君」になったとミアは気付いた。
「ハイッ。なんなりと」
「俺たちこれから国境付近に行って、魔物をぶっ殺して回るんだけどさ」
「おおお。殿下が魔物をぶっ殺して回られる……」
「俺たちが片付けるのは最上位クラスの魔物だけだ。特級魔獣の影響で生態を狂わされる魔物全部には手が回らない。後は王立魔物討伐隊に任せたいけど、隊員の数が足りない。領主や富豪の私設討伐隊を借りるにしても、隊まるごと借りるわけにはいかないし、私設討伐隊は数自体が多くない。残るは民間の協力なんだけど……冒険者がどこまで協力してくれるかわからない」
「冒険者は商売でやってますからねえ」
「狩った魔物は自分たちのものにして構わないし、手当だって出すつもりだけど、俺も経験上、民間を動かすのが難しいのはわかってる。だから先に北領の魔物をなんとかして、ガウさんに一緒に来てもらって冒険者に声をかけてほしいと思ってる」
「各地のギルドに顔が効くガウさんに。なるほどです」
「ほかにも冒険者にアピールする方法がないか考えてて。俺の仲間に、新聞社を持ってる貴族がいるんだ。討伐の様子を記事にして送れば載せてやるって言ってくれたから、なんとかうまいこと記事を冒険者募集に繋げられないかと思ってるんだけど」
「新聞媒体をご活用とは。さすがです、殿下」
「活用したいんだけど、ちょっと問題が」
「なんでしょう?」
「俺たちに、文才がない」
ディートハルトが何か言いたげに、じいっとワスを見つめる。
ワスはぱあっと表情を変えた。全てを言われずともわかったのだろう。王子が自分に求めているものが。
「ハイッ! 心得ましたあ!」
「各地の冒険者が協力したくなる文章を頼む。さっき、俺とミアが君をキュプカ村に連れていきたくなったみたいなやつだ。嘘の内容は駄目だけど、実際にあったことを感情に訴える方向で盛り上げてほしい」
「ハイッ! お任せください!」
「返事がいいなあ君は」
そんなこんなで作家を拾ったりなどしつつ、一行は北領に入った。もちろん第一王子御一行様などと掲げてはいない。城を出る時から粗末な幌馬車に、全員旅慣れた冒険者の装備だった。誰も王族が乗っているなんて思わないだろう。
ディートハルトは王城にいるときより態度も喋り方も気楽なかんじで、こっちが素だろうとミアはなんだか安心した。
(ディーは全然変わってないな)
ふふっと笑みがこぼれる。
ディートハルトとワスは意気投合したようで、時々品のない冗談を言い合ってはゲラゲラ笑っている。市井の話題に通じている王子も変わり者だし、王子相手に怯まず軽口を言える大衆作家も変わっている。真面目で育ちのいい親衛隊の騎士たちは「殿下、聖女ミアの御前でそれは」と慌てているが、ミアもミアで冒険者仲間の野郎どもに慣れているのでどうってことない。
「わたしは大丈夫です。全然気になりませんよー」
むしろ見ていてほほえましい。お城でのディーは窮屈そうだったので。
「殿下は普段もっと礼儀正しくていらっしゃいますので」
「のびのびしてらっしゃるし、こっちが普段なのでは」
「いえっ。決してそのようなことは」
「こっちの殿下のほうがわたしは好きです」
と、考えなしに口にしてしまい、自分が言った「好き」という言葉に反応して自分がドキドキしてしまった。
(あ、あほだ。わたし)
顔も赤くなっていたらどうしよう……。
ミアはそっと顔を伏せた。ゲルルクに何か思われたら困る。
ディートハルトは婚約者がいる身だ。
そしてミアは護衛の立場だ。
護衛としての忠誠心を越える思いの丈は、心の外にはみ出させてはいけないのだ。
そんなやるせない思いを胸にキュプカ村近くの山麓の町までやって来たので、迎えに来たモニカに開口一番こう言われたとき、ミアはどつかずにはいられなかった。
「ミアが王子様連れて帰ってきた! 落としたの? ねえ王子様落としたの?」
「バッッッッッカじゃないの!?」
「キャー!」
「おいおい、いきなり親子喧嘩か」
ガウが呆れ顔で間に入る。
「ミアがグーでぶとうとするー! あたしはミアがうまいことやって見事王子をモノにしたんだと思って」
「ちょっと黙れないかな!?」
「ちがうの?」
「ちがうに決まってるでしょ!」
「なにモタモタしてんのあんた。しっかりしなさい!」
「なんで怒られなきゃいけないの!?」
「相変わらずですねぇモニカさん」
ワスがはははっと笑って、馬車から荷物を下ろしている。町の宿屋に旅の荷物を置いて、キュプカ村には身軽な状態で入るのだ。
「ちょっとワスあんた、なに当然のように王子の仲間になってんのよ?」
「僕は今回の魔物討伐の様子を国民に伝える伝達者になったので」
ワスが事のいきさつを簡単にガウとモニカに話す。
「あっそう。でもこのあたりの魔物の始末は、大体終わっちゃったわよ。着くのが遅かったわね」
「えー!」
「当然でしょ。あたしがいるんだから。あたしとガウが。まあエリンとクリンとその他大勢もいるけど」
ねー!と笑顔で、モニカがガウに同意を求める。
ガウはわかったわかったとでも言いたげに、雑にうなずいた。
なんだか、仲のいい親子のようだ。
立場はモニカが「お頭」のはずだが、手のかかる娘と父親みたいで、ミアの知らなかったガウとモニカの信頼の糸がそこにあった。そう言えば、この二人が仕切っていた頃のパーティーは、冒険者の間では伝説級と言われていたのだ。
「……」
ワスが語ったアジトの話を思い出して、ミアはぐっと胸が詰まってしまった。
村にいたころのミアは幼くて、モニカを失ったガウの喪失感を想像したことがなかった。しかし今さらながら心に思い描いてしまったのだ。石になったモニカを見つめる茫然としたガウの表情を。
ディーの顔を見ると、彼も二人を見つめて神妙な面持ちをしていた。
ガウが、佇むディートハルトに面を向ける。
立派な護衛騎士を引き連れた第一王子を見ても、ガウは跪くこともこうべを垂れることもしなかった。
「いっぱしの男になったな」
ひさしぶりに会った親族の青年に言うようにそう言って、ガウがにっと笑う。
その瞬間、ディートハルトの時間が五年前に遡り、「ディー」に戻ったのをミアは見た。
「あっ……ありがとうございます!」
感極まってディーが言う。
「手を見せてみろ」
「はい……!」
「いい手だ。怠っていない手だ。俺が見込んだ通りの男だよ、ディートハルト殿下」
不敬とも言えるガウの言い方を騎士たちは誰も咎めなかった。咎めないどころか、ゲルルクなどうっすら涙を浮かべてさえいる。
ディーの側仕えの騎士たちが、ミアの知らないディーの五年間をどんな思いで支えてきたか。ほんの少しだけ、それがミアにも見えた気がした。




